神章 神話の時代

第7話 ドラゴンヴァンパイアと長耳族とタテガミ族

第7話 ドラゴンヴァンパイアと長耳族とタテガミ族




 俺の目の前に広がっている兎族達が地に伏せて頭を下げているこの光景を見ながら、どうしようか困っていた。

 まず間違いなく兎族達は俺に敵対している感じではないし、友好的なのだろう……友好的なのかこれは?

 とりあえず、未だに震えている兎族もいるので魔圧の放出を止めてみることに。

 すると、頭を下げていた兎族の数人の者達が頭を上げるが、俺を見ると再び頭を下げた。


「いや、何でだよ!?」


 とりあえず、俺は兎族を立たせようと兎族の先頭で地に伏せているなんか一番偉そうな老人兎族を無理矢理立たせる。


「haguainbsbajk」


 どうやら俺の意図が伝わったのかどうだか分からないが、無理矢理立たせた先頭の老人兎族が何かを言うと兎族の他のみんなも立ち上がった。

 立ち上がった兎族はみんな俺をじっと見ていて相手もどうしたらいいかよく分かっていないのかもしれない。


 ……これは友好的接触でいいんだよな?

 今までにまったくなかった反応に俺は少し戸惑ったが、初めての友好的接触だと思うと嬉しくなってきた。

 じっと俺を見つめている兎族達を見渡していると、数人の兎族が怪我をしていることに気がつく。

 そこで俺は兎族が怪我をして、おそらくその血痕を追いかけてきたのを思い出した。

 俺はとりあえず、一番近くの怪我をしている兎族に歩いて近付いていく……何故か先頭の老人兎族が俺の後をついてくる……なんで? まぁいいけど。

 そんなに俺が何をするのか見たいのかね? ……ならお望み通り見せてやろう! ……俺がただ、5年くらいを無駄に歩いていただけではないのだよ!


 怪我をした兎族の近くまで行くと一瞬ビクッとその兎族が震えるが、まぁそんなことはどうでもいい。

 まずはその兎族の様子を見る。

 ……ふむふむ、どうやらこの兎族は男性で怪我は片腕を少し切っているくらいだ。

 これくらうなら問題ないだろう! 見せてやろう我が力を!

 俺はその兎族の片腕にある怪我に右手を近付ける……そして右手に魔力を流しながら光魔法で腕の怪我が治るイメージをして唱える。


「……ライトヒール!」


 すると、兎族の片腕にある怪我は優しい光に包まれてすぐに消えると怪我が治っている。

 怪我をしていた兎族は少しの間、怪我をした所を不思議そうに見た後、自分の怪我が治ったのに気が付いたのだろう……おそらく喜びの声だと思われる声をあげて喜んだ後、再び地に伏せて俺に頭を下げた。

 ……ついでに俺の後ろについてきた老人兎族も一緒になって興奮したように声をあげている。

 いや、なんであんたまでそんなに興奮しているんだよ!? ……ま、まぁ確かに俺の素晴らしい力が見れて嬉しいのもわかるがな!!

 ……やばいちょっと俺もテンション上がってるわ。


 このライトヒールと俺が名付けた光魔法の回復魔法は俺がただ5年くらい歩いている時、片手間に新しく開発した魔法の内の1つだ。

 俺は残りの怪我をした兎族達をこのライトヒールで怪我をどんどん治していった……その兎族の怪我を治している間も老人兎族はずっと俺の後ろをついてきた。

 ……なんなんだよお前は……俺のファンか!? ……まぁついてくるぐらいいいけど。


 そうして俺が兎族で怪我をしていた全員をライトヒールで回復させた頃には兎族全員が俺にキラキラしが瞳を向けてくる。

 なんだよこのキラキラした視線の数は!?

