第13話 ドラゴンヴァンパイアと新計画と2人の想い

第13話 ドラゴンヴァンパイアと新計画と2人の想い




 あれは兎族の族長が死んでから一年後の神聖暦13年の3月のこと。

 族長が死んでから数日後に俺はリーウとムーアに日本語を教えるのをやめた。

 もうリーウとムーアは十分日本語を覚えたので、俺は今まで文字を書いた木の板をすべて2人に託して終わらせたのだ。

 そんな訳で殆ど一日中時間が空くようになった俺は今は仮の兎族のトップとして村の中を歩いて回っている。

 そんな時、俺の所に食料を森から村に集めている1人の兎族の男がやってきた。


『ティターン様、大変です!』


 慌てた様子でそう言ってくる男の話を聞こうと、丁度近くを歩いていた日本語が話せる者に通訳させる。


「どうした? そんなに慌てて」

『……それが今日森に入って食料になる木の実などを探していたんですけど……1つも見つからないのです!」

「そうか……」


 その言葉を聞いて俺はとうとうこの時が来てしまったんだな、と思った。

 ……俺は前々からこんな事がいつか起こるのではと恐れて、族長が死んだ時からある計画を考えている。

 どうやら今がその計画を発動するときらしい。


「今の食料は後どれぐらい持つ?」

『私たちが最低限で食べればあと……60の朝と夜ぐらいだと思います』

「なるほど、2ヶ月は持つのか。 十分だ。 その食料の中から俺の分は抜いておいていい」

『そんな! ティターン様に捧げる食料を抜くなど私たちにはできません!』

「前も言っただろう。 俺は別に食べなくても生きていけるのだ。 今は非常時だ。 それくらい構わない。 とりあえず、村の中央に兎族全員をすぐに集めろ。 これからの大事な計画を発表する」

『……分かりました。 すぐに声をかけて集めます』


 その後、すぐに兎族たちは村の中央に集まって俺を見ている。

 とりあえず、隣にリーウを立たせてあとは座らせた。

 リーウに通訳させながら、俺はこれからの計画を話し始める。


「聞いた者も居るだろうが、今日森から木の実などの食料が取れなくなった。 これは俺が前からそうなるのではないかと考えていた事である。 これではいけないと考えていた俺はあの族長が死んだあとにある計画を立てた。 その計画とは兎族の村の移住と自分たちの手で食料を育てるという事」


 俺のその言葉に兎族たちは騒めく。


「先ずは食料を育てるという事だが、これはお前たちに前から集めてもらっていた種を使う」


 ……そう、俺は兎族たちの前から木の実などからでる種を集めさせていたのだ。


「この木の実や食べられる野草などの種を計画的に育てればお前たちはこれから食料に困らず飢えることもない毎日を過ごしていける」


 それを聞いた兎族たちは更に騒めいた。

 俺は話を続ける。


「しかし、これには1つ問題がある。 この食料を自分たちで育てるというのは広大な土地が必要になってくるのだ。したがって今のこの場所では全員が食べていけるだけの食料を育てることはできない。 なのでお前たちは新たな土地、あの大平原に新たな村を作るのだ。 これは食料だけの問題ではない。 今の村を見ろ。 確かに木を切り倒して場所を広げてはいるが、お前たちの技術は進歩して家は大きくなり、更にこれから兎族の人口が増えていくのならここでは狭すぎるのだ。 だから新たに広い場所に移る。 正確な場所は大平原のこことは反対側の森と山がある所から少し離した場所だ」


 この移住計画は俺が前々から考えていたもので、兎族の技術の進歩と人口の増加でこの村では狭いと思っていた。

 族長が死んでしまったし、この機会に村を新しく作り直してしまおう。

 その為の場所も事前に俺は空からじっくり探して見つけていた。

 大平原のこの森とは反対側には大きな川が流れている森があり、更には山もある。

 将来的にはどちらも活用できそうだし、食料は育つ前はその森で食料を集めればいいので、そこから少しだけ離れた場所に村を作ろうと考えていた。


「食料を育てる間はその森から食料を集めて食べる。 それならば十分やっていける。 もちろん、この村を捨てる事になるが将来を考えるとこれが一番いい選択だ。 ……この村を捨てたくない者もいるだろう。 なので付いてきたい者だけで構わない。 俺に付いてくる奴は俺と共に新天地を目指そう!」


