第60話『違う朝、違うお迎え。』

 4月18日、月曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、そこには誰もいなかった。ここ最近、起きると沙耶先輩がいるから誰もいないことに寂しさを覚える。


「ま、まさか……」


 布団をめくってみたけれど、沙耶先輩の姿はない。そうだよね、今日からは東雲先生が運転する車で沙耶先輩と一緒に登校するから、これまでみたいに朝早く私の家には来ないよね。


「……寂しいな」


 ベッドの側で私の顔を眺めていたり、ベッドの中で私のパンツを堪能していたりするとビックリして、気持ち悪いって思うこともあるけど、何もないとこんなにも虚しく感じるなんて。金曜日と土曜日に、沙耶先輩と一緒に寝たからかな。

 両親と一緒に3人での朝食も……いつもより味気ない。これが普通なのに。気付かない間に、私の心にはすっかりと沙耶先輩が居座っていたようだ。

 朝食を食べ終わって、私は沙耶先輩達が来るのを待つ。昨日の夜、東雲先生から今日は沙耶先輩の家に迎えに行った後、その足でここに迎えに来てくれるとのこと。早く、沙耶先輩に会いたい。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴る。沙耶先輩達が来たのかな。

 モニターで確認すると、沙耶先輩、東雲先生、秋川先生の姿が映っている。今日も元気そうな沙耶先輩の姿を見られて安心する。


「はい、折笠です」

『琴実ちゃん。おはよう。お迎えに来たよ』

「ありがとうございます。すぐに向かいます」


 お迎えに来た……か。そういう意味ではこれまでと変わらないんだよね。そう考えると結構嬉しかったりする。


「お母さん、行ってきます」

「いってらっしゃい。何かあったらすぐに連絡してきてね」

「うん、分かった」


 私のことを盗撮するかもしれない人が学校の中にいるかもしれないって思うと不安になるけれど、沙耶先輩も一緒だし今週も頑張ろう。もちろん、昨日の朝に見た人の正体を1日でも早く明らかにしたい。


「はーい」


 玄関を開けた瞬間だった。


「おはようございます。お迎えに上がりました、お姫様」

「お、おはようございます。ええと、沙耶先輩?」

「ふふっ」


 沙耶先輩は爽やかな笑みを浮かべて、私の手をそっと握ってくる。

 インターホン越しで話したときは普通だったのに、まるで私の執事さんのような感じになっちゃって。まさか、私が気付かなかっただけで、扉を開けたときに先輩の頭にぶつけちゃったのかな。それで、沙耶先輩がおかしく――。


「私はおかしくなっていませんよ、琴実ちゃん。あなたの元気な姿を見られて一安心ですよ」

「おかしくなっているじゃないですか! 私に敬語だなんて……」


 それでも、私のことをこれまでと同じように「琴実ちゃん」って言ってくれることが嬉しい。


「私のことをよく見てくれているんですね、琴実ちゃんは」

「あ、相棒だからですよ。他意はありません」


 とは言ってみるけど、もう気付かれちゃっているのかな。東雲先生にはすっかりとバレていたけれど。その東雲先生と秋川先生は私達のことを笑いながら見ている。


「ふふっ、嬉しいですね。私も琴実ちゃんのことはよく見ていますよ。だから、普段と変わりないってすぐに分かりました。ただ、1つだけ分からないことがあって」

「……えっ?」


 すると、沙耶先輩は右手で私の頬に触れ、私のことをじっと見つめてくる。も、もしかして……先輩の分からないっていうのは私の本当の気――。


「琴実ちゃんが今穿いているパンツがどんな感じのものなのかなって」


 その瞬間、体の力が一気に抜けていった。いい意味での緊張感もいつにない高揚とした気持ちもすっかりとなくなり、何だかぐったり。


「やっぱり、先輩は先輩ですよね……」


 思わずため息をついてしまう。


「琴実ちゃんのパンツに興味があることは、ずっと前から分かっているでしょ?」

「分かってますよ! ですから、さっきみたいに執事っぽい態度を取られると、沙耶先輩の頭がおかしくなったんじゃないかって思うんですよ!」

「ははっ、なるほどね。言ってくれるね、琴実ちゃんは。これまでは部屋にいたり、ふとんの中に隠れたりして琴実ちゃんのことを驚かせていたから、今日も何かやって驚かそうと思ってね」

