春夏秋冬、四度死ぬ彼女に
歯車とけい
春夏秋冬、四度死ぬ彼女に
春、桜舞う季節。
「わたしが死んだら、桜の木の下に埋めてね。燃やしちゃ駄目よ、ちゃんと肉のまま埋めてね」
翌日、彼女は首をつった。
それが彼女の一度目の死。
夏、太陽盛る季節。
僕は彼女と再会した。
「どうして生きているんだい」
「生きてなんかいないわ。死ねなかっただけ。だってあなた、桜の木の下に埋めてくれなかったでしょう」
ああそうか。
僕は納得する。
「来年埋めてあげるよ」
「必要ないわ」
彼女の唇が魔法のように動く。
夜桜色の、つやつやした唇。
「燃やして、骨にして、粉々に砕いて、それから海に撒いて頂戴。母なる海に還るの。母体回帰なんて、素敵だと思わない?」
翌日、彼女は手首を切った。
それが彼女の二度目の死。
秋、実りの季節。
再び彼女が現れた。
「やぁ、久しぶり」
「驚かないのね」
「知ってたからね」
彼女は愉快そうに笑った。
「海に撒いてくれなかったものね」
「そうだね。撒かなかった」
「どうして?」
「もう忘れてしまったよ」
真っ赤な紅葉。滴る血液。
このふたつはよく似ている。
「それで、次はどうしてほしい?」
「話がはやくて助かるわ」
彼女の目が楽しそうに細められる。
海のようにきらめく瞳。
「今度は、畑。畑がいいわ。すり潰して、肥やしにして。来年の実りの糧になりたいの」
翌日、彼女はバスタブで溺れた。
それが彼女の三度目の死。
冬、霜降る季節。
僕は彼女を待っていた。
「久しぶりね」
「久しぶり」
「肥やしにしてって、お願いしたでしょう」
「ああ、された」
彼女が首をかしげる。
「どうして言うとおりにしてくれないの?」
「さあね」
「そう」
彼女が目を伏せた、その直後。
ざくり、と。
腹が冷たい刃物に貫かれた。
ぬるりとした感触。傷口が灼熱する。地面が揺らぎ、冷たい雪に倒れふす。
白雪が赤く染まる。
紅葉。
「死んだら、どうしてほしい?」
彼女の声。
しびれる身体をぎこちなく動かした。
「きみと、一緒に、いさせてほしい」
「そう」
彼女が雪の中に膝をついた。雪に溶けてしまいそうな、白くて小さい、可愛らしい膝。
「なら、わたしはこうするわ」
肉の裂ける音。
鮮血。
季節外れの紅葉が踊る。
「これで、ずっと一緒」
血の泡を吐きながら彼女は言った。その身体がゆっくりとかしぎ、倒れる。まるで僕に寄り添うように。
手を伸ばし、彼女を抱き寄せた。――温かい。
彼女が微笑んだ。海の瞳が、夜桜の唇が、死に侵されてゆく。
ほしいものは手にはいった。引き止める理由も、留まる理由もなくなった。
僕は、世界で一番の幸せ者だ。
薄れゆく意識の中、遠のく世界に最後の言葉を放った。
腕の中の体温が消えゆく。
これが彼女の四度目の死。
そして僕の一度目の死。
もう、次はないだろう。
春夏秋冬、四度死ぬ彼女に 歯車とけい @tiktak
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