6 12月24日 マリーの妙案
「……むむー……うむむむー……」
第1特殊児童特別保護施設、通称「第1施設」より帰って来てからマリーはずっとこの調子で呻き声を零しています。それもそのはずで、残念な事にマリーはここ数日お通じが滞っているのです。所謂便ぴ……。
「ちょ……ちょっと、ピノンッ! そんなことありませんから―っ! 私は便秘じゃありませぬからーっ! 今朝だって……っ!?」
突如大声を上げたマリーに、直仁様とクロー魔の冷ややかな視線が投げ掛けられます。
「……なんだ、マリー。便秘だったのか? だったらそこに薬があったと思うが?」
「……はうっ……」
まずは直仁様が、マリーの発言に対して真面目に回答を投げ掛けました。マリーの顔がみるみる赤くなっていきます。
「ちょっとー、マリー? まさかこんな所で自分の体調を
そしてクロー魔は意地悪な笑いを浮かべてマリーにそう告げました。
「ちがっ……違うのでするーっ! 私は今日も快ちょ……」
「マリー……とりあえずそれ以上言わない方が良い」
どんどんと深みにはまっていくマリーを直仁様が食い止めました。ハッと我に返ったマリーはこれ以上ないという程顔を赤くして俯き、再びその場へと座り込みました。
勿論マリーが唸っていたのは彼女の体調が不調だからではありません。昨日訪れた第1施設での出来事、その事を総括した上で今夜行われるクロー魔との「プレゼント配達勝負」で如何に彼女から勝利をもぎ取るかを考えての物だったのです。
その為には第1施設に住んでいる3人の少年少女、
「……と……兎に角っ!」
沈黙の時間が流れていく事に耐えられなくなったマリーが、殊の外声を張り上げてそう切り出しました。自然に直仁様とクロー魔の視線もマリーに集まります。
「どうやってあの3人に寝てもらうのかと言う事が問題なのですかのー?」
少なくとも起きているのと寝ているのでは随分と変わってきます。確かにあの3人が眠りに就いてくれれば言う事は無しなのです。
「そりゃー、素直に寝てくれれば問題はない……と言う訳でも無いが、起きてるよりはましだろうな。でも裕也や義達は兎も角、真尋は律儀に寝ずの番を果たすだろうな……」
3人組の紅一点、真尋ちゃんの真面目な性格を考えれば、例え他の二人が眠ってしまっても彼女だけは全うする事でしょう。
「それにー、あの3人の実力じゃー例え寝てても厄介よー? スグの
そうなのです。今回直仁様は有効的な衣装(装備)を用意出来ていません。それ故に自身の身に付けた能力のみで事に当たろうと考えているのですが、どうにも妙案が浮かばないのでした。
「……直仁の “異能力” は全く当てに出来ないのですかの?」
マリーが少し考えてそう直仁様に尋ねました。
「……いや、全く使えないって訳じゃなかったな……以前に試した時は他の能力で確認した程度だったけど、普通に『女装』した時よりも “異能力” の発現が弱いって感じだった……でも間違いなくあの程度じゃあ “異能力” を使っても使わなくても変わらないだろうな……」
今はサンタクロースの衣装も多岐にわたります。オーソドックスなスタイルは勿論ですが、女性向けサンタ装束もそれはそれはバリエーション豊かに存在しています。しかしそのどれを身に付けたとしても、直仁様が本来の能力を発揮するには程遠いのです。何故ならばいくら女性っぽいサンタ衣装を身に纏ったとしても、それはどれも「仮装」「コスプレ」の域を出る事は無いのです。それでは直仁様が本当の能力を発揮する事は出来ないのです。
「……今まで考えてたんだけど、直仁が身に付けてる女装って『衣装』だけなのですかの?」
マリーは顎に指を当てて、何かを考えながら直仁様にそう聞きました。
「……ん? そんなのは当たり前じゃないか? 他に何があるって言うんだ?」
直仁様が “異能力” を発揮する条件は正しく「女装」する事。身に付ける女装の種類やバランスで発現する能力には違いやムラがありますが、概ねその認識で間違い無い筈です。
「……直仁……1つ試してほしい事があるのですがの……」
そう言ってマリーは直仁様に耳打ちしました。冷静に話を聞いていた直仁様ですが、その顔はみるみると赤くなり目を白黒とさせています。
「い……嫌に決まってるだろっ!? 嫌だぞっ! そんなの絶対に嫌だっ!」
数時間後、精根尽き果ててガックリと項垂れる直仁様と、必死で笑いを堪えているマリーとクロー魔の姿がそこにはありました。しかし直仁様にとって屈辱的ともいえる行為を強要されたとはいえ、その効果はマリーが考えていた通り多分に発揮され、以前よりも随分と効果の高い “異能力” を使えることが立証されたのでした。
「……後は3人をどう寝かしつけるか……ですのー……」
直仁様の姿が余りにも居た堪れなくなったのか、マリーは笑いを堪える事に終止符を打って真顔となり本題へと入りました。
「睡眠薬でも使わないと……ククッ……無理なんじゃないかなー?」
頑張って笑いを堪えるマリーと違って、クロー魔は未だ目に涙を浮かべて彼女の言葉に答えました。しかし睡眠薬とは穏やかではありません。
「そんなの使えませぬー。そんなのは到底サンタクロースのする事ではありませぬからー」
確かにマリーの言う通り、プレゼントを配る為の手段として子供達に睡眠薬を飲ませるサンタクロースなど聞いた事もありません。
「そんな事言ったってさー……他にあの子供達を
子供の事なのでひょっとすればアッサリと寝てしまうかもしれません。普段の消灯時刻が21時なので、そのバイオリズムに慣れている彼等は夜更かしが苦手と言えるでしょう。しかしそれすらも確実とは言えません。
「……それはそうなんだけど……」
この話はここで行き詰ってしまいます。あの3人組をどうにかしなければ、今夜直仁様が纏う衣装ではやはり懸念が残ってしまうのです。何か確実性を上げる方法があれば良いのですが。
「……ねぇ、直仁?」
未だに落ち込んだままの直仁様にマリーが声を掛けました。直仁様は普段では考えられない程覇気の無い表情で、ユックリとその顔を持ち上げてマリーへ向けました。
「あの3人の事なんだけど、一時的にあの施設から引き離す事が出来れば何とかなるのかの?」
マリーの話に何か考えがあると感じ取った直仁様は、漸く普段の表情に戻ると少し考えて答えました。
「……そう……だな……。少しでもあいつらの意識を逸らす事が出来れば、俺が仕事をこなすのもそう難しくないが……。でもあいつら3人だけ意識を逸らす方法なんてあるのか?」
指向性の睡眠波を発する装置でも使用すればそれも不可能ではありませんがそもそもそんなものは存在しませんし、もしあったとしてもやはりサンタクロースはそんな物を使用しないでしょう。考えてみればサンタクロースの
「……出来るかもしれませぬー……それには直仁に買って貰わないとならない物があるのでするがー……」
マリーの脳裏には何やら一案が浮かんでいるようです。そしてマリーはその考えを直仁様とクロー魔に話し始めました。
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