第15話 救いの力と全くの偶然①
体をすごい力で引き倒され、みくりはしたたかに、床に頭をぶつけた。
「ちっ……」
すぐに何が起ったかはわかった。自分を引き倒したのは、立てこもり犯ではない、先ほど逃げまどっていた一般人の人質だ。彼等は概して目に生気がなく、みくりを引き倒して押さえつけているほかには何もしてこない。ただ、みくりの動きを封じて床に這いつくばらせているだけだ。
「英、睦月っ……」
怨嗟の念を込め、みくりはこの状況を作り出した人物の名を呟く。この状況は、一年前のアレと酷似している。
違うのは、あの日は一人ずつだった、という話。
――それでも、抜かった。あの女も同じく、成長していたのだ。
圧倒的な力に押さえつけられながら、みくりは睦月が消えて行った方向を睨んでいた。
俺とアルスは、それでも蕃野が気になって(アルスは頑なに否定したが)そろそろと三階に下りて来ていた。
三階でも、ショッピングセンターを占拠していた立てこもり犯と思われる男たちがのびていた。おそらく蕃野の仕業だろう。
確かに、俺が行ったとしてもあまり戦力にならないかもしれない。それでも、俺は愚かにもこの無力感を何とかしたかった。
「……お兄ちゃん」
今まで黙って先頭を歩いていたアルスが不意に振り返った。
「何か様子がおかしい。さっき、あの女以外の魔力を感じた」
「……つまり、これは単なる事件じゃない。魔術が絡んだ事件ってことか?」
「そういうことになるね」
俺達は、手すりから身を乗り出しすぎないようにして、一階のスペースを見下ろした。
「なんだ、アレ」
おそらく人質の人々だろう。密な輪を作り、その中心を見ている。輪の外でのびているのは実行犯たちだ。あいつらだけ恰好が違う。輪を作る人々が見ているものは、数人に押さえつけられて、身動きがとれない蕃野。
「この、やり方、あの魔力…やっぱり」
隣でアルスが歓喜の声を上げた。ああわかる、俺は心の中で舌打ちした。
アルスは俺を見て言う。
「このやり方、あの人のだよ!!」
さすが、英睦月の奴隷。喜びようがすごい、心酔具合が並大抵じゃない。
喜んでいるアルスに、どろりとした感情が湧く。
――さすが、かつての俺。
みくりは迷っていた。
今ここで魔術を発動し、体を押さえつけている一般人の人質をのけることは可能だ。
ただし、それには危険を伴う。みくり自身にではない、人質にだ。
そもそも、みくりが持ち合わせている魔術は全て攻撃に特化したもの。立てこもり犯の銃弾を跳ね返したのも、結界の類ではなく、その威力に同程度の威力をぶつけただけ。
みくりの体のあらゆるところに組み付く人々の力は、異様に強い。睦月に操られているので魔術的にも強化されているのだ。
だが、いくら強化されているからといって、所詮は一般人。みくりが彼等と同程度の力をぶつけたとして、床に放り出された彼等が、彼女らがもし頭でも打ったら?
――不思議なことに。
あれほど人質を気にせずに戦っていたみくりだが、睦月に操られた人質を排することに対しては迷いがあった。
かつての人質たちには自由意志があり、逃げることができたから、先ほどみくりは存分に戦えたのかもしれない。
しかし、みくりはそんなに優しい人間ではない。彼女の心を支配しているのは、強烈な後悔とトラウマだった。
脳裡によみがえるのは、睦月によって引き裂かれ、ばらばらになった家族。一人、また一人と死んでいく中で、新たに生まれる人形。みくりだけが正気を保っていたあの日。
そして…。
「くそっ…」
何もできない。結局自分は、あの日の自分のままだ。
くやしさを抱えるみくりの腕の骨は、みしみしと悲鳴をあげる。数瞬迷っているうちに、押さえつける力は増していった。
「う、ああ…」
見上げた天井の照明が眩しい。それから目をそらして、涙に滲みはじめた視界に映ったのは。
「……のの、がみ?」
全く表情が窺えない、彼女の愛するクラスメートだった。
そして、彼女の良すぎる目は、少年の口の動きを捉えていた。
(あのひとたち)
(みんな)
(……ばいいのに)
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