「先輩ってイタズラ好きですよね」


 沙耶先輩のサプライズ精神にはたまに悩まされるけど、先輩は先輩なりに私とのいつもの時間を過ごしたいと思っているんだ。それはとても嬉しい。


「驚く琴実ちゃんが可愛いからね。それじゃ、今日の琴実ちゃんのパンツはどんな感じなんだろう。失礼して……」


 そう言うと、沙耶先輩は膝立ちをして私のスカートをちょっとめくり上げる。東雲先生と秋川先生が後ろにいるのに恥ずかしいよ。


「へえ、赤なんだね」

「言わないでくださいよ」

「パンツ越しに琴実ちゃんの匂いを嗅ぐと安心するなぁ!」

「ううっ……」


 恥ずかしい気持ちもあるけど、太ももにかかる沙耶先輩の温かな吐息が心地よく感じるのも事実。私、沙耶先輩のせいで変態になってきているのかも……。


「まったく、折笠が見た怪しい人物よりもよっぽど悪人に見えるぞ、朝倉。下手したら公然わいせつの罪で逮捕だぞ」

「ここは屋外でしたね。ちなみに、東雲先生の今日のパンツの色は……」

「おっと、今の朝倉にとってそれはパンドラの箱を開けるようなものだ。恵も彼女には教えるんじゃないぞ」

「分かっていますよ。ふふっ、私しか知らないことがあるというのはいいですね」


 東雲先生と秋川先生、とてもいい雰囲気になっているけど、2人しか知らないことがパンツっていうのはどうなんだろう。


「さっ、琴実ちゃん、沙耶ちゃん。後ろの方に乗って。学校へ行きましょう」

「そうですね。行こうか、琴実ちゃん」

「はい」


 沙耶先輩に手を引かれる形で車の中に入っていく。もちろん、車の中では沙耶先輩と隣り合うようにして後部座席に座る。車が発進しても、先輩は私の手を繋ぎ続けてくれていた。先輩の温もりは心地よい。


「怪しい人はいませんね、真衣子さん」


 秋川先生はキョロキョロと周りを見ている。


「そうか。折笠の話だと、朝に動きがあったからもしかして……と思ったんだが。昨日は休日だったから特別だったのかもな」

「その可能性はありそうですね」

「恵、視察はこのくらいでいいだろう。学校まではあと数分だからな。朝倉には既に話してあるが、今朝……警察から連絡があった。被害届が受理され、生活安全課の女性警察官2名が学校に来てくれるそうだ」

「そうなんですか。警察の方が来てくれるのは嬉しいです」


 私達のすぐ側に警察官がいたら、犯人も迂闊に行動できないんじゃないかな。もちろん、ダブル・ブレッドのメンバーも。あと、女性警察官というのも嬉しかったりする。うちの学校が女子校だからかな?


「ダブル・ブレッドに対する抑止力になればいいな。警察の方でもダブル・ブレッドのことを調べたみたいだが、これまでに逮捕・補導した人がその団体名を口にしたことはないらしい」

「実際、ダブル・ブレッドは一昨年にできた団体ですが……メンバーの掛布さんによる私への盗撮が起こるまでは何もありませんでしたからね。警察の方も今回のことがあるまで知らなかったのでしょう」

「ああ。犯人の究明は捜査のプロに任せよう。風紀委員会は引き続き、生徒達が安全に学校生活を送ることができるよう活動していこう。委員会の指揮は任せたぞ、恵。私は警察側と色々と接することになるだろうから」

「ええ、分かりました」


 私達の乗る車は白布女学院に到着する。マンションの前にいた怪しい人や、ダブル・ブレッドのリーダーであるブランがここにいると思うとちょっと怖いな。

 でも、大丈夫だよね。沙耶先輩達がいるから……きっと、大丈夫だよね。

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