第71話『ちはるうらら』
理沙ちゃんのボディーガードのおかげもあってか、今日も午後の授業を平和に受けることができた。ブランが誰かに命令して、こっそりと私達のことを監視させているかもしれないけど。
放課後。
私は理沙ちゃんと一緒に風紀委員会の活動室に行くと、そこにはスマートフォンを弄っている沙耶先輩だけがいた。
「おっ、琴実ちゃんに唐沢さん。お疲れ様」
「お疲れ様です、沙耶先輩」
「お疲れ様です!」
千晴先輩も沙耶先輩のことが好きなんだよね。そう思うと、沙耶先輩が今まで以上に輝いて見える。
「2人とも、午後も無事に過ごすことはできたかい? 掛布さんや黒瀬さんを捕まえてもブランがまた別のメンバーに何か命令したかもしれないから」
「無事に過ごすことができました。ただ、沙耶先輩の言うとおりですよね。あと、放課後に黒瀬さんが襲ってきたので、これからが一番気を付けなきゃいけない時間帯ですよね」
「そうだね、琴実ちゃん」
「ことみんのことはあたしが守るよ。昨日みたいに外で襲われそうになったら、近くの石を投げてぶつければいいんだからさ」
「まあ、昨日みたいな状況なら仕方ないけれど、もうちょっと穏便な方法があればベストだよね」
ダブル・ブレッドのメンバーも人間だから、できるだけ痛い想いをさせないように気を付けていきたいな。
「お疲れ様です、みなさん」
千晴先輩が部屋の中に入ってきた。今日はひより先輩と一緒じゃないんだ。
「お疲れ様、藤堂さん」
「……お、お疲れ様です、朝倉さん」
沙耶先輩と目が合った瞬間、千晴先輩はほんのりと頬を赤くして視線をちらつかせる。彼女の気持ちを知っていることもあってか凄くかわいい。
「藤堂さんは大丈夫だった?」
「へ、平気でしたよ。そういう朝倉さんこそ大丈夫なのですか? あなたが一番、あの組織から被害を受けていますし……」
「心配してくれているんだね、ありがとう。ただ、私は委員長の藤堂さんが大丈夫かどうか一番心配だったんだ」
「そ、そうですか。心配していただき……ありがとうございます」
千晴先輩の顔がさらに赤くなっていく。ちゃんとした理由があっても、千晴先輩のことを一番心配していると知ると何だか複雑な気分に。
「あ、あの……朝倉さん」
「うん? どうしたの?」
「……わ、私のパ……パンツを堪能してもいいんですよ? 昨日、私を助けていただいたお礼という意味ですよ! 他意はありません!」
絶対に他意があるでしょう、沙耶先輩のことが好きなんだし。パンツについての私のアドバイスをメモしていたそうだったし。
しかし、沙耶先輩はふっと笑って、
「理由があるにせよ、藤堂さんが自分からパンツを堪能してもいいって言うなんて初めてだから嬉しいよ。前は嫌がっていたよね。特に1年生の頃は」
「ええ、パンツパンツばかり言っていますから第一印象は最悪でした……けれど、今は風紀委員としてはとてもまともだと思いますよ。まあ、琴実さんやひよりさんと一緒にいるのを見ると、人としてもまともなのかなと思ったりするときもありましてね?」
「何で疑問系っぽい感じで言うのかな。……まあいいや、じゃあ……お言葉に甘えて」
そう言うと、沙耶先輩はすぐさまに千晴先輩の目の前まで動く。ゆっくりとスカートをめくる。
「へえ、藤堂さんって意外と可愛いパンツを穿くんだ。桃色のフリル付きか……」
「じ、実況しないでいただけますか? 恥ずかしいですよ……」
「じゃあ、私だけが分かるようにスカートの中に潜るね」
沙耶先輩は言葉通り、千晴先輩のスカートの中に頭を入れる。
「うん、この感じ……何だか懐かしいね」
「私も、こうされると以前のことを思い出しますよ」
どうやら、前に沙耶先輩は今のように千晴先輩のパンツを堪能していたらしい。以前は嫌がっていたと言っていたので、沙耶先輩が必死にお願いしたのかな。それよりも、何だかいい雰囲気になっている気がするのは私だけ?
