第14話【天使】

 パトリック・エルフィンストーン―――。

 光の一族の中でも天才と言われる青年である。

 10年前の魔導戦争で魔王アスモデウスを打倒した英雄でもある。

 光の剣技と強大な魔法の前に、魔王はすすべなく倒されたという。


「封印の1つを解いていただき、ありがとうございました。残る私の封印は5つ。しかし結論から言えば、解呪をするのではなく、悪魔本体を直接叩いたほうが賢明でしょう。」


 王や側近の大臣たちは言葉に詰まっていた。

 ルイッサがパトリックの前に進み出た。


「パトリック様。このたびは私どもが至らないばかりにアイリス様を危険にさらしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。」


 解呪の際にアイリスが若い魔導士たちをかばおうとして大けがを負ったことか。

 厳しいようだが、足手まといになったことは確かに事実であった。


「ああ、これは失礼しました。決してあなた方を責めたわけではないのです。いやこれは話を急ぎすぎました、すみません。」


 パトリックが慌てて誤解を解いた。

 気の優しい若者―――。

 天才魔法剣士という肩書の向こうに、そういう顔が見える。


「ルイッサ魔導士長はすでにお気づきでしょう、並の武器では魔王親衛隊を相手に太刀打たちうちできないことを。」


「はい、防御魔法をかけた重装兵団の鎧が一撃で粉砕されました。」


「そうです、魔剣クラスの武器や防具でなければ相手にすらならないのです。」


「つまり、魔導器ソーサルウェポンを持った少数精鋭で戦うべきと?」


 パトリックがうなずいて答える。


「魔王親衛隊は身を隠しながら復活の儀を行っています。そのため敵の兵力は必要最小限にとどまっています。悪魔たちが集結する前であれば、少数で攻め込むことができるのです。ただ―――。」


 パトリックが王に向き直って続ける。


「大軍を率いるようになった場合は、こちらも兵力が必要になります。他の国々にも助力を仰いでいただきたい。」


「幸か不幸か、先の大戦で国々は一致団結する必要性を認識した。その大戦の張本人である魔王アスモデウスが復活となれば、国王たちは必ず協力してくれるだろう。」


「心強いお言葉です。あとは魔導器を集めましょう。」


「助力を願う際に、国王たちに相談してみよう。魔導器を持った戦士たちを募り、攻撃隊を編成するのが良いだろう。」


「ええ、それが良いと思います。それから・・・。」


 パトリックは突然、口ごもった。


「アスモデウス戦では、光の剣技と魔法のほかに、龍脈ガイアを操る力が必要でした。アスモデウスの暗黒魔装デモニックオーラは、その3つの力で同時に攻撃する必要がありますので、龍脈導師ガイアドライバーも編成に組み込んでください。」


 アイリスが驚いて聞き返す。


「え、兄さん? なんで? アスモデウスは兄さんが倒すんでしょ?」


 しばらくパトリックは黙っていたが、やがてアイリスの目を見つめながら答えた。


「私の封印が解けない場合も想定しなければならないのだよ。」


 それを聞いたアイリスは怒り出した。


「何でよ!? 私が兄さんを救い出すって言ったでしょ!? そんなこと言わないでっ!!」


 パトリックは優しい目をしながら、アイリスをなだめるように言った。


「フフッ、そうだな。悪かったよ、アイリス。しかしそれを聞いて安心する国民もいるのだよ。」


「もう、知らないっ!!」


 アイリスはそっぽを向いてしまった。

 彼女を見つめるパトリックの目は変わらず優しかったが、しかし、どこか寂しげだった。


 その時、ルイッサがハッとして口を両手で覆った。

 ルイッサには他人の思考を読み取る能力がある。

 呪法の一種なのだが、彼女クラスになると、勝手に他人の意識が頭に入ってくるらしい。


 パトリックはルイッサに気づき、そして静かに首を横に振った。

 それを見たルイッサは、悲しげに頷うなずいた。

 言うな、ということか。

 パトリックには何か知られたくない秘密があったようだ。




「こ、これはすごい!!」


 話し合いの最中さなか、パトリックが何かを見て驚きの声を上げた。

 目の前よりやや上方を見ているようだが、俺には何も見えない。

 そのパトリックが、にこやかな笑顔で俺に話しかけてきた。


「ルーファス殿、あなたのフィアンセは本当に素晴らしい方だ!!」


 俺が答えあぐねていると、アイリスが気を使ってくれた。


「ちょっと兄さん、ルーファスに失礼よ! 亡くなったパトリシアさんにも・・・。」


 パトリックは本当に興奮していたようだ。

 妹に叱られ、ようやく我に返ったようである。


「失礼しました。いや、こんなことがあるとは・・・。では精霊たちの力を借り、ルーファス殿にもご覧いただけるようにしましょう。」


 パトリックは手で陣を描いた。

 何かの文字のようだが、魔法陣とは別物だった。

 精霊たちの力―――。

 ということは、龍脈の力を使うということか。


神魔解放アドヴェン!!」


 大地と大気の精霊たちが共振している。

 そして突然、全ての音が聞こえなくなった。

 何も動かない。

 まるで絵の中にでも入ったかのような感覚に陥った。


「私の近くに舞い降りて来られたのですが、彼女の話を聞いてさらに驚きました。」


 そう言うパトリックの視線の先に、一筋の光が現れた。

 次々に光の筋は数を増し、そして人の姿となった。

 いや、人では無かった。

 背中に大きな羽がある。


「え・・・、天使? 兄さん、天使を召喚したの?」


 俺は泣いていた。

 その天使を見て泣いていた。


 俺は叫んでいた。

 その天使を見て叫んでいた。


「パトリシア!!」

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