第56話 裏中華街と機関の猛犬.3

「今日の分の魔力も封じておいたから。まだ必殺技って感じにはならないだろうけど」

「悪いな、毎回」


 そう言って風花から受け取った緑色の魔封宝石を、翔馬はレザーベルトに取り付ける。

 元々はかなりの魔力を封じていた魔封宝石も、先日の吸血鬼戦でその全てを使い果たしてしまった。

 そのため、優先して翔馬用の魔封宝石に魔力を込めているとはいえ、今ではあの時ほどの効果は望めないというのが現状だ。


「そうなると、単純解放以外の使い方も知っておいた方がいいかもしれないね」


 吸血鬼と戦った時は、単純に込められていた風の魔力を全て放出してぶつけるという戦法を取ったが、本来風の魔術は応用しやすく、魔封宝石もそれに応えられる利便性を誇る。

 優秀な風花は、その辺りも考慮した上で自身の『必殺魔法』としていたのだ。


「たとえば、弱い風を吹かせ続けるとか、下方から吹き上げる風とかは自然の中で起きることだからイメージしやすいよね。風向きとか風力の強弱なんかは、風の魔法感がなくても基本的にはある程度再現できると思うよ」

「もしかして、学院地下から逃げた時のスカイダイビングも調節してたとか?」

「うん。上手くクッションになるように、ある程度は考えてたよ」

「なるほど、風の吹かせ方か……」

「たとえば、こんな感じ」


 風花はそう言って自分の魔封宝石を手にすると、静かに魔力を解放する。


「お、なんだこれ」


 背後に風の集まっていく感覚。その後。

 翔馬は吹き抜ける一陣の風に背を押されて、思わず一歩踏み出した。


「こんな感じかな。風の吹く方向とか範囲、強弱を明確にしていくイメージなんだけど」

「なるほど……」


 確かに、風向きの指定は何かに使えそうな気がする。


「よし、とりあえず一度試してみよう」


 さっそく翔馬は魔封宝石をつかむと、その手を真っ直ぐに伸ばした。

 ムダ使いしないように集中しながら、自分に向かって吹く風をイメージする。

 ――そして。


「吹けっ! 逆風ッ!」


 翔馬の声に、魔封宝石が緑光を放つ。

 すると一拍の間をおいて、翔馬の予想以上の突風が吹き付けてきた。


「わ、わっ」


 そしてめくれ上がる、風花のスカート。

 白い下着が丸々見えてしまい、翔馬は慌てて視線をそらす。


「……翔馬くん」


 必死にスカートを押さえながら、風花は非難の視線を向ける。


「違うんだ風花。今のは業務上過失エロで悪意はない! でもごめん!」


 そう言って翔馬が頭を下げると、風花は一つため息をつく。


「もう、今度はわたしがめくるからね」

「……それだと俺がスカート履いてるな」

「もちろん」

「…………可愛い下着をはいておかないと」

「やる気なの!?」

「やらねえよ!!」


 思わずツッコミを入れる翔馬だが、スカートがめくれたことは決してムダではなかった。

 魔封宝石開放の問題点を思い出した風花が、それを口にする。


「でも、少し難しいのは確かなんだ。感覚調整が結構シビアだから」

「感覚かぁ……なるほど。でも、面白いかもしれない」

「いろいろと考えてみるといいかもね。あ、そろそろ時間だから行かないと」

「分かった。くれぐれもムリはしないようにな」

「今は翔馬くんがいてくれるから。街をグルグルするのもつらくないよ」


 そう言って風花は、余裕の顔をする。

 機関での名誉回復のために、一人あてもなく魔法都市を歩き回っていた時に比べれば、今は気持ちも違っている。

 ……でも、目だけはやっぱり死んでるんだよな。

 やはりトラウマというものは、なかなか払しょくできるものではないらしい。

 そんな風花を見て、翔馬は一つ息をつく。


「いや、そのことじゃないよ」

「どういうこと?」

「いくら優秀な魔術士だったとしてもさ……」


 わずかなタメを作ると、声を優しいものへと変える。


「心配なんだよ――――まつりが」


 そう告げると、風花は途端に硬直した。


「あ、う……」


 もう何度目かになるお得意の掛け合いにも、風花はどうしても恥ずかしくなってしまう。


「も、もーっ! そういうの恥ずかしいって言ってるのにーっ!!」


 そう言って翔馬の肩を叩く。

 翔馬はそんな風花を見て、ひとしきり笑った後。


「でも、心配なのは本当だから気をつけて」


