第40話『ドキドキ直行バス-後編-』

 お互いに髪と体を洗い終わったので、私は沙耶先輩と向かい合う形で湯船に浸かる。


「気持ちいいですね、沙耶先輩」

「そうだね」


 沙耶先輩と一緒にお風呂に入っているからか、いつもよりも気持ち良く思えるような気がする。


「……まさか、沙耶先輩と一緒にお風呂に入るなんて、先週には想像もできませんでした」

「確かに、琴実ちゃんを助けたのは今週に入ってからだったもんね」


 沙耶先輩に助けられて、パンツを堪能されて、風紀委員になって、一緒に見回りした先輩が掛布さんに盗撮されて。挙げ句の果てには、校内にある変態組織ダブル・ブレッドが動き出して。もう、盛りだくさんすぎてこの1週間が1ヶ月くらいのように思えてしまった。

 ただ、沙耶先輩に一目惚れをして、色々とあったけれど、週末にこうして一緒にお風呂に入っているんだから、そう考えればいい1週間だったかな。


「しっかし、今になってダブル・ブレッドが噂ではなくて本当だと分かるなんて。しかも、会長が白を意味するブランと呼ばれているとも」

「以前に噂になったのは1年半前なんですよね。沙耶先輩が1年生のとき。その時からブランがいたと考えると、ブランは3年生なんでしょうかね」

「同一人物だったらその可能性は高そうだね。ダブル・ブレッドは白布女学院校内に存在する組織って言われているからね。メンバーも生徒のみで構成されている可能性は高そうだ。ただ、生徒会や各委員会のように長を毎年変えていったら話は別だけど」

「そうですか……」


 ブランの正体が分かれば、すぐにダブル・ブレッドを倒せそうだけど。本当に誰なんだろう。


「まあ、ダブル・ブレッドの話はここら辺にしておこう。確かに、変態という意味では私と似ている部分があるけど、風紀委員である私達と考えていることは決して交わることのない平行線を辿っているんだからね」

「平行線……」


 同じ人間でも考えが絶対に交わらないことってあるのかな。


「今は考えが交わっていないかもしれません。でも、話し合えばいつかは交わるときが来るかもしれません。そう……信じたいです」


 私がそう言うと、沙耶先輩は優しい笑みを見せる。


「琴実ちゃんは優しい女の子だね。話し合って、考えが分かり合えればいいんだけど、ダブル・ブレッドはそういう組織じゃなさそうな気がするよ」

「そうですか」


 沙耶先輩、実際に盗撮されちゃったもんね。ダブル・ブレッドのメンバーである掛布さんに。私達の前ではいつもと変わらず振る舞っていたけど、内心はかなり怒っているのかもしれない。


「でも、いつかは分かり合えるかもしれないね」

「えっ?」

「だって、風紀委員になって私の相棒になることを嫌がっていた琴実ちゃんとも、こうして一緒にお風呂に入る仲になったもんね」


 そう言うと、沙耶先輩は私のことを抱き寄せてきた。先輩と直接肌が触れている。私と同じボディーソープで体を洗ったのに、どうして沙耶先輩からはこんなにも甘い匂いが香ってくるんだろう。ううっ、急にドキドキしてきた。


「まさか、琴実ちゃんをこうして抱きしられるとは思わなかったし」

「……私もです。それに、あのとき、沙耶先輩の相棒になるのが嫌だったのは、突然、相棒になれって言われたからですからね。しかも、そのときに先輩が半ば強引にパンツを堪能してくるから……」


 どうすればいいのか分からなかったの。

 だけど、落ち着いて考えて、周りの人の話も聞いて、ようやく沙耶先輩の気持ちが分かったんだ。だから、風紀委員になったし、先輩の相棒にもなった。


「そっか、嬉しいよ。私、琴実ちゃんと風紀委員の仕事をしたかったからさ」

「そうですか。そう言ってくれると、風紀委員になった甲斐があります」


 私のことを信頼してくれて沙耶先輩は相棒になってほしいとスカウトしてくれた。そういえば、先輩が私を信頼してくれた理由って何だったんだろう? 私、先輩に助けてもらったのに。


