第28話『めぐみちゃん』
放課後。
今週の授業が全て終わって、一時の解放感に浸る。風紀委員会絡みのことがあったから、今週はとても濃い1週間だったと思う。
「いやぁ、やっと1週間が終わったね、ことみん」
「そうだね、理沙ちゃん。私はまだ委員会の方があるけど……」
そう、私にはまだ風紀委員会の仕事が残っている。しかも、沙耶先輩が盗撮され、盗撮した人がダブル・ブレッドという変態組織のメンバーの可能性があるなんて。そう簡単に今週の学校生活は終わらせてくれなさそうだ。
「理沙ちゃんは今日も部活だっけ、テニス部の」
「うん。でも、何だか……ことみんがお仕事を頑張っているのに、私は好きなテニスをするなんてちょっと罪悪感抱いちゃうな」
「気にしないでいいよ。私も理沙ちゃんも、自分でやりたいって決めたことをしているんだから」
部活と委員会では中身が全然違うけど。でも、部活には部活なりの大変さがあるのだろう。それを単純に比較することはできない。
「ことみん、何か協力して欲しいことがあったらいつでも連絡してね! あたし、ことみんの力になりたいから」
「……ありがと」
私は理沙ちゃんの胸につんと指を指す。
「ひゃあっ」
理沙ちゃんはそんな可愛らしい声を挙げる。なんだ、理沙ちゃんだって十分に柔らかいお胸を持っているじゃない。
「昼休みのお返しだよ。私の気持ち、分かったでしょ」
「ビ、ビックリした。でも……ドキドキもした」
理沙ちゃんはそう言うと、私のことをチラチラと見ながらはにかんでいる。理沙ちゃん、前に私のことが好きだって言っていたし、悪いことしちゃったかな。……いや、これはお返しだからいいのかな。
「じゃあ、委員会の方に行くね」
「うん。じゃあ、また月曜にね」
「うん、またね」
理沙ちゃんに手を振って、私は教室を後にする。
昨日までは普通に歩いていたけど、沙耶先輩の盗撮が明らかになってからは、校内を歩くときも周りが気になってしまう。もしかしたら、ダブル・ブレッドのメンバーが私のことを盗撮しようとレンズをこちらに向けているかもしれない。
「あの子、何か睨んでるよ……」
「たぶん、風紀委員会のメンバーじゃないかな。昨日、校門で見たもん」
しまった。変に気を張っていたせいか、気付かない間に目を鋭くしていたみたい。今の私を見て盗撮を抑制できれば何よりだけど、一般の生徒から変な評判を立てられるのは嫌だから睨まないように心がけよう。
特に怪しそうな生徒を見かけることなく、風紀委員の活動室に到着する。
「お疲れ様です」
活動室に入ると、そこには沙耶先輩、千晴先輩、ひより先輩と……縦セーターにロングスカート姿の女性がいた。黒髪のおさげの髪型が特徴的な落ち着いた雰囲気だ。首からワッペンを提げているので教師だとは思うけど。
「授業お疲れ様、琴実ちゃん」
「お疲れ様です。あの、沙耶先輩……この方は? 先生だとは思いますが、入学してから日も経っていないからか、一度も見かけたことがなくて……」
「風紀委員会担当の
「秋川恵先生、ですか」
「そういえば、今年度は3年生と受験向けの講座担当だから、1年生の折笠さんとは接点がないのよね」
ふふっ、と秋川先生は優しく笑っている。ひより先輩が大人になったら、こういう感じになるのかなと思わせる。風紀委員会担当の先生ってもっと恐いイメージがあるけれど。優しく指導した方が生徒にいいのかな?
