第70話『恋のしずく-後編-』
──実は私……朝倉さんに恋をしているのです。
千晴先輩からその言葉を言われたとき、時間が止まったような気がした。
「さ、沙耶先輩に恋をしているんですか?」
私の聞き間違いかもしれないと思って確認してみるけれど、
「……そうです」
さっきよりもさらに真剣な表情になり、千晴先輩はそう言った。
まさか、千晴先輩が沙耶先輩に恋をしているなんて。それじゃ、私と2人きりで話したいと言ったのも頷ける。私に話してくれたのは、沙耶先輩の相棒だからなのかな。
「意外ですね、千晴先輩が沙耶先輩のことが好きなんて。むしろ、変態な行動ばかりする先輩のことを嫌っているかとも思いました」
「風紀委員としてはどうかと思いますよ。なりたての頃ならまだしも、未だに生徒のパンツに対して欲求が凄いですし。私も彼女と一緒に風紀委員を始めた頃は、パンツを堪能させてほしいとしつこかったので、第一印象は最悪でした」
「そうなるのも分かる気がします」
私も沙耶先輩に一目惚れをしたけど、パンツを堪能させろと言われ、風紀委員会に入ってと言われたので一時期は彼女の印象が全然良くなかった。
そのポジションが今は私になっているのかな。沙耶先輩、私のパンツはほぼ毎日一度は堪能してくるし。もしかしたら、ひより先輩も千晴先輩と同じ道を通ったのかも。
「それでも、仕事はしっかりとしますので一定の好感度にはなったんですよ。ひよりさんが委員会のメンバーになってからは、私よりもひよりさんの方のパンツも堪能するようにもなりましたので……」
沙耶先輩には怒ってばかりの印象だけど、ある程度の好感はあったんだ。何だか意外だな。
「パンツのことを除けば、気さくで優しく、しっかりとしたいい人ですもんね。仕事も分かりやすく教えてくれますし」
「ひよりさんのときは私と一緒に教えましたけど、朝倉さんの方が教え方は上手だった気がします」
「なるほど。それで、話を本題に戻しますけど……沙耶先輩に恋をしているんですよね。きっかけとかってあるんですか?」
「……昨日の黒瀬さんの一件で」
やっぱり。あのとき、沙耶先輩は一生懸命になって千晴先輩のことを守ったもんね。とてもかっこよかったな。
でも、思い返せば黒瀬先輩のことがあってから、沙耶先輩に見せる千晴先輩の表情が柔らかくなったような気がする。
「私のことを一生懸命になって助けてくれたのはもちろんですが、あのときに私に見せてくれた優しい笑みと、頭を撫でてくれたことがとても嬉しくて」
「……そうなんですね」
私も沙耶先輩に同じことをされたらきっと恋に落ちちゃうと思う。
「家に帰って、朝倉さんの怪我が大丈夫なのか不安だったのですが、彼女のことを考えると温かい気持ちになるのも分かって。そのとき、私は彼女に恋心を抱いているのだと自覚しました。誰かに恋をすることは初めてなもので……」
「初恋なんですね」
「そうですね。初恋という響き……とても胸に沁みます」
千晴先輩は顔を赤くしながらも嬉しそうな笑みを浮かべている。今までは凛とした表情できちんとした振る舞いをしていただけに、今の先輩の笑顔がとても魅力的に思えてくる。もし、そんな笑顔を沙耶先輩に見せたら、千晴先輩のことが好きになっちゃいそうな気がしてくるよ。
「どうしようもなく変態な朝倉さんに恋をしてしまうなんて一生の不覚だとも思いました。でも、朝倉さんの笑顔を思い浮かべるとキュンとなってしまって。本当に、人って分からない生き物なのですね……」
一生の不覚って。今までの話からして千晴先輩にとって、沙耶先輩は風紀委員としてはいい人だけれど、人としては分かり合えない存在だったのかも。そんな人に恋心を抱くのだから、千晴先輩の言うように人って分からない生き物なのかもしれない。
あと、思ったけど……これってまずいんじゃないの? 千晴先輩も沙耶先輩のことが好きだなんて。一言で言えば、千晴先輩は私の恋のライバル!