 少し居心地が悪くなった俺は兎族の集団から少し離れた。

 ……すると、あの老人兎族を筆頭に兎族全員が俺の後をついてくる。


「えぇ?」


 試しに俺は右や左にふらふらと移動してみると、兎族全員が右や左に動いてついてきた。


「……えぇ? どうしろって言うの?」


 なんで兎族全員が俺の後をついてくるのかは知らないが日も暮れてきたし、しょうがないので俺は兎族達の村だったと思われる場所に兎族達を戻すことに決め、来た道を引き返す。

 ……兎族達は俺の後をしっかりとついてくる……その姿を見てまるで遠足中の子供に見えた……じゃあ俺は引率の先生だなと思い少し苦笑いをした。



♢♢♢



 俺は全力で平原を走って逃げていた。

 今は少しでも速く、一歩でも遠くあの怪物から離れなくてはと思いながら……。



 その情報が入ったのは俺がタテガミ族の戦士長として訓練場で若い数人の戦士に訓練をしていた時だった。

 

「戦士長! 戦士長は居られますか!?」

「おう! こっちだ!」


 俺は訓練場に走って入ってきて俺を呼ぶ、タテガミ族の男に声をかける。


「あぁここに居られましたか。 捜しましたよ」


 俺を呼んでいたタテガミ族の男はタテガミ族、族長の護衛戦士をやっている奴だった。


「どうしたんだ? お前は族長の護衛の筈だろ?」

「それが……族長が戦士長を呼んでいるのですよ」

「……何があった?」

「とりあえず、移動しながら話しましょう」


 族長が俺を呼ぶなんて非常時以外滅多にないことで俺は少し緩めていた気を引き締める。


「実はある報告が族長にされまして」

「報告? なんだ?」

「報告された時、俺もその場に居たんですけど……なんでも長耳族の集落を発見したらしいんです」

「長耳族の集落か……」


 長耳族は滅多に姿を見せない部族で常にどこかに隠れていることで有名だ。

 なぜなら長耳族には強い戦士がいないからだ……その代わり長耳族は手先が器用だと噂されている。

 そして通常そんな部族ならすぐに何処かの力ある部族に従わされてしまうが、長耳族はその隠れる上手さと速い逃げ足で今まで独立を保っていた。


「……まさか長耳族を従える為に族長は集落を攻める気か?」

「それがそのまさかなんですよー」

「なに?」


 俺はその言葉に驚く。 正直なところ、長耳族なんて放って置けばいいと俺は考えている。

 なぜなら隠れる上手さと速い逃げ足しか持たない上に噂程度の手先の器用さなんて今のタテガミ族には必要ないからだ。


「……俺は反対だな。 それに普段の族長なら長耳族をいきなり攻めるなんて判断はしないだろ?」

「俺もそう思うんですけど、その長耳族の集落を発見して族長に報告したのが……ヤーツなんですよ」

「ヤーツの奴か……」


 ヤーツは血気盛んな若い戦士で力もあるし、狩りの腕もある……少し自信家だがこれからのタテガミ族を引っ張っていく事になる新しい世代だ。

 ……そしてヤーツは今の族長の息子でもある。


「ヤーツの奴、自信満々で……俺なら長耳族を従えられる、集落を攻めるのは今しかないって族長に進言したんですよ……あいつ今手柄が欲しいですからね」

「そうか……ヤーツは次に族長になりたいんだったな」


 通常次のタテガミ族の族長にはその時の戦士長がなる事になっている。

 今の族長ももう歳なのでそろそろ族長が代わる頃だ。

 今まで通りにいくなら次の族長は俺という事になるのだが、ヤーツは次の族長にどうしてもなりたいらしい。

 ヤーツが族長になるには俺を押し退けて戦士長になる程の手柄を獲るしかないからな……今はどんな手柄でも欲しいのだろう。


「族長も自分の息子に後を継いでほしいんでしょうね……だからヤーツに許可を出した」

「なるほど……集落攻めには流石にヤーツや若い連中だけで行くわけにもいかないし、攻めるには戦士長である俺の許可もいる。 まぁ族長が許可を出している以上俺は逆らえないが……それにもしもって事もある。 もしヤーツが殺られてしまうのも心配だから俺が呼ばれたのか」

「そうなんですよー。 俺は次の族長は戦士長がいいと思ってるんですけどね」

「そう思ってくれるのは嬉しいが……俺は別にそこまで族長になりたい訳じゃない」

「そうですか。 戦士長はいつもそう言ってますよね……っと着きました、どうぞ」

「ありがとう」


 俺はタテガミ族の集落の中にある一際大きな族長の家の前の柵で囲われた広場に入る。

 この広場では族長が何かを伝えたい時に使用される場所だ。

 広場には年老いたタテガミ族の族長と逞しい肉体を持つタテガミ族の若い戦士のヤーツ……それに数名の族長の護衛戦士が居た。


「族長、話は来る途中で聞きました。 なんでも長耳族の集落を発見したとか」

「そうじゃ。 わしの息子のヤーツが森で長耳族の集落を発見したそうじゃ。 それでヤーツが言うには自分ならば長耳族を従えられるらしい。 そこまで言うなら、とわしも許可を出した。 これはヤーツが経験を積むのも他の若い戦士が経験を積むのにもよい事じゃろう。 そこで戦士長にはヤーツ主導で若い戦士数名と熟練の戦士の数名を連れて補佐としてヤーツに付いていってほしい」

