第54話『蚊帳』
心の中に秘めておきたかったのに。
沙耶先輩や会長さんだけでなく、梢さんからもしつこく夢のことについて訊かれたので、朝ご飯を食べながら夢の内容を話した。すると、3人に爆笑されてしまった。
「そこまで笑うことないじゃないですか」
「ごめんごめん。面白くってさ……」
それでも、沙耶先輩は楽しそうに笑っている。まあ、変に私の気持ちを訊かれるよりは笑われてしまった方がマシだけど。
「でも、自分で言ったことを夢で見ちゃうなんて。そんなに私と沙耶の娘になりたかったのかしら?」
「そんなわけありませんよ」
私は沙耶先輩の彼女になりたいの。ゆくゆくは先輩の奥さんとか。
「でも、昔は沙耶ちゃんが旦那さん、京華ちゃんが奥さんの設定でおままごとをやったこともあるのよ。そのとき、私は沙耶ちゃんのお母さん役だけどね」
子供役じゃないところが意外だ。大抵、夫婦役がいたらもう1人は子供役のような気がするんだけれど。嫁と姑のドロドロな内容をやりたかったとか?
「それにしても、京華が私にキスしようとしたことに驚いて大声を出すなんて、琴実ちゃんもなかなか可愛いところがあるんだね」
「あははっ……」
さすがに、会長さんが沙耶先輩にキスされるのが嫌で大声を出したとは言えなかった。それを言ったら、遠回しな告白になっちゃうような気がしたから。
「ふふっ、沙耶とキスか。実際にやってみる?」
「……野菜スープを吹き出しそうなので止めてください」
「冗談よ、折笠さん」
冗談だったら言わないでほしいよ。今の一言でちょっと驚いちゃったんだから。ううっ、しばらくの間はこの夢をネタにからかわれそう。
「そうだ、琴実ちゃん。野菜スープは美味しい?」
「……美味しいです」
コンソメ仕立てなので私好み。野菜のエキスがたくさん出ているように思えるのは、私がさっきまで寝ていたせいだから言わないでおこう。
「この野菜スープは琴実ちゃんが寝た後にお父さんが作ったんだよ?」
「……それ以上からかうと、先輩のパンツを無理矢理にでも脱がして、そのパンツを被った上で、昨日私が付けた猫耳カチューシャを付けてもらいますよ?」
みんなで私のことをからかって。特に沙耶先輩。
「ごめんね、琴実ちゃん。お姉ちゃんも京華も、琴実ちゃんが観た夢についての話はこれで終わりにしよう」
「ふふっ、そうね。楽しい日曜日の朝になったわ」
「私が登場しなかったのは残念だけどね~」
これで3人が夢の話をしなくなるのは安心だけど、これまで散々笑われてきたからかイライラが残っている。こうなったら、ダブル・ブレッドにこの怒りをぶつけることにしよう。特に私のことを盗撮した人に。
「私はこうしてちょっと遅めの朝食を食べていますけど、私のことを盗撮した人はどんなことをしているんでしょうね」
「パンと牛乳を持って、そこのバルコニーが見えるところで張り込んでいるかもね。京華には言ったけれど、今日はずっと家にいた方がいいかも」
「そうですね」
まあ、沙耶先輩のお家で先輩と一緒にいられるのは嬉しいから、ずっとここにいてもいいよ。まあ、明日は学校があるから、夕方くらいにはここを出発しないといけないけど。
「琴実ちゃんが寝ている間に藤堂さん、ひよりちゃん、恵先生、東雲先生の4人には今朝のことをメールやLINEで伝えておいたから」
「ありがとうございます」
「朝早く伝えて正解だったよ。先生方に伝えたら、東雲先生から今回のことに関して今日の午前中に緊急の職員会議を開くことが決まったから」
「そうなんですか」
木曜日には沙耶先輩が。今朝は私が盗撮されたから、休日でも職員会議が開かれるんだ。かなりの大事になってきたな。
「ついでに、金曜日、私達が帰った後に東雲先生が、生徒指導の教師と一緒に掛布さんから話を聞いたそうで、何か情報を聞き出せたかどうか訊いてみたんだ」
「それで、何か有力な情報は掴めたんですか?」
「私達が活動室で聞いた内容とあまり変わらないね。ダブル・ブレッドは実際に存在していること。そのリーダーが『ブラン』と呼ばれていること。今はアカウントが無くなっているけど、『ブラン』とはTwitterでコンタクトを取り、盗撮に関してはメッセージ機能でやり取りしていたこととか」
「そうですか……」
確かに、金曜日の放課後、風紀委員会の活動室で彼女から聞いた内容と変わらない。掛布さんは1年生だし、そこまでダブル・ブレッドのことを詳しくは知らないのかな。
「ただ、『ブラン』とのやり取りをしていく中で、白布女学院には掛布さん以外にも、組織のメンバーが複数人存在している分かるメッセージをいくつか受け取ったそうだ。失敗したら他のメンバーにやらせるとか、盗撮の仕方を教えてもらうように言っておくとか」