 そう俺は言い切った。

 兎族たちは俺の言葉を聞いて騒めいていたのが、急に静かになり……そして次々と声をあげる。


『……俺はどこまでもティターン様に付いていくぞ!』

『俺だって付いていく!!』

『ティターン様から離れるなんて考えられない!』

『家なんてもっと良いのを建てればいいさ!』

『この村に残ってもティターン様が居ないなら意味がない!』

『そうよ! 私たちの神様は私たちの為を思って言ってくれているの!』

『みんな! どこまでもティターン様に付いていくぞ!!』

『『『『おぉー!!!!』』』』

「……そうか」


 てっきり俺は誰かがこの村に残りたいと思っていると考えていたのだがな。

 そこで横で通訳していたリーウが俺に話しかけてくる。


「ティターン様」

「なんだ?」

「この村に……僕たち兎族にあなたに付いていかない者など1人も居ません。 村がどんなに住みやすく立派でもそこにティターン様が居なければ意味がないのです。 新しい村を作ること……食料を一から育てることはとても大変だと思います。 でも、それはティターン様が僕たち兎族の為を思い考えてくれた事。 それにティターン様も居るのならば出来ないことなどありません」

「……相変わらずお前たち兎族は俺の事を信じているのだな」

「当たり前です。 ティターン様は僕たち兎族にとって何時でもとても優しく美しい……最高の神なのですから」

「フッ……それは言い過ぎだろ。 美しいかどうかは置いておいて、俺は別に優しくはない。 現に俺に武器を向けた兎族を殺している。 それに俺は神では無いと言っているだろう? 俺はドラゴンヴァンパイアだ」

「いえ、優しいですよ。 それにあの兎族の者たちはティターン様に殺されて当然でした。 ティターン様に間違いはありませんしある筈もないです。 そしてティターン様がドラゴンヴァンパイアという種族であろうとなかろうと僕たち兎族にとっては間違いなく神なのです。 なのでティターン様が何をされようとも誰を殺そうとも構わないのです」


 そのリーウの言葉に俺は既視感を覚える。


「今のお前と似たような事を昔あの族長に言われたな」


 すると、リーウは少し驚いた顔をした後笑顔になった。


「そうでしたか……。 族長らしいですね。 ……じゃあ僕は少しだけあの人に近付けたのかな」

「リーウはそんなにあの族長に憧れていたのか?」

「……僕のワガママで勝手な想いなんですけど、長い間見てきて僕はティターン様と族長の関係に憧れていました」

「俺とあの族長の関係?」

「はい。 ……その言ってもいいでしょうか?」

「構わないぞ。 別に怒らないから」

「そうですか……ティターン様って族長のこと何だかんだ言って気に入ってましたよね? ずっと側に居るのを許して名前を呼ぶのも許すくらいに」

「……そうだな」

「ティターン様にそれを許されたのも族長が頑張って得たものです。 それが羨ましくて……憧れていました」

「……ははっ。 リーウがそんな事を思っていたなんてな。あの出会った時はあんなに子供だったリーウがなぁ」

「……おかしいですかね」

「いーや、おかしくない。 おかしくはないが……ただ人の成長は早いものだ……と思ってな」

「そりゃそうですよ。 僕だってもう大人になってムーアと……その……夫婦になったんですから」


 少しだけ膨れたり未だにムーアと夫婦になった事を恥ずかしがっているリーウを見ると、俺はやっぱり成長して大人になってもリーウなんだな、と思った。


「……よし決めた」

「何をですか?」

「食料を種から自分たちの手で育てることを農業っていうのは教えたと思うが、その農業以外にも新しい村を作ったらやろうとしている事があるんだ。 最初だけ俺が手を貸すが、しばらくしたらそれをリーウにすべて任せようと思う。 ……それが上手くいったらお前に俺の名前を呼ばせるのを許してやろう」

