第29話『まいこさん』

 ――私を盗撮した犯人を捕まえるべきじゃない?


 沙耶先輩は千晴先輩に向かってはっきりとそう言った。盗撮した犯人をそのままにしておくわけにはいかない、という考えだろう。


「犯人を捕まえる、ですって?」

「ああ、その通りだよ」

「冗談ではありません! それが危険なことくらい、あなたには分かっていることじゃないですか! 琴実さんのときだって、あなたは……」

「私のときですか……?」


 私を助けてくれたとき、校外だったけれど沙耶先輩が1人で助けてくれた。そのときにも、今みたいな意見の対立があったの?


「そうなの、琴実ちゃん。あのときは、琴実ちゃんの様子をコソコソ見ている男達がいるのを、朝倉先輩が見つけて。千晴先輩は犯人が分かっているから警察に通報すべきって行ったんだけど、犯人が分かっているなら、いち早く助けないといけないっていう朝倉先輩の意見で対立しちゃって……」

「そうだったんですか……」

「そこで、あたしが朝倉先輩が後をついて行って、まずは琴実ちゃんを助けることを第一に優先して、できそうなら犯人確保しようって提案したの」


 それで、実際には沙耶先輩が私を助けてくれて、犯人逮捕にも貢献したってわけね。まさか、あの日にそんなことが学校であったなんて。


「琴実さんのときは犯人が分かっていましたし、朝倉さんの能力も含めて、あなたの考えが正しかったと認めます。しかし、今回の場合は誰が犯人なのか分からないのですよ? それなのに犯人捜しなんてできるのですか?」


 犯人が誰なのか分かっているなら、作戦を考えて犯人を捕まえるのも1つの手。

 しかし、犯人が誰なのか見当すらついていない今の段階で変に動きを見せたら、犯人が更なる犯行をしてくるかもしれない。盗撮よりも悪質なことをする可能性もある。


「どうやって犯人捜しをすればいいのかはちゃんと考えなきゃいけないことは分かってる。でも、このまま犯人を野放しにするわけにはいかないよ」

「……仮に犯人を捕まえることができたとしましょう。しかし、その犯人が単独犯ではなく、例のダブル・ブレッドのメンバーの一員だったら、ダブル・ブレッドの活動が更に活発化し、盗撮なんて可愛いくらいの犯行を行なう危険もあるのですよ?」

「藤堂さんの言いたいことは分かるよ。でも、犯人は私の盗撮された事実を自ら知らせているんだよ。こっちは盗撮されているのに、普段とさほど変わらない行動しかしないなんて。犯人が例の組織のメンバーだとしたら、私達に捕まえられたことで組織を刺激してしまうかもしれない。でも、行動を抑制できる可能性だってある」

「盗撮は犯罪です。その証拠である写真とパンツは、犯人自ら私達にもたらしてくれました。警察に通報して捜査をしてもらえばいいことなのでは? 盗撮されたこともあって、目の前のことを解決したい朝倉さんの気持ちは分かりますが、もっと先のことも考えなければいけません」

「……遠くのことばかり見ていたら、足下をすくわれてひどい状況になっちゃうかもしれないよ。目の前の問題を一つ一つ解決していくことも大切なんじゃないかな」


 沙耶先輩と千晴先輩、考えが平行線を辿っている。ただ、目の前のことを解決したい沙耶先輩の考えも一理あるし、ダブル・ブレッドという存在がある以上、後々のことを考えて行動すべきという千晴先輩の考えも。だから、どちらがいいとはすぐには決められない。


「恵先生、どうしましょうか」

「落ち着いて考えた方がいいですよね。盗撮という犯罪が実際に起こっているのですから、先生方から警察に通報してくださいませんか? それでなくても、このことを職員会議で議論していただけませんか?」


