第6話【紅蓮】

 それは無残な姿だった。

 頭からつま先までいばらが食い込み、血が流れ出ている。


 10年ぶりの兄妹の再会は―――。

 アイリスは完全に気が動転していた。


「しっかりしろ、アイリス! ルイッサ、これはどういうことなんだ?」


 棘に邪悪なものを感じた俺は、アイリスを引き離しながらルイッサに尋ねた。


「これは現在のパトリック様の精神を具現化したものです。呪いにより、このような目に・・・。」


「彼は・・・、パトリックは生きているのか?」


「はい。・・・しかし、死よりも辛い、苦しみの淵にいらっしゃると思われます。」


「ぐっ・・・。」


 魔王―――。

 その魔力は死してなおも強大であり続ける。


「・・・ルイッサ、パットを元に戻してやってくれ。これ以上はアイリスが・・・。」


 ルイッサはうなずき、魔法を解除した。

 白い光が棘を溶かしていく。

 青年の姿も、次第々々に子供の姿に戻る。

 パットの体は宙から降りてきて、控えていた魔導士たちに抱き止められた。


「たすけ・・・て。」


 その時、茫然ぼうぜんとパトリックを見つめていたアイリスが、俺のほうを向いてつぶやいた。


「・・・アイリス。」


 アイリスは俺の体にすがってきた。

 しかしアイリスの体は、力なくそのまま崩れていく。


「おねがい・・・。兄さんを・・・。」


 竜を一撃でほふった剣士の姿はそこには無かった。

 俺の腕の中にいるのは、守られる側の、か弱い少女だった。


「ああ、俺の命に代えてもな・・・。」


 突然、周囲から大きな喚声が沸き起こった。

 魔導士たちや兵士たちが、我も我もと、この悲運の兄妹のために進んで命を投げ出すと言っている。


「アイリス、お前は幸せ者だな・・・。」


 アイリスは口元に笑みを浮かべ、そして目を閉じた。

 気を失ったようだ。




「呪文を唱えている間、俺たちがお前を守ればいいんだな?」


 アイリスを奥の部屋で寝かせ、俺はルイッサたちと手順の再確認をしていた。

 あの状態のアイリスを解呪に参加させるわけにはいかない。


「そうです。呪文の詠唱は1分、その1分さえ作ることが出来れば良いのです。悪魔を倒す必要はありません。」


 そこへ、重装兵団ヘビーアーマーのテレンス・ワイラー団長が誇らしげな顔をして参加してきた。


「おおっと、そこは重装兵団に任せてくれんといかんぞ? 1分? なんだ、たったそれだけか? ガッハッハ!」


 2メートル20センチ。

 髭の大男であるテレンスは、中庭に響き渡るほどの大声で笑った。

 見た目に反して気の優しい彼は、わざとおどけて緊張を解こうとしているのだろう。

 だが、ルイッサの顔は険しいままだった。


「・・・悪魔の持つ『武器』のことか、ルイッサ?」


「ええ、ルーファス。悪魔のみならず、武器までもが実体化するなんて、普通はあり得ないことです。恐らく相当な魔力を持つ武器でしょう。並の盾では防げないと考えて行動しなければなりません。」


「テレンスたちの聖鋼鎧フルメタルアーマーに頼ってばかりもいられないようだ。俺とカイルで敵の攻撃を引きつけよう。」


 俺の右腕のカイル・マクファーレン特務隊長は、王国一の俊敏さを誇る。

 通常時の統率力は副団長のマイルズ・グラントには及ばないが、カイルの本領は危機的な状況でこそ発揮される。


「ルーファス、決して敵の攻撃を剣で受けようとはしないでください。私の予想が正しければ、恐らく剣ごと・・・。テレンスたちの聖鋼鎧にも対魔法防御レジスト・マジックをかけておきましょう。」


 テレンスは渋い顔をする。


「魔法など性に合わぬのだがなぁ・・・。まぁ、わしの髭が燃えぬ保険として受けておくか。」




 その直径は100メートルにも達した。

 魔導士たちが円陣を組んだその中に、重装兵団と我々がいる。

 パットは円の中心で横になっている。


「では解呪を始めます。ルーファス、テレンス、よろしくお願いしますね。」


 魔導士たちが呪文の詠唱を始めるとともに、中庭に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 パットの体が緑色の光に包まれた。


「・・・むっ?」


 パットの体の上に、おぼろげに浮かぶ影があった。

 透明な蜃気楼のように見えたそれは、次第に黒く染まっていった。


「ルーファス! 来るわっ!」


 影の中から巨大な黒い腕が伸びてきた。

 その腕には、紅蓮ぐれんの炎をまとった剣が握られている。


「あの剣は・・・!?」


 俺は、あの剣を知っている。


「うおおおっ、あの剣はっ!!」


 そしてついに悪魔は実体化し、その姿を現した。

 漆黒の体に真っ赤に光る眼。

 俺は、この悪魔も知っている!!


「破壊王ハルファス!! 貴様かぁぁぁぁっ!?」

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