第59話『お見通し』
午後5時過ぎ。
被害届を提出した私達は、東雲先生が運転する車で警察署を後にする。沙耶先輩、私の順番で自宅まで送ってもらうことに。
被害届は警察に受理され、今後の方針が決まり次第、東雲先生か恵先生に伝えることになっている。
「ふぅ、これでやっと終わったか」
「真衣子さんも、2人もお疲れ様でした」
「まったく、貴重な休みがもうすぐ終わっちまうよ」
「何だかごめんなさい。私が朝、バルコニーに出なければ……」
沙耶先輩のことは掛布さんを捕まえたことで、一つの区切りがついていた。今朝、あんなことがなければ……みんな、平和な日曜日を過ごせていたのに。
「折笠のせいじゃない。悪いのは盗撮した犯人だ。もしそいつがダブル・ブレッドのメンバーだったら、ブランの正体を明かし、風紀委員会元顧問として、あの手この手で指導してやらないとな……」
「真衣子さん、今の顧問は私なんですけど……」
東雲先生がこんなことを言う理由って……多分、先輩や私を盗撮しただけじゃなくて、自分の休日が潰れてしまった個人的な恨みもありそう。もしかしたら、今日は秋川先生とイチャイチャする予定でもあったのかも。
「東雲先生の言うとおり、琴実ちゃんが気にする必要はないんだから」
「……はい」
沙耶先輩は私の手をぎゅっと掴みながら優しい笑みを見せてくれる。そのことでちょっと安心する。
「沙耶ちゃんと折笠さん。明日はどうする? 盗撮があったし、学校での生活が不安で、怖いと思っているなら休んでもかまわないよ」
「恵の言うとおりだな。もし休むなら遠慮なく言ってくれ。学校側も事情は把握しているし、欠席しても成績には影響しない」
「私は学校に行きます。琴実ちゃんは……どうする?」
「私も行きます」
今まで通りの学校生活が送れないかもしれない不安はあるけど、怖くて学校に行けないほどじゃない。
「……分かった。じゃあ……明日はこの車でそれぞれの家に迎えに行くことにしよう。もちろん、気持ちが変わって欠席するなら学校か、私や恵のスマートフォンに電話をしてきてくれ」
「分かりました」
そんなことを話していると、沙耶先輩の住んでいるマンションが見えてきた。周りを見てみても怪しそうな人はいないなぁ。女子高生に見える人もいるけど、今朝のようなトレンチコートに帽子姿じゃないし。
「あれ、入り口に生駒と朝倉姉さんがいるじゃないか」
マンションの方を見てみると、東雲先生の言うとおり……梢さんと会長さんの姿が見える。2人一緒にいれば大丈夫か。
「もうすぐ着くからとLINEでメッセージを送っておきました」
「そうか。まあ、私か恵で自宅まで送ろうと思ったんだが……まあいいか。気を付けて家に帰るんだぞ」
「はい。琴実ちゃん、また明日ね」
「はい。家に到着したらLINEでメッセージを入れますね」
「うん」
マンションの前に到着すると、沙耶先輩は車から降りる。
「お疲れ様、みなさん」
「何だかんだ時間がかかっちゃったよ。私と琴実ちゃん、2件の被害届を提出できた。私と琴実ちゃんは明日、先生の車で登校するから」
「分かったわ。でも、無理しないでね。特に折笠さんは」
「はい」
「先生方、送っていただきありがとうございました。琴実ちゃんをお願いします」
「任せておけ」
梢さんや会長さんと一緒に、沙耶先輩がマンションの中に入っていったことを無事に確認して、私達が乗る車は私の自宅に向けて走り始める。
「折笠を無事に送り届けたら、途中でスーパーでも寄るか。冷蔵庫の中に食材が全然なかったから」
「そうですね。今夜は何が食べたいですか?」
「……肉野菜炒めだな」
「ふふっ、分かりました」
東雲先生と秋川先生、とても仲がいいんだなぁ。今の会話もまさに一緒に住んでいるからこその内容だし。いつかは沙耶先輩とそんな風になりたいな。
「ごめんね、折笠さん。私達、休日はたまにドライブで外出して……帰るときに買い物をしていくのが習慣なの」
「素敵ですね」
「ふふっ。まあ、真衣子さんは料理があまりできないから、私の担当なんだけれどね」
「恵の料理が美味しいからさ」
「……もう、生徒の前で。恥ずかしいですよ」
「なあに、本当のことを言っただけさ」
ふふっ、と東雲先生は小さな声で笑っている。やっぱり……いいなぁ。私も沙耶先輩とこういう風になれるのかな。
「なあ、折笠」
「何ですか?」
「……今までずっと思っていたことがあるんだけどさ」
そういう風に話を振られると、とても重要な言葉が出てくるような気がして緊張するんですけど。
「お前さぁ……ぶっちゃけ、朝倉のことが好きだろ」
「はああっ?」
東雲先生に見事に言い当てられてしまったから、ビックリして思わずそんな風に大声を上げてしまった。
「何だ? 違うのか?」
「……さ、沙耶先輩のことは好きですけど」
ううっ、昨日の夜は会長さんに感付かれちゃったし……私って気持ちが顔に出ちゃうタイプなのかな。もしかして、沙耶先輩にも私の気持ちが気付かれていたりして。
「もう、真衣子さんったら! 生徒のことを……」
「いいんです、秋川先生。……東雲先生、どうして分かったんですか? 私が……沙耶先輩に恋愛感情を抱いているということを」
「……朝倉のことを見るお前の表情が、付き合う前の……私を見る恵の表情に似ていたからな。目つきも」
「そうですか」
やっぱり、沙耶先輩への想いが表情や視線に出ていたんだ。そして、秋川先生という女性と付き合っている東雲先生には分かったんだ。沙耶先輩に感付かれ始めている可能性もありそうだ。
「……ちなみに、沙耶先輩の方はどうなんでしょうか」
「朝倉か? あいつ、パンツの時以外は笑っているか、真剣な表情になるかのどっちかだから、表情からはなかなか読めないな。でも、折笠のことを大切に想っていることは間違いないだろうな」
「そうですか……」
車から降りるときも私のことを最後まで気に掛けてくれたし、大切に想ってくれていることは確かだと思う。
でも、今までの沙耶先輩……特に金曜日の放課後からの先輩のことを思い出すと、先輩……私のことが好きなのかな。
『……京華だけ、ずるい』
昨晩のあの一言がどうしても気になってしまう。あの甘えた声が聞こえて、その後すぐに私の側で眠って。あぁ、段々と体が熱くなってきた。
「折笠さん、大丈夫? 顔が赤いけれど。色々あって疲れちゃった?」
「いえ、そんなことありません……」
「……ふふっ」
どうやら、東雲先生には今、私はどんなことを考えているのかお見通しのようだ。ううっ、恥ずかしい。
その後、家に到着するまで無言の時間が続くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます