4 12月23日 孤児院の少年達

「……とりあえず、第1施設の様子でも見に行ってみるか」


 今回の勝負を発案したクロー魔はこの場に措いて間違いなくライバルであり、何故かマリーと競っている筈なのです。しかし二人はクリスマスの夜に何処へ行くかとか、何をして過ごすと言う話で盛り上がっています。そしてその女子トークは到底終わる気配を見せませんでした。それに見かねた直仁様が、彼女達の会話に割って入ったのです。


「……直仁の過ごした孤児院ですかの?」


 先程話していた内容からすればそれは間違いのない事実なのですが、マリーは確認も交えてそう問い返してきました。


「……ああ、そうだ。マリーは勝てる可能性を想像しているんだろうが、あそこがどれ程ヤバい所かその目で直に見ると良い」


 そう言った直仁様の口角が僅かに吊り上がり、意地の悪い笑みを浮かべさせています。それまでキャーキャーと妄想で盛り上がっていたマリーでしたが、直仁様が浮かべた笑みを見てその表情も引き締まった物へと変わりました。


「そうねー……マリーも一度見ておいた方が良いかもねー。今のスグには確かに荷が重い場所だから、マリーの協力も必要になるかもしれないからねー」


 直仁様の言葉を引き継ぐようにそう言ったクロー魔の顔にも、それはそれは意地の悪い笑顔が浮かび上がっていました。それを見たマリーはゴクリと喉を鳴らして緊張感を高めていました。





 閑静な住宅街の中でその周囲を高い石壁に囲まれ、良く言えば研究施設の様な、悪く言えば刑務所の様な場所となっているその施設は、明らかに異質な存在を浮かび上がらせていました。ぐるりと施設を取り囲んでいるコンクリート製の壁沿いを、直仁様とマリー、ボックとそして何故かクロー魔も同行して、先程から正門目指して歩いているのでした。


「……ここ……全部孤児院なのですかのー……?」


 まるでどこまでも続いているかのように長く、普通では考えられない程高い壁を見上げながらマリーがそう呟きました。


「ああ。ここは、巨大企業の研究製造施設内にある児童保護施設ってなってるからな。誰もこの中で “異能力者” の研究が行われてるなんて知らないだろうな」


 立ち止まって壁を見上げているマリーにならうように、直仁様もその壁を見上げてそう答えました。単純に感嘆しているマリーと違い、直仁様には特別な思い入れがあるのかもしれません。少なくともここは直仁様の育った「実家」に当たるのですから。


「ちょっとーっ! スグーッ! マリーッ! 置いてっちゃうよーっ!」


 僅かに先行していたクロー魔が、足を止めて壁を見上げている直仁様達に気付いて呼び掛けてきました。その声で促されるかの様に互いの顔を見合わせた直仁様とマリーは再び歩を進めだしました。




「……あら? ……スーグー? あんた本当に人気者ねー」


「……うるせーよ……あいつらは俺を揶揄からかって楽しんでるだけだよ」


 随分と壁沿いに歩いて漸く入り口らしい門構えが確認出来る距離となった時、突然クロー魔が何かに気付いた口振りでそう漏らし、その言葉に直仁様が答えました。

 しかしなんら脈絡のないその言葉に、マリーは何が何だか解らないと言った表情で二人の顔を見比べていました。確かに “それ” に気付けない一般人には、直仁様達が何を話しているのか理解出来よう筈もありません。でもボックには何となく解りました。

 程なくして眼前の門から、3つの人影が駆けてきました。その大きさからその影は3人の子供だと推察出来ます。子供らしくその人影達は一心不乱にこちらへと走っており、その内の1人は手を振りながら「おーいっ!」と声まで出しています。それらの事柄を踏まえれば、その人影達の目的が直仁様達だという事は明らかでした。


「……ハァ……ハァ……な……なんだ、直仁っ! 遊びに来たのかよっ?」


「……フゥ……フゥ……す……直仁兄ちゃん、いらっしゃいっ!」


「……も……もうっ! ふ……2人共……走らなくて良いじゃないっ!」


 3人は直仁様の前まで、まるで競争でもして来たかのように駆け寄って来ると息も絶え絶えに三者三様、そう言葉を漏らしました。

 直仁様とクロー魔は、彼等が近づいて来る事を逸早く察していたのです。これは別段 “異能力” を駆使した物ではなく、長年培った技術の成せる業なのです。直仁様もクロー魔も、幼少の頃よりあらゆる試験や検査を繰り返された傍ら、様々な訓練も受けて来たのでした。それにより気配を察したり消したりと言った技能を身に付けているのです。直仁様の技能は一流ですが、クロー魔のそれは超一流だというのがボックの見解ですね。