「恋をしたのですから、その想いを成就させたいと思いまして。折笠さんは朝倉さんからのご指名で相棒になられましたし、1週間ほどで彼女とあんなにも仲がいいではありませんか。そうなるのはきっと、折笠さんが何かテクニックを持っているからだと思うのです。もちろん、朝倉さんが元々あなたを気にしていたことは承知しています」
「テ、テクニックと言われましても……」
好きだけど、私の方から沙耶先輩にアプローチなんてあまりしていない気がする。むしろ、沙耶先輩が色々と私に近寄ってきている感じがして。勝手にパンツは堪能してきたり、目が覚めたら私のベッドの中に潜んでいたり。
「……これまでのことを色々と思い出していますけど、テクニックみたいなものが全然思い浮ばないです。私が何もしなくても、沙耶先輩の方から私に近づいてきて色々なことをしてくるので。もちろん、パンツのこととか嫌だと思うこともありますけど、何だかんだ受け入れちゃっていますし……」
ただ、それは好きな沙耶先輩だから受け入れているのが正直なところだけど。
「教えていただきありがとうございます、琴実さん」
「いえ、私はただ思ったことを言っただけで、何もアドバイスできていないですよ」
「そんなことはありません。朝倉さんの行動を受け入れるというのは重要なことではないかと思いました」
さっきの私の言葉からどう考えれば重要だと思えるのか。
「でも、パンツを堪能されるなんて受け入れる必要はないですよ。私の場合はしつこいので諦めちゃっていますが……」
「朝倉さんに気に入っていただけるようなパンツを穿けば、彼女は私のことが気になってくれるでしょうか」
そういう風に考えちゃうか。沙耶先輩のパンツ好きは教職員にも知られているほどだし、毎日、誰かのパンツを堪能しているもんね。
「どうでしょうね。でも、沙耶先輩の性格からして、沙耶先輩の好みに合わせるよりも、千晴先輩が好きなパンツを穿いた方がいいんじゃないでしょうか」
「琴実さんは朝倉さんご指定のパンツを穿いたことはないのですか?」
「ないですね。むしろ、沙耶先輩は毎日、どんなパンツを穿いているのかを楽しみにしているみたいですから」
「なるほど」
千晴先輩、一生懸命になってスマートフォンでメモを取っている。本当に千晴先輩のことが好きになったんだなぁ。
あと、私も何をアドバイスしているんだろう。そもそもアドバイスになっているのかどうか分からないけど。
「気になったのですが、朝倉さんは付き合っている方はいらっしゃるのでしょうか。思い返したらそのようなことはないと思いますが」
「多分、いないんじゃないかと思います」
そうであってほしい。ただ、私や千晴先輩以外にも沙耶先輩に好意を抱く人はたくさんいそうな気がする。
「そうですか。琴実さんのアドバイスを基に……私、頑張ってみたいと思います」
「無理はしないでくださいね」
「ありがとうございます。このことは誰にも話さないでくださいね」
「分かりました」
「……そうだ。アドバイスをしていただいたお礼に、私のお弁当のハンバーグを差し上げます。はい、あ~ん」
「じゃあ、いただきます。あ~ん」
私は千晴先輩にハンバーグを食べさせてもらう。
「美味しいです」
「ふふっ、良かった。手作りなのでちょっと緊張していました」
パンツを見せるよりも、今みたいに手作り弁当のおかずを食べさせる方がよっぽど効果がありそうだけど、それは一般人の場合。変態人の沙耶先輩はやっぱりお弁当よりもパンツだろうな。というかあの人、おかずはパンツとか言いそう。
千晴先輩という強力なライバルが現れてしまったことは複雑だけど、彼女の可愛らしい姿を見ることができて嬉しくなったのであった。
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