「お疲れ様です……って、えっ?」
部屋の中に入ってきたひより先輩は、千晴先輩と沙耶先輩のことを見て固まっている。
「こ、これはその……昨日助けていただいたお礼です。他意はありません」
「そ、そうなんですね」
ひより先輩は苦笑いをしながら私のところにやってきて、
「ねえ、琴実ちゃん。千晴先輩……頭がおかしくなっちゃったの?」
私にそう耳打ちをしてきた。まあ、あの状況を見たらそう思っちゃうよね。しかも、パンツを堪能させているのが、沙耶先輩の変態な態度に嫌悪感を示していた千晴先輩だから。
「そんなことはないと思いますよ。昨日、沙耶先輩に助けてもらったお礼だってさっき言っていましたし。それに、あのときのことで沙耶先輩に対して少し心が開いたんじゃないでしょうか」
「なるほどね。朝倉先輩に怒ってることが多いけど、昨日のことを経験したら多少なりとも心は開くよね」
ひより先輩は納得している様子。実際には昨日のことをきっかけに沙耶先輩に恋をしたんだけどね。
「……ふぅ。ひさしぶりだったからか凄く良かったよ」
「そうですか? 時々であれば、これからも私のパンツを堪能していただいてもいいですよ?」
「藤堂さんがそんなことを言うなんて夢じゃないかな? でも、ありがとね」
沙耶先輩は爽やかな笑みを浮かべながら千晴先輩の頭を撫でる。それが嬉しいのか千晴先輩はニヤニヤして。
「おいーっす」
「みんな揃っていますね、真衣子さん」
すっかりと、秋川先生と東雲先生は一緒に来ることが普通になったな。
「そうだな、恵。藤堂がニヤついているのがちょっと気になるが……まあいい。昨日、連絡したように、黒瀬とブランの会話のログは検出できたが、ブランの特定まではできなかった。掛布のときといい、相変わらず素早く雲隠れをするやつだな、ブランは」
「そうですね。今日は、私を含めて怪しい人物に何かされたりしていることはありません。最も心配だった藤堂さんも大丈夫でした」
「黒瀬も委員長の藤堂が最も危険とか言っていたからな。そういえば、ログを解析して分かったのだが、昨日のあの場所……黒瀬がブランに提案して決まったところのようだ」
「つまり、ブランは黒瀬さんがあの場所で風紀委員会のメンバーを襲うことを知っていたんですね」
「そうだな、朝倉。我々に取り押さえられ、黒瀬の素顔が判明したところでブランは彼女との連絡手段を断ったのだろう」
だから、捕まえられてあまり時間が経っていない状況で黒瀬先輩が確認したときでも、ブランとは連絡を取ることができなくなっていたんだ。
「校内に防犯カメラがあったら調べますけど、設置されているのは校門や昇降口くらいしかありませんから、ブランだと絞り込める映像が残っている可能性はゼロと言ってもいいくらいですよね、真衣子さん」
「そうだな。一応、調べてもらうように頼んでおく。……今は、ブランの正体を明らかにするのが難しい状況ってことだ。今日もいつも通り校内の見回りをするんだよな、藤堂」
「ええ……そうですが」
「分かった。ただ、昨日はあんなことがあったから……恵は朝倉達の方についてくれ。私は藤堂達と一緒に見回りをしようと思う」
「分かりました」
「よろしくな、恵。昨日と同じく、何かあったら連絡を取り合うようにしよう」
先生達が一緒に見回りをしてくれるなら安心かな。
「じゃあ、今日も見回りを頑張ろうか。パンツ・フォー!」
『フォー!』
昨日と同じようにひより先輩と理沙ちゃんは楽しそうに言うけど、今日は千晴先輩まで言っていた。しかも、一番大きな声で。ただ、恥ずかしそうな表情はしている。そんな千春先輩のことを、東雲先生は驚いた様子で見ていた。
「……藤堂。お前……昨日、頭でも打ったんじゃないのか?」
「そ、そんなことありませんよ! ただ、こういう状況ですから委員会一丸となった方がいいと思いまして」
それもあるかもしれないけど、一番の理由は沙耶先輩がいつも言っている掛け声だからだと思う。
「……まあいい。お前は真面目すぎるところがあったから、たまにはこのくらいのことをした方が魅力的な女になると思うぞ。さっ、二手に分かれて見回りをしよう」
東雲先生はそう言うとふっ、と微笑む。私の肩を軽く叩き、活動室を後にした。もしかしたら、千晴先輩の気持ち……気付いているのかも。
「……藤堂さんにああいう一面があったなんて。意外とかわいい子なのかも。顔はもちろん前からかわいいけどね」
「そ、そうですね……」
「今日も見回り頑張ろうね、琴実ちゃん」
「はい」
千晴先輩が以前よりも可愛らしくなったのは本当だと思うけれど、沙耶先輩がそれを嬉しそうに言うと悔しい気持ちが出てくる。でも、恥ずかしながらも笑みを浮かべている千晴先輩を見ると、そんな想いを抱く自分に苦しくなって。
モテる人に恋をするっていうのはこういうことなのかな。相棒になったから学校では沙耶先輩と一番近い存在だと思えて安心したけど、それは自分で作り出した甘えの気持ちなのかも。
恋のライバルだからといって、千晴先輩の邪魔をすることだけはしちゃいけない。私は私なりに沙耶先輩にアプローチしてみよう。
「何だか今日はいつも以上に私の側にいる気がするけれど」
「昨日、あんなことがありましたから」
「そっか。まあ、すぐ側にいてくれると琴実ちゃんを守りやすくて助かるよ」
「……そうですか」
いつもの爽やかな笑みで自然とそんな言葉を言うんだから、本当に沙耶先輩はかっこよくて優しい人だと思う。そんな人に恋をしたのだと改めて認識させられる。
でも、私以外にも今みたいに言うんでしょう? 沙耶先輩らしいけど、あまり言ってほしくない。言うんだったら、もっと私に甘い言葉をかけてほしい。今みたいな気持ちを千晴先輩も抱いているのだろうか。
そんなことを考えながら見回りをするけど、今日は何事もなかったのであった。
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