第18話【解放】

 直径5メートルほどの黒い柱が、天に向かってそびえたっていた。

 いや柱ではない、何も無い空間が伸びているのだ。


「実を言うと私にもよく分からないのですよ、これ。」


 その黒い空間の下、パトリックは苦笑しながらこちらを振り向いた。


「分からないのですが、どうやら魔法と龍脈術式、そして光の剣技が合わさると、神にも匹敵するような力が生じるようなのです。ね、ほら、空間がえぐれているでしょう?」


 それを聞いたアイリスが猛烈な剣幕で怒る。


「『ね、ほら』じゃないってば!! そんな危険な技を人前で使わないでよ!!」


「分かった分かった、悪かったよアイリス。」


 さしもの天才魔法剣士も妹の前では形無かたなしだ。

 アイリスの機嫌が直るまでパトリックはしばらく苦戦していたが、ようやく落ち着いたところで技の説明を始めた。


「不思議なものですが、先ほど説明した「魔力、龍脈、光」の3つが合わさると、このように空間すら破壊する力が生まれるのです。この力はどんな盾も防げません。これはアスモデウスの暗黒魔装デモニックオーラも同様です。」


 ルイッサが質問を投げかける。


「魔力とおっしゃいましたが、これはどんな魔法でも同じでしょうか? 先ほどは雷撃系の魔法でしたが、例えば火炎系の魔法などは?」


「さすがは魔導士長殿、良くお気づきに。いろいろ試しましたが他の魔法でも効果がありました。ただやはり、自分の得意とする魔法が威力・範囲共に最も大きくなりました。」


 パトリックはルイッサの着眼点に感服しているようだった。

 しかし当のルイッサの方はこの技に興味津々で、パトリックの態度など目に入らない様子だった。


「『この世を形作る全ての元素が合わさった結果』ということなのかもしれませんね。ところであの暗黒空間の向こう側はどうなっているのでしょうか?」


「皆目かいもく、見当が付きません。」


 パトリックが苦笑する。

 そして足元から石を拾うと、その暗黒空間に向かって投げつけた。

 石は暗黒空間に達するとそのまま消え、地上に落ちてくることはなかった。


「石はどこへ行っているのでしょうね。技を出した私にも分からないのです。」


「あの中に入られたことは?」


 ルイッサの質問に、パトリックが慌てる。


「いやいやいや、それはさすがに恐ろしいことです。長時間に渡って空間が開き続けるわけでもないのです。ご覧ください、間もなく空間が閉じます。」


 突然また轟音が鳴り響き、どこから現れたのか、暗黒空間に無数の光が集まり始めた。

 そして巨大な爆発音とともに、暗黒の柱は消え去った。


 恐るべき技だった。

 しかし、当のパトリックは浮かない顔をしていた。


「神に匹敵する力・・・。しかしこれではただの破壊神ですね。壊すだけ壊して、何も産み出しはしない。あの村でも異端視されて・・・。」


 落ち込むパトリックをルイッサが励ました。

 異端視―――。

 ルイッサも幼少の頃から同様の悩みを抱えていた。


「そうおっしゃらないで。この技のおかげで世界は救われたのですよ?」


 パトリックはルイッサの本心に気づいたようだ。

 ルイッサを見て、驚いた顔をしていた。


「ありがとうございます、ルイッサ魔導士長。そう言っていただけると私も救われます。」


 天才には天才の悩みがあるようだ。




「ねぇ、パットはどこ?」


 アイリスが尋ねる。

 あの小さな少年は、青年のパトリックが現れた瞬間からいなくなっていた。


「兄さん、パット・・・。」


 そこまで言いかけて、アイリスの表情が突然こわばった。

 パトリックの瞳が悲しい色をしていたのだ。


「まさか・・・!? ねぇ、兄さん!?」


 アイリスが血相を変えて叫ぶ。


「彼は・・・。」


 パトリックはアイリスの前に立ち、彼女の両腕に手を当てて答えた。


「彼は、天に召された。」


 一同に動揺が走る。


「な・・・何を・・・言っているの? ねぇ、兄さん?」


 アイリスは震えながらパトリックを問いただそうとした。


「アイリス・・・。」


 パトリックはアイリスを抱きしめて続ける。


「彼は・・・破壊王ハルファスの犠牲者だ。」


 アイリスの目が見開いた。


「悪魔に殺された者の魂は、その悪魔にとらわれ続ける。そしてハルファスは彼の魂を、私を封印する呪いとして使ったのだ。だから―――。」


 パトリックの言葉は残酷だった。


「ハルファスが消滅すると同時に、彼の魂も解放されたのだ。」




 無言だった。

 誰もが、その言葉に凍りついていた。


「うそ・・・うそよ・・・。」


 アイリスが震えた声でつぶやく。

 そして突然、狂ったようにわめきだした。


「なんで!? なんでパットが死んじゃうの!?」


 兄の胸ぐらを拳で叩きながらアイリスは叫んでいた。


「アイリス、彼は元から死んでいたのだ。魂だけの存在だったのだよ。」


 しかしその言葉はアイリスには届かない。

 パトリックを突き放して叫ぶ。


「10年よ!? 兄さんがいなくなってから10年間、一緒に暮らしてきたのよ!?」


 アイリスはそう叫ぶと、力なく膝をつき、座り込んでしまった。

 涙が頬を伝う。


「かえ・・・して・・・。返してよ・・・。ねぇ、あの可愛いパットを返して・・・。私のパット・・・。」


 なぜだ。

 なぜこの子にまでこんな重荷を背負わせるのだ。

 悲しむのは俺一人で十分だ!


 俺はアイリスのそばにひざまずき、肩に手を添えた。

 アイリスは涙を流しながら俺に抱き着いてきた。

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