家出少女の頭には、小さな角が隠れていた

冬乃羽

第1話 出会った日、回避率の高さを思い知った

 この王都では、魔族とそれ以外の種族が別れて暮らしている。市場もそれぞれの決められた通りに立ち並び、居住区も限られている。平時は誰も、その二つの間を行き交うことはない。行き来しているのは、特別な行商人くらいではなかろうか。そして、彼らが言葉を交わすのは、定期的に開かれる仮面舞踏会くらいしかない。

 空は、魔王に支配された世界らしい紫色の暗い雲が日差しを遮っていた。

 今日は曇り。晴れの日はそれなりに清々しい空気の時もある。

 鍛冶師で武器商人のティホは、いつものように店頭に並べた商品たちに付いた汚れを丁寧に拭き取っていた。

 ゴッ

「うおっ?!」

 店頭の棚が揺れ、並べていた武器が落ちた方を見ると、長剣や短剣は見事に切っ先が地面に突き刺さってしまっている。というよりも、黒い布地に突き刺さっている。その黒い布地の下には何かがあるようだ。まるで人が踞っているような。

「だだ大丈夫ですか?!」

 見た感じでは、剣が貫いているのは布だけのようだ。だが、万が一ということもある。だが、これだけの刃物が地面に突き刺さっておきながら、無傷というのは余程高位の力を持った人物なのだろう。回避率が高すぎる。

 ティホは慌てて突き刺さった剣を抜き、黒い布を剥いだ。

「……女の子だ」

 黒い布の下には、癖っ毛だが黒く艶やかな黒髪と、何よりも白い肌が見る者の目を奪う。

 そしてその少女にはもう一つ特徴があった。額の髪の生え際に、小さな凹凸がある。ティホにはそれが何であるかすぐに分かった。

 幸運なことに、この商店の立ち並ぶ通りには人の表情が分かる範囲内に人はいない。だが、そろそろこの通りにも人が増えてくる時間だ。商品を並べた今、この場を離れる訳にはいかず、店舗の裏にある武器の箱の上に横たえた。ここなら、客からは簡単に見えないし、彼女が動いた時はすぐにわかる。

 横たえた少女の身体を改めてまじまじと見下ろす。彼女が身に纏っているものは、生地から小物や靴まで、全てが高価な物に見える。しかもあの額の凹凸。それは角が生えてくる証拠だ。角があるということは、魔族。

 彼女に対して特に情も何もないが、このまま路上に放置していれば大騒ぎになるに違いない。ティホには特に考えがあるわけではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る