キミの手はやわらかく、ちぃさいから【短編】

藤和工場

第1話 キミの手はやわらかく、ちぃさいから

「危ないぞ」


 僕が言っても聞かないことなんて、わかっていても言わずにはいられない。


「平気。それよりちゃんと見ててよ?」


 彼女は自分の身長と照らし合わせて、約120センチの堤防のコンクリートが憎いらしく、その上にするりと登った。


「よっと、とと……」


 ひらひらした風にあおられて、ふわふわのスカートが揺れる。そんなことも気にしないように、彼女は立ち幅45センチをスタスタと歩き始める。そのくせに、三歩ごとにちぃさな体が、くらっと揺れる。


「だから、危ないって……」


「もぉ、そう思うんだったら、手でも差し伸べなさいよ、ダメ王子さま?」


 ああそうか、と今更ながら、ダメな僕は手を差し出す。


「はい、よろしい♪」


 彼女は満足そうに僕の手を握る。


 いや、これは握っているとかいうのだろうか?


 なにせ、ちぃさいとはいえ、彼女は堤防の上を歩いていて、僕はその下にいる。でも幸い、僕の腕は長いので、めいっぱい手を天へ押し上げると、彼女の指先がきちんと触れる。


 僕はものすごく歩きにくいのだが、それぐらいはガマンしよう。

 姫のエスコートに、王子はこれくらい苦労するものだ。


「よっ、ほっ、やっとと……」


 相変わらずスタスタ、ひょこひょこ歩く彼女は、なんだか赤ちゃんペンギンみたいで笑える。


「ぷ、くくく……」


 僕はガマンしているつもりだったのに、心は想像以上に素直みたいで、思っていることが笑いに変換されて、だだ漏れだった。


「むぅ……」


 ふいに足を止めた彼女は、想像通りにむくれる。まぁそれもたまに見るとかわいいので、いいか。


「どうしたんだよ?」


「笑った……あたし見て笑った……」


 十字路みたいな怒りマークのGUIがプカプカと夕茜に見えた気がしたけど、笑えないので、笑いがひっこんだ。


「もぉ、何で笑うのよ! あたしそんなに、面白くないんだからっ」


 言い放つと、僕の弁明なんて待たずに、彼女は歩き始める。そのくせ、触れているだけのような、指先はより強く、僕の指にからまる。


 だから、僕も彼女に合わせて歩き始める。


 触れているだけのような指先なのに、この上なく、安心する。


 僕はここにいて、彼女もここにいる。


 それこそとても不安定な事象で、実在性を証明するのは、数学者だって物理学者だって、難しいかもしれないことだ。


 でも、僕はこの感じが、僕らに似ているって、思った。


 彼女は悠々と歩く。


 僕は精一杯に手をのばして、彼女の役に立とうとする。


 情けなくって仕方ないけど、そんな感じだって、誰もが言う。だから、そうなんだろう。だってここは多数決がまかり通る民主主義の国だから。


 いらないことを考えていた瞬間に、彼女との指が切れてしまった。


「もぉ!! ちゃんと支えててよ!! 怖いでしょ!!」


 彼女は完全に足を止めて、堤防にしがみつくようにしゃがんでしまった。


「支えててくれるから、歩けるんだからっ! ばかぁ……」


「ごめん……今度は離さないから、せっかくなんだし、あっちまで歩いてみなよ」


「……うん……絶対離しちゃだめだかんね……」


 不安顔の彼女は僕に手を差し伸べて、支えててと、せがんでいる。

 ああ、もちろん、口でそんなことはいわないよ?


 だから、僕も彼女のちぃさな手を握り返して、頷いた。


「さぁ、いってみよう」


「うん」


 そうして、彼女はまたスタスタ、ひょこひょこ歩き始める。


 ああ、そっか。こういうことなんだろう。


 必死でも、歩きにくくってもかまわない。


 僕たちはこうして、不器用に支えあって、寄り添いあってちぃさな指先を頼りに歩いていくんだ。


 それがきっとスキってことなんだ……。


 うるさいヒグラシの合唱を後ろに、僕らは夕闇に解け始める、凪の海へと堤防の散歩を再開した。



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