「なるほど。じゃあ、もしかしたら教育係とも受け取れるメンバーの1人が、私のことを盗撮したかもしれませんね」
「そうかもしれないね」
少しずつだけど、ダブル・ブレッドの詳細が分かってきた。風紀委員会と同じように、リーダーが存在して、新規メンバーがいて、教育係も兼ねる中堅メンバーもいる。ただ、風紀委員会と違うのは、リーダーが誰なのかメンバーも分かっていないことだ。
「ちなみに、掛布さんは?」
「1週間の停学と反省文の提出らしい」
「そうなんですね」
掛布さん、入学して半月ほどで1週間の停学処分か。それは自業自得だから仕方ないけど、考えられる中では最悪とも言えそうな高校生活の始まりになっちゃったな。
「そういえば、琴実ちゃんが目を覚ましたら、東雲先生に電話を掛けることになっていたんだった」
「そうだったんですか?」
「一応、盗撮された本人にも話を聞きたいみたいだから。職員会議は午前11時くらいからやるらしいけれど。私が電話を掛けるね」
リビングの中に掛けられている時計を見てみると、今は午前10時手前か。今だったら電話を掛けても大丈夫か。
「おはようございます、朝倉です。今、大丈夫ですか? 琴実ちゃんが目を覚まして」
今みたいにしっかりしている姿を見ると、どうしようもなくパンツに関して変態だなんて想像できないな。
「スピーカーホンにしてテーブルの上に置いちゃうね」
沙耶先輩はスマートフォンを私の目の前に置く。
「おはようございます、折笠です」
『おはよう、折笠』
『おはよう、折笠さん』
「おはようございます。秋川先生も職員会議に参加されるんですね」
『風紀委員会の顧問だからね。休日返上だけど、こればかりは仕方ないよ。それに、ダブル・ブレッドが関わっているかもしれないって話だから』
『だから気にすんなよ、折笠』
今回、盗撮されたのは私だ。担任である東雲先生と、私が所属する風紀委員会の顧問が職員会議に参加するのは当然か。それに、2人は同棲しているから、一緒に参加しようってなるかも。
『さっそくだが、折笠。今朝、朝倉から話は聞いているけど確認させてほしい。今日の午前6時過ぎ、朝倉の家のバルコニーにいたところを、トレンチコート姿の人物に盗撮された可能性があるってことだな』
「はい。止めてと私が言ったら、犯人は逃げるようにして去っていきました。帽子とサングラスをしていたので、性別すら分かりませんでした」
『なるほど。怖い想いをしたんだな。しかも、朝倉の家で』
「金曜日は沙耶先輩が私の家に泊まって、昨日は先輩の家に私が泊まることになったんです。昨日は会長さんも一緒で、今もいるんですけど。私の家から先輩の家へ行くときは徒歩と電車を使ったので、盗撮した人は私達が先輩の家にいることは容易に知ることができると思います」
『なるほど。そこから犯人の特定は難しそうだなぁ』
もしかしたら、金曜日の放課後に沙耶先輩と一緒に学校を後にしたときから今まで、外にいるときは盗撮され続けていたかもしれない。
「あの、このことを話すために学校に行った方がいいですか?」
『いやいや! むしろ、朝倉の家に居続けた方がいい。折笠と朝倉が教えてくれたことは恵と私で伝えるから安心してくれ。でも、そうか……明日は月曜だし、折笠も自宅に帰らなきゃいけないんだよな。ただ、朝倉も盗撮の被害者だし……』
う~ん、と東雲先生の声が聞こえる。きっと、秋川先生の隣で悩んでいるんだろう。てきぱきとしている東雲先生でも悩むことがあるなんて。
『職員会議が終わったら、朝倉のスマートフォンに連絡するよ。そのときに今後どうするか話し合うことにしよう。だから、それまでは絶対に彼女の家からは出ないでほしい』
「分かりました」
今も私を盗撮した人やその仲間がマンションの前にいるかもしれないもんね。そう考えると、まるで檻の中にいるような気がするけど。いや、ここにいれば安全だから蚊帳の方が近いかな。
『沙耶ちゃんと京華ちゃんは折笠さんの側についていてあげてね』
「分かっています」
「盗撮被害コンビの2人の側には私がついていますから」
会長さんが側にいてくれるのは心強いけど、私達のことを盗撮被害コンビって言うのは止めてほしいな。その通りではあるんだけど。
『ふふっ、じゃあ京華ちゃんにお願いしようかしら』
「任せてください」
『じゃあ、何かあったらすぐに恵か私のスマートフォンに連絡してくれ』
「分かりました」
「それじゃ、また後で」
東雲先生がそう言うと、向こうから通話を切った。
とりあえず、今は先生方からの連絡を待つしかないか。それまではここから一歩も出ずに過ごすことにしよう。
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