「チッ」


 ヤーツが横で舌打ちをしたのが聞こえた。

 本当は俺を連れてはいきたくないのだろうが、族長に言われたのだから従うしかない。


「わかりました。 すぐに戦士を集めてヤーツについていきます」

「うむ。 あくまでヤーツが主導で戦士長は補佐で頼むな」

「はい」

「では行くがよい。 ヤーツしっかりな」

「ああ」


 俺はヤーツと共に広場から出る。


「では俺は戦士を集めて入り口にいく」

「……わかった。 今回は俺が指揮を執るからな!」

「わかってるよ。 俺は後ろから付いていく」

「わかってるならいい」


 ヤーツはそう言うと自分の家に向かって歩いていった。


「……さて、俺も戦士を集めるか」


 俺は戦士が集まっている訓練場や各家を周ってタテガミ族の戦士達に声をかけてタテガミ族の集落の入り口に集めた。

 集落の入り口には、すでにヤーツが立って待っていた。


「遅えよ! ……まぁいい、行くぞ!」


 集まった戦士達が先を急ぐヤーツの後ろについて動き出した。

 俺も遅れないように最後尾に付いていく。


 森に入ってからしばらく進んだところでヤーツが足を止める。

 どうやら長耳族の集落に着いたようだ。


「いいか? 俺が最初に突撃するからその後にお前らも突撃しろ。 何人か殺せば怯えて降伏するだろ」


 その作戦は本当に上手くいくのだろうか?

 相手は隠れるのも上手く逃げ足も速い長耳族だ。

 もっと確実に捕らえられる作戦で行った方がいいのではないだろうか?

 俺は補佐としてヤーツに伝えることにした。


「ヤーツ。 長耳族は足が速い。 それでは逃げられるのではないか?」

「うるせぇ。 お前は黙ってついてくればいいんだよ」


 だめだ……今何を言ってもヤーツの奴は聞かなそうだ。


「では、行くぞ! ……うおぉぉぉぉ!!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 結局、その手柄第一の突撃作戦が始まった。


 ヤーツは長耳族の若い奴らの集団に突撃すると槍を振り回して長耳族達を斬りつけた。

 後続のタテガミ族の戦士達も突撃するが、その時すでに長耳族は逃げ始めていたので誰も攻撃できない。

……結局、長耳族が集落を捨て逃げていると気が付いた頃にはもう遅く集落には誰も居なくなっていた。

 俺もまさかこんな簡単に集落を長耳族が捨てると思ってはいなかったので驚いている。

 ヤーツの奴なんか長耳族を少し斬りつけただけで全員に逃げられ少し放心していたが、すぐに慌てたように言葉を叫ぶ。


「……追撃だ。 追撃するぞ!! 付いてこい!」


 ヤーツ以外のタテガミ族の戦士達が俺の方を見て判断を待つ。


「はぁ……ヤーツ。 長耳族に追いつけるなんて思ってるのか?」


 何人かの熟練のタテガミ族の戦士は俺の言葉に頷きヤーツを見る。


「――ッツ!! うるせぇ! 俺が指揮を執ってるんだ! 俺に従え! ……それに見ろ! 長耳族の奴ら血を流している!これなら奴らの後を追えるし足も遅くなる筈だ」


 確かにヤーツは何人かの長耳族を槍で斬りつけ怪我を負わせてその血の跡が地面に残っている。

 それに足が遅くなるというのもわかる。

 ……まぁあの様子なら追いかけたところで長耳族が俺たちに被害をだす心配もないしいいか。


「……わかったよ。 じゃあ先導頼むぞ」

「フンッ! 行くぞ!」


 ヤーツはそう言うと地面に落ちた血の跡を追って森の中に進んでいった。

 俺たちもその後をすぐに追いかける。


 長耳族を追いかけている途中で長耳族が残した血の跡がなくなっていたが、ヤーツは諦めることなく進んで平原でやっと長耳族の姿を捉えた。


「よし! あの距離であの速度なら追いつけるぞ! 奴ら怪我もしているんだ!」

「……はいはい」


 ヤーツの言葉は確かに当たっていると思うが、俺は長い追いかけっこになりそうだと思った。


 その俺の思いは当たっていた。

 長耳族は怪我をしても尚速い。 流石に逃げ足が有名なだけはある。

 怪我を負わせていなかったら間違いなく逃げ切られていただろう。

 ……しかし、今は追いつけないわけではない。

 もう少しで俺たちは長耳族に追いつくところまで来た。


 ――そこであの怪物が現れた。


 最初に空から物凄い威圧が俺の身体を襲い、俺はその場で身体が震えて動けなくなってしまう。

 何とか首を動かし状況を確認しようとすると、どうやら俺以外のタテガミ族の戦士達も震えて動けず……そして長耳族の者達も同じように震えて動けないでいるようだ。

 ……さすがにこの威圧の正体は長耳族には関係ないみたいだな。


 俺は首を動かして威圧を発している奴を何とか見る。

 そいつはどうやら空から降ってきたようで俺たちにタテガミ族と長耳族との間に降りてきた。

 その姿は俺の見たことのない姿だった。

 白い毛を頭から下へ伸ばし黒い角を二本、頭から生えていてその背中には巨大な白と赤の一対の翼を、それに白い尻尾まで生えている。

 俺は長年の戦士長としての勘が特大の警戒反応をし……そして俺自身見ただけでその存在は生物としての【格】が俺たちにタテガミ族とも長耳族とも桁が違うということを感じさせる。


「baishbsskjhahabajabanajaa」


 そいつが笑顔を浮かべて言葉なのか理解できない何かを発した。

 俺たちは皆一様にそれだけで身体を更に震わせる。

 このままではだめだ、タテガミ族の戦士達が皆殺されてしまう!

 そう考えた俺は震える身体を抑え戦士長としての覚悟を背負い足を動かしてタテガミ族の戦士達の先頭に立つ。

 そしてみんなを守る為、俺はぶら下がった腕を動かして槍を構えようとする。

 ……すると俺はその【怪物】とも言える存在と目が合ってしまった。

 それだけで、戦士達を守るという気持ちや戦士長としての覚悟が吹き飛んでしまい俺の中に恐怖という感情だけが残る。

 それを察したのかは知らないが、ヤーツの奴が前に出ようとする。

 俺はヤーツの奴がこの威圧の中でも動けたことに驚きつつも今はそんな勇気を出す所ではないだろう! と心の中で思った。

 何とか俺は言葉を絞り出す。


「……やめろヤーツ! 動くんじゃない!」

「うるさい! 俺は次期族長だぁ!」


 そう言うとヤーツは槍を構えてあの怪物に向かっていった。


「俺が族長だァァァァァァァァァァァァ!!」


 意外な事にヤーツの突撃をあの怪物は避けることもせずに受けた。

 しかし、ヤーツの突撃を受けた怪物は一歩も動きもせず血も流さない。

 その怪物はヤーツの突撃を受けてニコリと笑うと片手でヤーツの頭を握り……そのまま潰したッ!?


 ヤーツの頭の肉片があの怪物と俺たちタテガミ族の戦士達との間に落ちる。

 更にあの怪物が何か言うと残ったヤーツの身体から血が吸い出され干からびた。

 そのありえない光景に俺は堪らず声を上げる。


「全員何とか足を動かして逃げろォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 そうして俺はあの場にいた熟練の戦士達と一緒に逃げ出した。

 残念ながら経験を積ませる為に連れてきた若い戦士達は皆足を動かせなかったようで逃げてこなかった。

 ……おそらくもう生きてはいないだろう。


 その後、タテガミ族の集落に逃げ帰った俺を息子を失った族長が激昂して責任をとって処刑すると発表したが、俺と一緒に逃げてきた熟練の戦士達が俺の無実を訴え反乱を起こして逆に長耳族襲撃を決めた族長が責任をとらされて処刑された。

 そして俺が新しくタテガミ族の族長になることになった。

 俺はあの後、長耳族がどうなったかは知らないが、もし生き残っているなら長耳族には手を出さないようタテガミ族全体に言った。

 ……そしてあの怪物は禁忌として俺たちタテガミ族は言い伝えることになる。

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