 双方の主張を聞いたところで、風紀委員会担当の秋川先生に判断を委ねられる。盗撮という犯罪が発生した以上、最終的な判断は大人に任せた方がいいか。


「え、ええと……」


 秋川先生も戸惑っているようだ。それもそうか。沙耶先輩と千晴先輩が真剣な表情をして秋川先生を見つめているんだから。


「おいおい、私の女を困らせるようなことをしないでくれるかな……」


 聞き覚えのある女性の声が扉の方から聞こえた。

 扉の方を見ると、そこにはパンツルックで白いワイシャツ姿の女性が。そして、この金色のロングヘアは、


「東雲先生……」

「……折笠。風紀委員には慣れてきたか?」

「はい。先輩方と一緒に頑張っています」


 そう言うと、東雲先生は爽やかな笑みを浮かべる。


「それならいいんだ。何か分からないことがあったら、私にも遠慮なく訊いてくれ。恵の前は私が風紀委員会の担当教師だったからさ」

「ありがとうございます」


 さっぱりとした性格だし、風紀委員の先生っぽいとは思っていたけど、やっぱり経験があったんだ。


「東雲先生、どうしてここに?」

「……うん? 仕事が一段落したからさ。それに、恵と付き合っていることを同僚も知っているから、彼女の面倒を見ることになっているんだよ。それで、ここに来たわけだ」

「なるほど……」


 今の口ぶりだと、東雲先生の方が年上なのかな。でも、意外と秋川先生の方が年上だったりして。


「……朝倉」

「何ですか?」

「……今日の恵のパンツは堪能したか?」

「はい! 黒のパンツで……」

「……恵も大人になったよ。もう恵と付き合って5年近くになるけど、すっかりと大人の色気が出ている。ちなみに、例の黒パンツは私が選んだんだ」

「東雲先生、センスがいいですね」

「朝倉にそう言われるとは光栄だな。あくまでも私の好みで選んでいるんだけどね」

「もう、恥ずかしいですよ、真衣子さん……」

「……今日は金曜日だ。今夜は……久々にするか? まあ、そのときにはパンツを脱ぐことになるだろうけど……」

「生徒の前でそんなことを言うなんて、恥ずかしいですよ……」

「そういう顔も可愛いよ、恵」

「もう……」


 東雲先生は手を伸ばして秋川先生の頬に優しく触れる。そのためか、秋川先生は顔を真っ赤にしている。完全に2人の世界に入っちゃっているよ。

 あと、風紀委員会の活動室で何を話しているんですか、東雲先生。普段と変わらない様子で話すので厭らしさが全然ないけど。教師としてどうかと思うけど。

 今の沙耶先輩とのやり取りを見る限り、東雲先生が沙耶先輩のパンツの暴走を止められない理由が分かった気がする。東雲先生は……爽やかでクールな変態だ。


「おいおい、折笠。担任である私のことを爽やかでクールな変態だと思っているなんて、失礼だぞ。こんなこと、恵以外にはしないさ」

「沙耶先輩ほどじゃないというのは分かりましたけど、変態なことには変わりないのでは」

「……ふっ、そう言われると否定できないな。なあに、常識的な変態はいいのさ。朝倉がそういう生徒なのは分かっている。だから、恵のパンツを堪能するのを許したんだ。ダブル・ブレッドのメンバーではないようだし」

「東雲先生も知っているんですね。ダブル・ブレッドのこと」

「まあな。恵経由で情報が入ってきている。だから、昨日の見回り中に朝倉が盗撮され、その写真がこの部屋の扉に挟まっていたことも知っているよ」


 秋川先生のサポートをする役目もしているからか、風紀委員会絡みのことは東雲先生も把握しているということか。


「そろそろ本題に戻ろうか。恵、どんなことで困っているんだ?」

「ええ、実は……」


 そして、秋川先生がさっきの沙耶先輩と千晴先輩の考えを分かりやすく説明する。


「なるほど、朝倉と藤堂の意見が対立しているのか」

「はい。どちらの考えも分かりますから、的確な判断ができなくて……」

「確かに状況が状況なだけあって、最適解をすぐには見つけるのは難しいな。ただ、早急に何かしらの手を打たないと、朝倉を盗撮した犯人が次の犯行を行なうかもしれない。ダブル・ブレッドが関わっている可能性もあるしな……」


 東雲先生もさすがにこれからどうしていけばいいか、すぐには決められないようだ。先生は腕を組んで真剣な表情をしながら考えているようだ。


「ここは警察の力を借りて……」

「今すぐにでも犯人を捕まえるべきだよ」

「2人とも落ち着け。そうやって意見が対立したまま、答えを出せずに何もできないのが一番ダメなパターンだ。もしかしたら、盗撮をきっかけに風紀委員会としての機能を無くし、果てには分裂させることが犯人の目的かもしれないからな」


 もし、東雲先生の言うとおりであれば、犯人もしくは犯人に盗撮を指示した人は沙耶先輩と千晴先輩のことをよく知る人物である可能性が高いな。


「……よし、じゃあこうしよう」


 どうやら、東雲先生の中で考えがまとまったみたい。


「今日の放課後の活動は、風紀委員全員と恵、私で朝倉を盗撮した犯人捜しを行う。それで見つからなかったら、警察に相談することにしよう。犯人捜しをしたことで何か起こってしまったときの全ての責任を私が取る」

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