第47話『スキスキ疑惑』

 さっき、インターホンを鳴らしたのは会長さんだった。モニターで応対するとき、沙耶先輩はしきりに誰か変な人はいないかどうか確認していた。


「お邪魔します」

「いらっしゃい、京華」

「泊まるのはひさしぶりだから緊張するわね……って、どうしたの? 沙耶、顔が赤いけど……」

「……何でもないよ。京華、誰か変な人がついてくるってことはなかった?」

「大丈夫だよ」


 沙耶先輩は玄関の鍵が施錠されていることを確認し、念のためなのかチェーンロックを掛ける。私達がマンションに帰ってきたときはあまり気にしていないように見えたけど、本当はかなり気を張っているのかも。


「沙耶先輩、もう大丈夫ですって」

「……そうだね。少なくとも、家の中にいれば大丈夫だよね」


 そう言うと、沙耶先輩はやはり疲れていたのか、大きなため息をついた。しかし、その後に笑みを見せるので本当に安心しているのだと思った。


「さすがに、盗撮されると沙耶も疲れが溜まるわよね」

「……犯罪行為だからね。ダブル・ブレッドは学内の組織だからといっても、休日に活動しないとは限らない」

「確かにそうね」


 沙耶先輩のためにも私がもっとしっかりしないとダメだね。少しでも先輩が伸び伸びと過ごせるように頑張らなきゃ。


「あら、京華ちゃん」

「梢ちゃん、今日はお世話になります」

「はーい。それにしても、京華ちゃんが家に泊まりに来るなんて何年ぶりかな」

「中学生になってからは一度もないから、数年は経っているんじゃない?」

「そっかぁ。でも、今日はスペシャルな日だね。久しぶりに京華ちゃんが泊まりに来て、新しい妹の琴実ちゃんも泊まりに来たから」

「えっ? 新しい妹ってどういうことですか?」

「えっ、琴実ちゃんって沙耶ちゃんと付き合っているんじゃないの?」


 きょとんとした表情をして、梢さんがそんなことを言ってくる。


「つ、付き合ってませんよ! 沙耶先輩とは風紀委員としての相棒になっただけで、恋人同士では……」

「琴実ちゃんの言うとおりだよ。お、お姉ちゃん」


 まったく、梢さんったら……とんでもないことを言ってくるんだから。しかも、会長さんの前で。心臓がバクバクだし、全身が熱いよ。

 沙耶先輩は……普段とあまり変わらない様子だ。昨日は私と恋人になる未来を歩むのもありかな、とか言っていたのに。私に好意は持っていないのかな。


「そうなの? 琴実ちゃんのことを説得できたって沙耶ちゃんが喜んでいたし、毎朝早く琴実ちゃんの家に行っていたから、てっきり付き合い始めたんだと」

「喜んだのは琴実ちゃんを風紀委員にすることができたからだよ。あと、毎朝早く彼女の家に行ったのは、彼女が男達に襲われないように護衛するためなんだよ。前にそう言わなかったっけ?」

「えっ? そうだっけ?」

「梢ちゃんは昔からこういう感じなんだよ、折笠さん」

「そ、そうなんですね」


 だから、沙耶先輩が私と付き合っていると勘違いしたと。もしかしたら、さっき私が梢さんのことをお姉さんと言ったことで、その勘違いを強くさせちゃったのかな。


「昔から沙耶は頑張り屋さんだもんね。私も昔、クラスメイトに金髪のことでからかわれたときに、沙耶が全力で助けてくれたよね」

「……そうだったね」


 今の沙耶先輩と会長さんの様子を見ていると、私なんかよりも会長さんとの方がよっぽど付き合っているように見える。悔しいけど。


「じゃあ、沙耶ちゃんと付き合っているのは京華ちゃんか」

「……違うよ、梢ちゃん」


 そう言いながらも、会長さんはちょっと照れた様子を見せる。もしかして、会長さんも沙耶先輩のことが気になっているのかな。そうだよね、昔……助けられた経験があるんだからおかしくないよね。