「沙耶先輩。どうして、私のことを信頼してくれたんですか? それで、風紀委員になることや先輩の相棒をスカウトしてくれたんですか?」

「前に話したかもしれないけど、琴実ちゃんなら信頼できると思ったんだよ。明確な理由はあまりないんだけど、直感で琴実ちゃんなら大丈夫だと思って」

「そうですか」


 パンツが好みだったからとか言われると思ったので、直感と言われて肩透かしを食らったということはない。


「出会って間もない頃だったから、大丈夫だっていう直感を信じるしかなかったんだよ。まあ、信じたくて信じたんだけれどね」


 そういえば、会長さんも似たようなことを言っていたな。知らないんだったら、信じるしかないって。


「でも、琴実ちゃんを信じて良かったって何度も思っているよ。大変なこともあるかもしれないけど、これからも私の相棒でいてくれるかな」

「……はい」


 断るなんてこと端から考えてない。

 けれど、沙耶先輩は私の答えに嬉しかったのか、先輩からの抱擁が更に強くなる。それがとても嬉しかった。

 今、凄く胸がドキドキしているけれど、バレちゃってるよね。とてもいい雰囲気だから、風紀委員だけじゃなくて、人生の相棒になってくださいって……い、言ってもいいのかもしれない。


「……琴実ちゃん」

「は、はいっ!」

「……琴実ちゃんに言いたかったことがあるんだけどさ」

「え、ええ……」


 えっ、も、もしかして……沙耶先輩から告白されちゃったりするの? どうしよう、さっきよりも心臓がバックンバックン――。


「琴実ちゃんが妹だったらこんな感じ……なのかな」


 沙耶先輩は優しい笑みを見せながら、私にそんなことを言ってくる。


「えっ、あっ、い、妹ですか……?」

「うん。姉はいるけど、妹はいないからさ。こうして年下の女の子と一緒にお風呂に入ることに憧れていたんだよね」

「そうですか」

「うん。琴実ちゃんは凄く柔らかくて、抱きしめていると落ち着くな」


 嬉しそうに言われると、いい意味でドキドキがなくなって温かい気分になるな。


「私も、姉がいるとこういう感じなのかなってちょっと思いました」

「……そっか」


 同級生や2、3歳下の従妹とは昔、一緒にお風呂に入ったり、泊まったりしたことはある。だけど、ちょっと年上の人と入るのは沙耶先輩が初めてだ。


「ねえ、琴実ちゃん」

「はい」

「……お姉ちゃんって呼んでみてくれない? 一度だけでいいから。名前も付けて」

「えっ? しょ、しょうがない先輩ですね」


 先輩って普段から呼んでいる人にお姉ちゃんって呼ぶのは抵抗があるけど、一度だけなら頑張って言ってみよう。


「沙耶……お姉ちゃん」


 実際に言ってみると結構恥ずかしい。思わず先輩の胸に顔を埋めてしまった。またドキドキしてきちゃったよ。


「可愛いなぁ。妹がいるとこんな感じなのかなぁ」


 沙耶先輩、本当に嬉しそうだ。これからは、何かあったときに先輩のことをお姉ちゃんって言ってみようかな。


「でも、琴実ちゃんが妹じゃなくて良かった」


 照れているのか、湯船に浸かり続けているからなのか……沙耶先輩は顔を赤くしながらはにかんでいた。


「えっと、沙耶せんぱ――」

「琴実ちゃん。これ以上、湯船に浸かっていたらのぼせちゃいそう。だから、そろそろお風呂から出ない?」

「そうですね。出ましょうか」


 確かに、湯船に浸かりながらこれ以上、沙耶先輩に抱かれ続けていたら、色々な意味でのぼせちゃうもんね。

 妹じゃなくて良かったっていうのは、どういうことなのかな? お姉ちゃんって言われることにドキドキしなくなるからとか? それは追々訊けばいいか。

 それから程なくして、私と沙耶先輩は一緒にお風呂から出るのであった。

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