 そう言うと、風花は確かな笑みを口端にのぞかせた。


「……うん」



「それじゃ行ってくるね」

「はい、いってらっしゃい。俺の行きつけはまた次の機会にでも」


 クラリスとの遭遇に気をつけながらクローゼットの隠し部屋を出た二人は、一度教室に戻ると、そこで分かれることにした。

 教室を出たところで不意に立ち止まって、小さく手を振る風花に手を振り返すと、翔馬も帰路につく。

 ……俺の方でもなにか、吸血鬼に近づく方法を考えないとな。

 機関も動いてるし、なんとしても先に捕まえなくては。

 そうして一人、頭を悩ませながら学院を出ようとしたその時だった。


「――よう。バカ遅かったじゃねーか」


 その男に、声をかけられたのは。


「悪いけど、相手するつもりはないぞ」


 翔馬は突然の来訪者の前を通り過ぎようとするが、五十嵐レオンはそれを許さない。


「いいのか?」

「なにが」

「あのアリーシャとかいうヤツが、学院にいられなくなっても」


 予想外の言葉に、翔馬の足が止まった。


「どういう……ことだよ」

「なんでもアイツ、魔法関係の施設にいた経歴が一切ねえのに、いきなり学院トップクラスの魔術適正を叩き出したらしいじゃねえか」


 レオンは仕入れたばかりの情報を口にする。


「裏中華街なんかをウロついてやがったからどんなヤツかと調べてみりゃあ、なんでも最近こっちに転校してきたばっかりらしいな。横濱が騒がしくなってきた、このタイミングで」

「……それがなんだって言うんだよ」



「もしかしたら、異種なのを隠してんのかもしんねーな」



 思わぬ話の流れ。しかし翔馬にそんなことは関係ない。


「もし仮にそうだったとして、それがなんだっていうんだよ」

「テメーは気にしねえ方か。でもよォ、機関員であるオレが怪しいって言ったらどうだ?」


 レオンはそう言って笑う。


「他の生徒たちは、どう思うだろーなァ」


 そんなのは、考えるまでもないことだ。

 英立魔法機関は百年前、異種を機関に迎えることで関係の改善を図ろうとした。

 しかしそれは破談となった。吸血鬼の起こした暴虐事件によって。

 それ以降、機関と異種との仲は最悪の一言に尽きる。

『万人に対して平等』とうたってはいるが、一部では機関員の養成学校とまで言われるグリムフォード魔法学院には、少なくとも異種を名乗る者はいない。いや、いられないだろう。

 もしそんな疑惑を広められてしまえば、アリーシャの疎外が始まるに違いない。

 その情報が真実であろうと、なかろうと。


「ちょうどいいタイミングなんだよなァ。突然やってきやがった浮きがちな外国人転校生と、最近の異種騒ぎ。そして疑惑を投げかける機関員。どうだ? 説得力はバカ十分だろ?」

「お前……ふざけるなよ」


 翔馬の声は怒りに震えていた。

 つい、本当につい昨日のことだ。

 この街での、この学院での生活をアリーシャが「悪くない」と言ったのは。

 大さん橋に停泊する客船を見て、目を輝かせていたのは。


「機関員なら、なにやっても許されるとでも思ってんのかよ」

「気に入らねえってんだったら取り返しに来い。そうしたら止めてやる」

「取り返し……お前まさか!」

「そういうことだ。オレにも動かせる機関員くらいはいるからな」


 アリーシャが学院を休んだ理由。

 それは来なかったのではなく来られなかったのだ。レオンの企みによって。


「どうしてそんなマネを!!」

「疑わしいヤツがいた。そしてテメーが気に食わねえ。そんだけだ」

「……なんだよ、それ」


 あまりに身勝手なその理由、そして様々な権限を持つ機関員ゆえの傍若無人さに、翔馬はただただ怒りを燃え上がらせる。


「時間は夜九時、場所は裏中華街。中華街には朱雀門から入って九龍小路に向かえ。四つ目の灯篭まで進んだらそこで曲がって次を左。あとはバカみてーに真っ直ぐだ。狛犬に触んのだけは忘れるな」


 そう指定すると、レオンは余裕すら感じさせる足取りで歩き出す。


「絶対に来いよ。あの金髪がどうなっても知らねーぞ」


 アリーシャを人質に取られている以上、翔馬にその背を追うことは許されない。


「ふざけやがって……っ」


 だから翔馬はただ強く、その拳を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る