そして、秋川先生は私の目の前に立ち、
「初めまして、折笠さん。風紀委員会担当の秋川恵です。色々と忙しくて、今まで顔を合わせることができなくてごめんね」
「いえいえ、そんな。先生にも先生の事情があると思いますし。それに、先輩方に色々と教えてもらっています」
「頼りになる3人でしょう」
「はい。あっ、初めまして、1年3組の折笠琴実です。宜しくお願いします」
「真衣子さんのクラスの子だよね。彼女、さっぱりしてるでしょう」
「そうですね」
真衣子さんというのは、私のクラス担任の
ただ、国語を教えている東雲先生は金髪で、英語教えている秋川先生が黒髪なんて。イメージでは逆だよ。
「そういえば、恵先生。今日のパンツを見せてもらっていませんね」
「そうだったね。今日はロングスカートだから、沙耶ちゃんから潜ってもらおうかな?」
「そうしましょうか」
「ちょっと待ってください! 色々とツッコミ所が多すぎるのですが。まず、沙耶先輩、教師のパンツまで見ているんですか? しかも、今の口ぶりだと毎日見ているように思えます。そして、秋川先生も何にも抵抗せずに見せようとしているんですか。そして、千晴先輩とひより先輩はどうして何にも注意しないんですか」
我ながら、今のやり取りだけでツッコミ所を何個もすらすらと言えたと思う。
すると、秋川先生が、
「沙耶ちゃんは特別だから。パンツに関しては。風紀委員会のメンバーになった直後から私のパンツを見続けているよね」
なぜか嬉しそうにそう言う。教師として、生徒からの変態行為を快く受け入れたらいけないでしょ。
「琴実さんと同じ質問を1年前にひよりさんからされました。そのときも、秋川先生は今のように言っていました」
「懐かしいですね。千晴先輩曰く、何度注意しても言うことを聞かず、恵先生が喜んで見せているから注意はしないということになったんです」
「……お2人の言葉で注意する気が一気に無くなりました」
何を言ってもこの状況は変わらないし、秋川先生が嫌がっていないからよしとする、ということか。
そんなことを考えていると、沙耶先輩が秋川先生のロングスカートの中に入り込んでいた。
「大丈夫? 見えてる?」
「はい、何とか。やっぱり、ロングスカートだと中があったかいです。そして、肝心のパンツは……今日は黒なんですね。さすがは恵先生」
「もう、他の生徒がいる前でパンツのレビューをしないで。恥ずかしいよ」
と、笑いながら言ってしまっては注意にならない。
「これじゃまるで変態カップルの会話ですね……」
「ははっ、今の会話だけを聞くとそう思うかもしれないけれど、恵先生には付き合っている人がいるんだよ、琴実ちゃん」
「そうなんですか……って、沙耶先輩、さっさとスカートから出てきてくださいよ」
私がそう言うと、沙耶先輩は秋川先生のロングスカートから出てくる。とても満足げな表情を浮かべている。
「ただいま、琴実ちゃん」
「おかえりなさい。それで、さっきの話の続きですが……秋川先生って付き合っている方がいるんですね。大丈夫なんですか? 沙耶先輩にパンツを見せていて。まあ、先輩が女の子ですからいいのかもしれませんが……」
「彼女も沙耶ちゃんのやっていることには容認しているわ」
「へえ、寛容な方なんですね」
秋川先生と付き合っている人にもきちんと許可を得てパンツを見せてもらっているとは、沙耶先輩も律儀な人だ。
「それでも東雲先生なら、朝倉さんのことをきっちりと止めることができると思いましたのに」
「……えっ? ち、千晴先輩。今、何て言いました? し、東雲先生?」
「ええ。風紀委員のメンバーを含め、一部の生徒は知っていますが、秋川先生は東雲先生とお付き合いしているのですよ」
「えええっ!」
まさか、東雲先生と秋川先生が付き合っていたなんて。
でも、思い返せば……オリエンテーションのとき、東雲先生に恋人がいるかどうかっていう質問で、
『う~ん、みんなが高校生活に慣れ始めたら教えようかな』
と言っていた。その後に、私が話すよりも前に知っちゃうかもしれない……とも。それって、秋川先生と付き合っているからなんだ。
「一緒に住んでいるんですよね、恵先生」
「そうだよ、沙耶ちゃん」
「だから、恵先生の穿くパンツを知ることができるのは東雲先生と私だけなんだ」
「今日のパンツは風紀委員のメンバーに知られちゃったけどね」
恥ずかしいな、と秋川先生は照れ笑い。
そっか、秋川先生と東雲先生は付き合っていて、同居もしているんだ。恋愛相談に最適な人達を見つけることができたかも。
「はい、雑談はここまで。メンバーが全員集まったことだし、まずは今日の放課後に何をするか話し合いましょう。普段はこういう話し合いをあまりしないけど、昨日の放課後の見回り中に、沙耶ちゃんが盗撮されたから」
確かに、委員会の活動中に盗撮されたので、色々と話し合わなければいけないことがありそうだ。
「昨日は朝倉さんの盗撮だけでしたが、今後……彼女を盗撮した犯人が何をしてくるか分かりません。1年半前に噂になったダブル・ブレッドが再び動き始めたという可能性もありますし……」
千晴先輩はそう言う。盗撮しかしないと分かっているならまだしも、今後、何をしてくるか分からない。しかも、盗撮した人は変態集団「ダブル・ブレッド」のメンバーかもしれないし。
「時間は昨日の倍以上かかりますが、今日は4人で見回りするのはどうでしょう?」
ひより先輩がそんな提案をしてきた。
昨日は千晴先輩、ひより先輩、私と沙耶先輩という風に3つに分かれて別の場所を見回りしたから、単純計算すると昨日の3倍くらいかかるか。
「効率は悪いですが、安全面を考えるとそれが一番いいですね。4人なら何か気づく点があるかもしれませんし」
「盗撮があったのに普通に見回りをするの?」
「むしろ、盗撮があったからこそ、しっかりと見回りをすべきでしょう!」
冷静な様子の沙耶先輩に対して、千晴先輩は怒り気味。
沙耶先輩と千晴先輩、意見が対立している。普通に考えれば、盗撮があったからこそ見回りを強化すべきだと思うけれど。
沙耶先輩は真剣な表情をしながら千晴先輩のことを見て、
「私を盗撮した犯人を捕まえることが今、最もすべきことだと思うよ」
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