第9話【激震】

 俺が、そしてアイリスが追い続けていた敵がここにいる。

 10年―――。

 だがあの時の記憶は昨日のことのように覚えている。


 ・・・決して忘れられぬ!!


「団長! 俺の剣を使ってくれ!」


 カイルが自分の剣を投げてよこした。

 俺は左手にカイルの剣を持った。

 ハルファスにじりじりと近づいていたアイリスが、目線をそらさずに俺に話しかけてきた。


「へー、ルーファスって両手で剣が使えるんだ? 意外と器用なのね。」


 いくさでは、リーチの長い槍のほうが有利だ。

 ただ振り回すだけで、多くの敵をほふることが出来る。

 二刀流―――。

 接近して高速で敵を斬りつけるこの技は、眼前の、あの悪魔を倒すためのものだ。


「む? そこの男の顔、思い出したぞ?」


 突然、ハルファスが俺を見て言った。

 そして薄ら笑いを浮かべながら続ける。


「俺は結構、記憶が良くてな・・・。たしかお前、目の前で女を殺されて絶望してたよなぁ?! あの顔は忘れられない、忘れられないぜぇ?! ハーッハッハッハッハ!!」


 これはハルファスの挑発だ、乗せられてはいけない。

 悪魔は心理戦にけている。

 俺は静かに間合いを詰めた。


「ほぉ、いい面構つらがまえになったな。面白い、相手をしてやる!!」


 ハルファスが炎の剣を真横に構え、呪文を唱え始めた。


「イーラ・ノードイ・ファラー・ビドー!! 暗黒の剣よ、我に勝利を!! 暗滅呪殺剣ティルフィング!!」


 ハルファスの前に暗黒の空間が現れた。

 悪魔は手を伸ばし、その空間から漆黒の剣を取り出した。

 得体えたいの知れない、瘴気しょうきのようなものが剣から流れ出している。

 ルイッサが青ざめた顔をする。


「あれは破滅の剣ティルフィング!? 2本の魔剣を同時に振るうというの!?」


 ハルファスは勝ち誇った顔をしている。

 伝説の魔剣を従えた地獄の公爵が攻撃に出た。


「ハッハッハ、そこの小僧の二刀流とは違うのだよ!! くらえっ!!」


 大上段から振り下ろされたその剣撃を、アイリスと俺は寸前で躱かわした。

 2本の魔剣から放たれた紅蓮の炎と暗黒の炎が、大地に深い穴をあけた。


「ルーファス、炎の剣は私に任せて!!」


 俺はアイリスの言葉にうなずいた。

 炎の剣の攻撃は並の剣では受けられない。

 俺はティルフィングを持つ左手のほうに回った。


「アイリス様、ルーファス、もはや解呪は意味を成しません。私たち魔導士も参戦します。」


 そういうとルイッサは部下の魔導士たちに指示を送った。

 魔導士たちが一斉に呪文詠唱に入る。


「アイリス様、こちらは魔法で攻撃・防御・回復を行います。支援は任せて下さい。」


「ありがとう、ルイッサ。じゃあ、思いっきりいかせてもらうわ!!」


 アイリスがハルファスに斬りかかった。

 姿勢を低くして炎の剣の攻撃を躱し、すれ違いざまに足を斬りつける。

 速い―――。

 今までとは段違いだ。

 ハルファスが思わず膝をつく。


「ぬぅ、このダメージ!? そうか、そのドラゴンスレイヤーは神剣グラムか!?」


 俺は驚いた。

 ドラゴンスレイヤーの中でも、最も破壊力のある剣とされているのがグラムだからだ。

 炎の剣、破滅の剣ティルフィング、神剣グラム・・・。

 いったい、今日はどうなっているのだ?


「まったく・・・。おとぎ話の世界にでも迷い込んだかのようだ。」


「え? グラム? そんな名前があったの、この剣に?」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 婚約者の仇を目の前にしているというのに、この娘といると妙に安らぐのだ。


「フッ、アイリスは天然だな。」


「し、失礼ねっ!? ドジっ子であることは認めるけど、天然じゃないわよっ!?」


 真っ赤になってアイリスが否定する。

 そこへ、ルイッサの鋭い声が響く。


「アイリス様、ルーファス! ハルファスが本気を出すようです!」


 ハルファスが異様なまでに妖気を溜め始めた。

 魔剣2本で奥義を繰り出そうというのか。

 その2本に稲妻が走る。


「ちょこまかと逃げられぬようにしてやる!! 大地烈衝破ランドブレイク!!」


 ハルファスが直上に跳び上がり、着地と同時に2本の魔剣を大地に叩きつけた。

 恐るべき衝撃波が円状に大地を走る。

 直後、凄まじい地響きと共に、城の中庭が岩盤ごと砕けた。


「まずいっ、岩盤に押しつぶされるぞ!? みんな、跳べっ!!」


 指示を出したが、それはもう遅すぎた。

 半数以上が崩れる岩盤に飲み込まれようとしていた。

 だが、その次の瞬間、我々の体が宙に浮きあがった。


「どうやら間に合いましたね。」


 ルイッサが咄嗟とっさに浮遊の呪文を唱えていた。

 パットやカイル、魔導士たちも無事なようだ。


「・・・しかし、これは―――。」


 絶句したルイッサの目線の先に、ようやく土煙つちけむりの治まった中庭が見えた。

 いや、そこには中庭などなかった。

 地層がき出しになった、荒れ果てた大地があるだけだった。


「ちょこざいな、魔導士どもめ!!」


 爆心でハルファスが悪態をついた。

 アイリスは地に降り立ち、ハルファスと相対した。


「あんた、趣味悪いわよっ!? せっかくの中庭が無くなっちゃったじゃないの!? あーもう、咲きそろったお花も、美しい彫像もないわ!! バカッ!!」

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