「ッ!?」


 俺が名前を許すと言ったことにリーウはそれはもう驚いた顔をして口を開いたり閉じたりしている。


「ははっ! なんだその顔は! そんなに驚いたか? ……それともまさか出来そうになくて不安か? すぐに俺の名前を名前を呼ばせてもらえなくて不満か?」

「……いえ……いえ! 不安や不満などある筈がありません! 必ず! 必ずやティターン様の期待に応えてみせます!」


 そう俺の言葉に応えたリーウの顔は活き活きとしていて希望に満ち溢れていた。


 それからすぐに兎族たちは村を捨てて移動する為の準備に入った。

 その間に俺は少しでも兎族が移動しやすくする為と新しい村の建材集めの為に村から大平原までに生えている木々をどんどんと切り倒しては、木材に加工して幾つもの木材を抱えてできるだけ速く空を飛んで新しい村の予定地に木材を積み上げていく。

 凄まじい速度で木々を切り倒して木材に加工して運ぶ俺の姿は兎族たちには速すぎて見えないらしい。

 ついでに邪魔な草も刈っていき、木を切り倒した後の切り株も邪魔にならないようにする。

 そして兎族たちが新しい村の場所に移動する準備が出来た頃には村から大平原までの一本の道が出来ていて、村からでも大平原が見えるようになっていた。


 そろそろ出発しようと一本道で思っていた頃に珍しくムーアが1人で俺に話しかけてくる。


「あの! ティターン様!」

「……うん? ムーアかどうした? 1人で俺に話しかけてくるなんて珍しい」


 ムーアは基本的に俺と話す時はリーウと一緒だったので、珍しく感じた。


「その……リーウに何か言ってくれましたか?」

「……どういう事だ?」

「リーウ、前までは何かをずっと考えていたんですけど……この前から急に元気になって頑張ってるから」

「どうして俺だと思ったんだ?」

「……だってリーウがいきなりあんなに元気になるなんてティターン様くらいしか思いつかないです」

「そうか……確かに俺はリーウに激励したぞ」

「やっぱり、ありがとうございます。 ……ちょっと悔しいけど私じゃあそこまでリーウを元気付けられないから」

「フフッ……そうか」

「どうかしましたか?」


 俺が少し笑ったのを不思議そうにムーアが聞いてくる。


「いや……俺に対して悔しいなんて言うのはムーアくらいだと思ってな」

「あ!? ごめんなさいティターン様!」

「構わないさ。 相変わらずムーアはムーアらしいな」

「……えへへ」

「その元気な笑顔もお前らしいな」


 ムーアは幼い頃から変わらない元気な笑顔を浮かべている。


「ティターン様。 私ね、小さい頃からずっとティターン様に感謝していたんです」

「うん? 俺にか?」

「はい。 小さい頃、訳も分からず村から逃げて……それからティターン様に助けてもらって村に戻ってきても不安だったんです」

「ふむ……」

「いつまた私たちが襲われるのかも分からないし……今だから言いますけど当時の私にはティターン様がどういう存在なのかも分からず少し怖がっていました」

「そうか」

「……でも、そんなある日ティターン様に連れられていった先でリーウと出会いました。 リーウは不安でティターン様のことを少し怖がっている私に気が付いて色々優しく教えてくれたんです。 そこで初めてティターン様が私たちを救ってくれた凄い存在だと気が付いて怖さなんてなくなりました。 その時からずっと私はティターン様に感謝しています。 ……それで私はリーウが大好きになりました。 そんなリーウに出会わせてくれた事、私たちを助けてくれる事、全部感謝しています」

「別に俺が勝手にやったことだ」

「ふふっティターン様らしいです。 ……あ、もちろん私はリーウが好きです、でも2番目にティターン様の事も大好きですよ……みんなには2番目なんてって怒られると思うから言えないけど」

「ははっ。 ムーアらしいな……お前しかそんなこと言わないぞ。 ……でも……」

「どうしました?」

「いやなに……俺は誰から大好きなんて初めて言われた。 感謝している、とか……尊敬している、とかは散々言われ慣れているのにな」

「……ふふっそうなんですか。 ならこれからは私だけがそう言ってあげますね!」

「はははははは! そうか、そうだな! ではこれからは頼むぞ」

「はい! では私は戻りますね」

「ああ。 そろそろ出発すると全員に伝えておいてくれ」

「わかりました」


 そう返事をするとムーアは機嫌が良さそうな感じで歩いて村に戻っていった。


「大好き……か。 この俺がそんな事を言われるとはな。 相変わらずムーアらしい」


 ……いつかリーウとムーアのように俺も誰かに愛し愛される時がくるのだろうか?

 出来るならばその相手は女であってほしいと俺は空を見上げながら未来に思いを馳せた。

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