第32話『○○させて?』
午後5時。
私達は沙耶先輩を盗撮した、1年1組の
掛布さんは席に座り、そんな彼女のことを私達が囲む状況だけど……これじゃまるで、警察の酷い取り調べのように思える。
盗撮された人ということで、掛布さんから話を訊く役目は沙耶先輩に。テーブルを挟んで掛布さんと向かい合うようにして座っている。そんな沙耶先輩を前にして緊張しているからか、掛布さんは顔を赤くして俯いてしまっている。
「……掛布さん」
「は、はいっ!」
「まずはいくつか確認したいことがあるんだ」
すると、沙耶先輩は例の写真をテーブルの上に置く。
「この写真を撮影して、現像し、そこの扉に挟んだのは掛布さん、君かな?」
沙耶先輩のそんな質問に対して、掛布さんはゆっくりと頷いた。
「……はい。その写真を撮影して、ここに置いたのは私……です」
あっさりと認めたな、掛布さん。
「どうしてそういうことしたんだよ、おい。今ここで正直に言えば厳罰は免れるぞ?」
「真衣子さん、落ち着いて。沙耶ちゃん、続けて」
犯罪とも言えることを掛布さんがしたこともあってか、普段は落ち着いている東雲先生も怒っているな。
「……掛布さん。手を出してくれない? どっちでもいいから」
「は、はい。じゃあ、右手で」
そう言って掛布さんが右手を出すと、
「ありがとう。じゃあ、ちょっと失礼して……」
沙耶先輩は掛布さんの右手を掴むと、彼女の手の匂いをクンクンと嗅ぎ始めたのだ。
「あ、朝倉先輩!」
突然のことで驚いてしまったのか、それとも手の匂いを嗅がれることが恥ずかしいのか掛布さんは顔を真っ赤になり何もできない状況に。
「沙耶先輩、何をやっているんですか!」
仕方なく、私が掛布さんの手から沙耶先輩のことを引き離す。
「掛布さんもごめんね」
「いえ、気にしないでください。驚きましたけど、朝倉先輩であれば嫌じゃないですし……」
掛布さんはむしろちょっと嬉しそうな様子を見せていた。彼女って誰かに匂いを嗅がれるのが好きなタイプなの?
「朝倉さん、盗撮した相手とはいえ、どうしてこのようなことをするのか説明していただけますか?」
「そんなに怒らなくてもいいと思うけどなぁ、藤堂さん。いや、実は……例のパンツを拾ったとき、若干、女性の匂いが香ってきたんだよ。おそらく、掛布さんは新品のパンツをあそこに置いたんだと思うんだ。ただ、当たり前だけど、それまではパンツを持っていたからか、パンツに君の匂いがちょっと付いちゃったんだね」
「で、では……例の写真に写っているあなたが喜んでいたのは?」
「女の子の匂いがしたからさ」
沙耶先輩は爽やかな笑みを浮かべながらそう言うけど、言っている内容はかなりの変態。まったく、沙耶先輩は……女の子の匂いが少しでも付いているパンツなら何でも嬉しいっていうの? あまりのどうしようもなさに、私も思わずため息をついてしまう。
「……沙耶先輩。じゃあ……その匂いの持ち主を確かめるために、掛布さんの右手の匂いを嗅いだということですか」
「その通りさ。そして、掛布さんの手を嗅いで分かったよ。あのパンツを置いて、私のことを盗撮したのは掛布真白さん、君だってことがね」
「……は、はい。朝倉先輩の言うとおりです……」
事実に辿り着くのはお見事だけど、そこまでの道のりが残念すぎる。でも、パンツの匂いから犯人を捜し当てるのは沙耶先輩らしいか。
「……犬ではありませんか、まるで。警察犬ならぬ風紀犬……」
「……ふふっ」
千晴先輩の呟きが笑いのツボにはまってしまったのか、ひより先輩は声に出して笑った。
でも、両目の視力が1.2の私でも見つけられなかったかなり遠い場所から、沙耶先輩は例のパンツを見つけていたし、パンツに関しては犬並みの視覚と嗅覚を持っていそうだ。風紀犬って言うと、風紀委員会のパシリって感じがするけど。
「ははっ、犬並みか。まあ、多くの女の子のパンツを堪能しているからね。パンツに関しては少なくとも、この学校の誰よりも早く見つけるし、持ち主を特定できると思うよ」
「堂々とそう言える沙耶先輩は本当に凄いと思います」
ただ、昨日、パンツの持ち主を探しているときに、掛布さんとは会っていなかったからなぁ。もし、掛布さんと会っていたら、盗撮写真がこの部屋の扉に挟まっていることはなかったのかもしれない。
「話が逸れちゃってごめんね、掛布さん」
「いえいえ」
「……じゃあ、別のことを訊くね。昨日と今日の盗撮は、君個人でやったことかな。それとも、誰かの指示でやったこと?」
沙耶先輩、スイッチが切り替わったのか真剣な表情で掛布さんに問いかけている。でも、この問いかけはとても重要なポイントだ。
「え、ええと……」
「……約2名怒るかもしれない人がいるけど、正直に答えれば私は怒らないよ」
「誰のことを言っているんだろうな、藤堂」
「ええ、誰のことでしょうかね、東雲先生」
どうやら、2人は怒りそうだという自覚があるようだ。彼女達を除くこの場にいる全員はそう思っているだろうけど、決して口にすることはしない。
「わ、私……」
掛布さん、目を潤ませて震えている。ショートヘアという髪型ということもあってか、彼女が小動物のようにも見える。
「……言えません。言ったら、私、どうなるか分かりません。だから、朝倉先輩の盗撮を一生懸命頑張ったのに。でも、風紀委員会に捕まっちゃったから、もうダメなのかな……」
今の掛布さんの様子だと、盗撮は個人的にやったのではなく、誰かに命令されてやったことだと分かる。しかも、失敗は許されない。
「掛布さん。正直に答えてくれれば、風紀委員会が君を守るよ。まあ、盗撮はいけないことだから、学校側から何かしらの処分が君に下るだろうけど。まず、私達は掛布さんの口から本当のことを知りたいんだ」
なかなか答えない掛布さんに対して、沙耶先輩が説得する。掛布さんを守るにしても、彼女が本当のことを言わなければ守りようがないもんね。
「……ブ、ブラン様が……」
「ブラン様? 誰のことかな?」
「……会長の呼び名です。本名は分からないのですが……」
「会長って、何の? 答えて」
沙耶先輩がちょっと強い口調で訊くと、掛布さんの呼吸が段々と乱れていく。それほどに私達に本当のことを知られるのが恐いのか。
「落ち着いてからでいいよ、掛布さん」
「はい、秋川先生……」
秋川先生の一言で、掛布さんも少しずつではあるけれど顔色が良くなっていった。
それから2、 3分ほど経ってから、ようやく掛布さんの口が開き、
「……ブラン様はダブル・ブレッドの会長のことです。ブラン様から朝倉先輩のことを盗撮し、写真を送るように命令されました」
はっきりとそう言ったのだ。
今の掛布さんの一言で……ダブル・ブレッドは噂ではなく、本当に存在していることが確定したのであった。
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