「琴実ちゃん、お姉ちゃんは勘違いしやすい性格なんだ。だから、その……許してあげてくれると嬉しい」

「気にしていませんよ」


 それに、よく考えてみれば……付き合っていると勘違いするほど、沙耶先輩は私と相棒になれたことを喜んでいたんでしょう? それがとても嬉しかった。


「昔のことを思い出したら、アルバムを見たくなっちゃった。沙耶、アルバムって引っ越してきたときに持ってきてる?」

「うん、私の部屋にあるけど」

「私も沙耶先輩の昔の姿を見てみたいです」

「分かったよ。ちょっと待っててね」


 沙耶先輩はリビングから出て行く。沙耶先輩が幼いときの姿ってどんな感じなんだろう、楽しみだなぁ。


「京華ちゃん、琴実ちゃん。今夜はチキンカレーにするつもりなんだけれど、それでもいいかな?」

「はい! カレーは大好きです」

「私も」

「うん、じゃあ、今夜はチキンカレーにするね。材料は用意してあるから、たくさん作っちゃうね!」


 梢さん、とてもはりきっている。

 カレーはたくさん食べられるし、美味しいもんね。夕食で食べきることができなくても、一晩寝かせたら旨みの増したカレーを食べられるし。


「2人とも、アルバムを持ってきたよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」


 沙耶先輩はアルバムを会長さんに渡す。このアルバムの中にこれまでの沙耶先輩の姿が収められているのか。


「沙耶ちゃん、夕食のカレーを作るから手伝ってくれない?」

「うん、分かった。2人はアルバムでも見ながらゆっくりしていて。とりあえず、私は制服から私服に着替えてくるかな……」

「うん。琴実ちゃん、じゃあソファーに座って一緒にアルバム観ようか」

「はい」


 私は会長さんと隣同士にソファーに座り、沙耶先輩のアルバムを見始める。


「うわぁ、可愛い……」


 沙耶先輩、小さい頃はTシャツに短パン姿が多いな。髪型が今と同じようにポニーテールにしているから女の子だって分かるけれど、ショートヘアだったら童顔の男の子にしか見えない。

 沙耶先輩1人、沙耶先輩と会長さん、沙耶先輩と梢さん、3人一緒の写真。沙耶先輩のご家族らしき人が写っている写真もある。アルバムに収められているだけあっていい写真ばかりだ。


「沙耶、昔は今以上に男の子っぽい性格で」

「へえ……」


 凄くやんちゃそうに見えるけど。そういえば、金髪のことでからかわれていた会長さんのことを助けたって言っていたな。


「あっ、沙耶先輩の横にいるこのフリル付きのワンピースを着た子が会長さん?」


 今みたいにおさげの髪型ではなく、ストレートのロングヘア。どこかの財閥の令嬢のように見える。


「そうよ。母親の趣味なのか、今でいうゴスロリ風の服をよく着させられたな。だから、当時から沙耶みたいな服が羨ましいと思っていたよ」

「そうだったんですか。じゃあ、もしかして……沙耶先輩と服を交換したときの写真ってあったりします?」

「どうかなぁ? 沙耶や梢ちゃんと服を何度か交換して着てみた記憶はあるけど、写真は……あったね」

「きゃあっ! かわいい!」


 さっき見た写真よりもちょっと後に撮影された写真かな。

 ゴスロリ風のドレスを着た沙耶先輩は爽やかに笑い。Yシャツに短パン姿を着た会長さんは笑顔でピースしている。沙耶先輩の服を着られて嬉しいのかな。


「実はこの写真を撮ったときくらいの頃、私、髪のことでいじめられていたの」

「そうだったんですか……」

「何で黒髪の人が多いのにあなただけ違うとか。外国人みたいで気持ち悪いとか。何も特別なことはしていないのに、どうしてそんなことを言われなきゃいけないのか……本当に苦しかった」


 私は茶髪だけれど、髪のことでいじめられたことはなかったな。むしろ、羨ましがられたくらい。


「でも、沙耶がすぐに私のことを助けてくれた。生まれ持ったものを理由にして虐めるなんてひどいしみっともないって。沙耶は私の金色の髪が大好きだってことも言ってくれた」

「そうですか……」


 会長さん、当時のことを思い出しているのか、とても嬉しそうな表情を見せている。今の話を聞いて、今の会長さんの顔を見ていると、沙耶先輩のことが好きなんじゃないかと思ってしまう。


「沙耶のことを風紀委員に推薦したのは、そういった経験があったからなの。それに、入学直後から人気があったし。あの子なら学校にいい影響をもたらしてくれそうで」

「今の話を聞いて、ようやく納得がいきました」

「まあ、パンツのことは節度を持って堪能しているみたいだから、目を瞑っておいているけれど。ダブル・ブレッドに比べれば沙耶のしていることなんて可愛いから」

「なるほど……」


 確かに、盗撮とかに比べれば、パンツの堪能なんて可愛いことなのかもしれない。

 その後もカレーの美味しそうな匂いがしてくる中、私は会長さんと一緒に沙耶先輩のアルバムを見続けるのであった。

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