「……なんだ、わざわざ走って出迎えに来てくれたのか?」


 別段驚いた様子もなく、直仁様は彼等にそう声を掛けました。


「……べ……別に、お前を迎えに来た訳じゃないよっ! 義達よしたつの奴が早く会いたいって言うから……」


 直仁様の言葉に、3人の真ん中で直仁様の正面に立っている少年が、上気して僅かに赤らんだ顔をそっぽへ向けてぶっきら棒にそう答えました。


「ひ……ひどいや、裕也ゆうや。ぼ……僕、そんな事言ってないよっ!」


 裕也と呼ばれた少年に濡れ衣を着せられた義達と言う少年が、殆ど涙目で裕也君に抗議しました。


「ふふふ……でも一番最初に気付いたのは裕也だったけどね?」


「お……おいっ! 真尋まひろっ! 俺はそんな……」


 3人の中で紅一点、真尋と呼ばれた少女に核心を突かれ、裕也君はシドロモドロとなって弁解しようとしましたがそれを成功させる事が出来ずに、変わりに先程よりも顔を真っ赤にして更に明後日の方向へと顔を向けました。

 今更説明も不要でしょうが、彼等は直仁様の気配を察して飛び出して来たのです。しかし目的の場所はまだまだ先にあり、例え直仁様達が大声で騒ぎ立てていたとしても普通の人にはその気配を感じる事等出来ないでしょう。

 しかし僅か10歳前後のこの少年達はそれをやってのけたのです。そしてこれこそがこの「第1施設」に引き取られている少年達の実力であり、正しく直仁様が懸念している事なのです。


「ねぇ、直兄さん。今日は何か用があってここに来たの?」


 真尋と言う少女が、やや顔を赤らめて直仁様にそう尋ねました。それは他の2人と違う理由で上気している事は明らかでした。


「……いや、真尋。今日は様子を見に来ただけだよ。それからクリスマスケーキを予約しておいたから。明日配達に来ると思うから受け取っておいてくれ」


 直仁様の言葉に、3人の顔が俄かに明るくなりました。


「な……なんだよ。明日の分だけかよ?」


 つい先程まで喜んでいた裕也君でしたが、すかさず直仁様に悪態をつきました。不満をその顔に浮かべようとしているのですが、どうにもニヤけた表情が抜けきれずにその試みは失敗しているようです。


「……ちゃんと今日の分も注文しておいた……お、あれじゃないか?」


 直仁様の言葉に3人が振り返ると、門の前で止まった黄色いワゴン車が目に映りました。お菓子店のロゴが入ったその車は、正に直仁様がお土産として手配したケーキを配達に来た物でした。


「おおっ! ケーキだっ! みんなに知らせないとっ!」


「ちょっとまってよーっ! 裕也―っ!」


 裕也君と義達君は、その車目掛けて一目散に駈け出しました。本当に子供の体力はそこが知れませんね。


「もうっ! 裕也に義達ったらっ! ……あの……直兄さん、ケーキありがとうございました。 ……それでその……そちらの方々は?」


 慌ただしく去っていった2人とは違い真尋ちゃんは礼儀正しくお礼を述べると、直仁様に同行しているマリーとクロー魔について尋ねてきました。この辺りは幼くとも女性の直感が働いたとでもいうのでしょうか。


「……ああ、こっちはマリー、こっちはクロー魔……まぁ、俺の友達ってところかな?」


 直仁様がぞんざいに2人を紹介しました。それに併せてやや不満顔の2人ではありましたが、マリーは小さくお辞儀をしクロー魔は片手を小さく上げてヒラヒラと振りました。


「……お友達……は、初めましてっ! 私、くすのき 真尋って言いますっ! よ……宜しくお願いします」


 直仁様の言葉を額面通りに受け取った訳ではなさそうですが、真尋ちゃんは即座に改まって二人に丁寧な自己紹介をしました。まったく、幼少期においては女性の方が男性よりも遥かに大人の対応が出来ていますね。


「マ、マリーベル=シルベン=アレリアと申しまするー。マ、マリーと呼んで下されー」


Hey! はーいっ!Noce to meet you.初めましてクロー魔って呼んでね」


 年齢に似合わない丁寧な挨拶を受けてマリーは慌てた様に、クロー魔はそれでもいつも通りに返礼しました。


「す、直兄さん達も寄っていくんでしょ? 私、お茶の用意をしてきますね」


 真尋ちゃんはそう言うと直仁様にペコリと頭を下げて、来た道を小走りに戻って行きました。


「……解ったか?」


 走り去って行く真尋ちゃんの後姿を見ながら、直仁様がそう呟きました。


「……むむー……中々可愛い娘でしたのー……予想外のライバル出現でするー……」


 直仁様の問いかけに、マリーは神妙な面持ちでそう答えました。

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