2 12月23日 マリー訪問
「……じゃー、女性サンタの恰好で参加すればいいじゃん?」
直仁様の答えに、クロー魔は改めてそう提案しました。彼女にしてみれば直仁様の “異能力” 発動条件が “女装” である事など今更の事であり、その事を問題にしている直仁様の心境が計り知れなかったのかもしれません。
「そんなの嫌に決まってるだろっ!? サンタクロースの女装なんて軒並みミニスカートなんだぞっ!? 到底元の設定を無視した衣装ばっかりじゃないかっ!」
そうなのです。巷で女性のサンタ服と言えば、その殆どがミニスカートでピッチリとボディラインを際立たせたセクシーな物が殆どなのでした。
「だったら普通の衣装でも良いんじゃないの? そう言った格好をしている女性もいるでしょ?」
クロー魔の問いかけはもっともな物であり、そして意味のない提案でもありました。
「ああ……そう考えない事も無かったんだが、それだと殆ど能力が使えなかったんだ……。更に言えば女装サンタの恰好も試してみたんだが、やっぱり仮装だと余り強力な能力を行使できないみたいだしな……」
そう呟く様に返した直仁様はガックリと項垂れて押し黙ってしまいました。如何に女性物の衣装と言えども、それがコスプレや仮装の場合だと直仁様の能力は本来の力に遠く及ばない程度にしか使えないのです。
そもそも直仁様は男性です。今更の様ですがこれは重要な事なのです。
特にそう言った事を好む方々を除き、一般的な男性は女装をする事に抵抗を覚える物なのです。そしてそれは直仁様も例外ではありません。特に直仁様は女装をする事に殊更抵抗を感じている様で、もし “異能力” を使うための条件で無いのならば決してそのような事はしなかったでしょう。
しかし直仁様の言葉に、それを受けたクロー魔の表情がこれまでにない邪悪な笑みを湛えました! ああ、この顔は悪だくみをしている顔に他なりません。
「……ふーん……スグのミニスカサンタかー……」
―――ピンポーン……。
クロー魔が何事かを思案し始めた矢先、来訪を告げるベルが鳴り響きました。この部屋は存在しない階層にあるので、改まって誰かが訪れると言うのは非常に珍しい事なのです。そんな直仁様の部屋へと訪れるなど、ボックの知る限りでは二人しかいません。一人はこのクロー魔、そしてもう一人は。
「直仁―っ? いるのかのーっ?」
そう、ある事件をきっかけにメッキリこの部屋へ入り浸る様になった女性、「マリーベル=シルベン=アレリア」、通称マリーでした。
本来ならば依頼者や依頼対象者と慣れ合わない直仁様ですが彼女の天真爛漫な性格と、直仁様が唯一自身の装備について相談できる存在であると言う事、そして彼女の持つ特殊な “異能力” もあって直仁様と依頼完遂後も懇意にしているのでした。もっともマリーの方は別の感情が見え隠れしている様なのですが。
「ちょ、ちょっとっ! ピノンッ! べ、別にやましい気持ち等持っていませぬからーっ!」
勝手知ったる何とやら、合鍵を使って部屋の中へと入って来たマリーはボックの呟きに反応して、ここに来た途端顔を赤くしてボックに反論をしてきました。
そう、マリーの “異能力” は動物の言葉が解ると言う物でした。それ自体に余り意味がある物ではありません。知性や知識を持たない人間以外の動物が考える事は実に単調でバラエティーに富んだものではないからです。だからそれまで彼女の “異能力” は注視される事も無く、害も無い事から一般の生活を無制限に許可されて来たのです。
ですが彼女はボックと出会う事によって、これ以上ない価値を見出す事となったのです。
―――多くの知識と人語を理解出来る、喋れないセキセイインコのボック……。
―――動物の思考を読み取れる人物、マリー……。
ボック達が組み合わさればボックの考えを直仁様に、その他に不特定多数の人物へと伝える事が出来るのです! これは正しく運命の出会いに他なりませんでした! 正しく彼女はボックにとって、運命の女神とも言える存在なのです!
「い……いやー……そこまで言われると流石に照れますぞー……」
顔を真っ赤にして俯き加減に両掌を突き出したマリーが頻りに照れています。ボックの言葉に嘘偽りはありません。でも肝心の直仁様はと言えば、そこまで熱烈に感謝していると言う訳でも無さそうなのですが……。
「そ、そこは言わなくても良い事ですぞっ!?」
マリーは先程まで照れまくっていたかと思えば、今は半泣きの面持ちを浮かべてボックに抗議してきました。恋愛感情に疎い直仁様にそう言った好意を受け取って貰うには、まだまだ障害は多そうですね。
「……来て早々、随分と騒がしいな、マリー……ピノンが何か失礼なことを言ったのか? ってゆーか、合鍵で入って来るならチャイムを押す意味ないんじゃないか?」
来訪したと思えば直仁様とクロー魔を放っておいてボックと即席漫才を繰り広げ出したマリーに、直仁様が半ば呆れ口調でそう言いました。確かに彼女はここへ来て、未だに一度もクロー魔はおろか直仁様にさえ挨拶もしていませんでした。
「……あうー……直仁、今日はー……。あれ? クロー魔も来てたんだ?」
そこで漸くクロー魔の存在に気付いたマリーがそう問いかけました。でもそれは意外な人物に掛ける言葉と言うよりも「先に来てたんだ?」と言った挨拶めいた物でした。
「
そう言ったクロー魔ですが、実は彼女も事ある毎にこの部屋へ入り浸っているのでした。世界を股に駆けるフリーの “異能力者” である彼女ですが先日の一件で直仁様に大きな貸しを作った彼女は、その一環としてこの部屋を当面の拠点としている様なのでした。数多あるこの部屋の小部屋には、既にクロー魔専用の私室が作られています。もっともそれはマリーも同様なのですが。
「……話? 直仁に?」
「
クロー魔は目を輝かせてマリーにそう尋ねました。マリーもその事は既に直仁様から聞き知っている筈ですが、クロー魔の勢いに後退りながらただ頷くしか出来ませんでした。
「そのイベントでスグと勝負をしようと思ってねー。今その話をしていた処なの」
「……勝負?」
この依頼は子供達にクリスマスのプレゼントを配り歩くと言う物で、勝負と言った類の物ではありません。純粋にサンタクロースを信じている筈の “孤児院” で暮らす子供達に、政府が温情政策として毎年取り組んでいる物です。しかしクロー魔に掛かってはそれすらも勝負、延いては遊戯となってしまうようです。
「……おい、クロー魔。俺はその勝負ってやつを受けるなんて……」
「
そう持ち出されては直仁様に閉口する以外の選択はありませんでした。彼はマリーを助ける一件でクロー魔に助力を仰ぎ、その際に多大な借りを受ける事となったのです。
「……そ……それで、プレゼントの配達でどんな勝負をするつもりなのですかの?」
殺し文句をクロー魔に言われてぐうの音も出ない直仁様に、マリーが助け船を出しました。もっともクロー魔に直仁様を黙らせる事の出来る殺し文句が無かったとしても、彼女の性格からこの提案をごり押ししていたのは間違いないのですけれど。
「ふっふっふー……それはねー……ズバリッ! 『
今度はマリーに向けてクロー魔はズビッ! と人差指を突きつけそう宣言しました。
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