第11話 ショッピングに行こう③

 蕃野みくりは、その無駄にでかい胸を張り、腰に手を当て、俺達を見ていた。というかそのプロポーションは目に毒なので、それを際立たせるポーズはやめてほしいのだが。俺は蕃野の着ている黒いセーラー服の胸元で白さが際立つスカーフに目を奪われていた。

「待っていたぞ野々上! そして…」

 ちらりと、いつの間にか俺の横で小さくなっているアルスを見る。

「英睦月の使徒!」

「―――!」

 アルスは、可哀想なくらいに青い瞳を見開いてぶるぶる震えている。俺はアルスをかばうように、アルスの前に立った。

「お前も、睦月様とやらの関係者だったのか。蕃野」

「ふっ、関係者? そんな生易しい表現では足りないな! 私とあの女はっ!!」

「お、お兄ちゃん…」

 そのとき、アルスが俺の服の袖を引っ張った。俺が振り向くと、アルスは周りを見回している。俺の耳に、まわりのひとの声が入って来た。小さい女の子が隣に立つ母親らしき女性の服の袖を引っ張りながら俺達を見て、

「なあに、あのお姉ちゃんたち?」

「こらっ、見ちゃいけません!!」

 蕃野もそれに気づいたらしい。くわっと目を見開いて俺を見る。

「くっ、先走りすぎたか…」

「お、おい蕃野…」

 蕃野は俺の手をとって、突然走り出した。

「ちょ、待っ、うおおおおおおお!?」

 ぐん、と景色が高速で流れて行く。わけのわからないまま、引きずられてはならないと冬休みでなまった足を動かし、階段を駆け上がる。酸素がなくなりそうだ、息が切れる、頭ががんがんする。   

……気付けば空の見える屋上まで来ていた。途中侵入禁止と書いてある紙が貼ってあるドアを見た気がしたが、気のせいだろう。

 風が冷たい。今まで暖房のきいた店内にいた俺は温度差にくしゃみをした。

「わ、悪い、つい気が動転して…」

 蕃野は急いで謝り、内またになって、もじもじと指と指の先をくっつけていたりしている。正直言ってかわいいが、俺を引っ張って行った馬鹿力を思い出すと、何とも微妙な気分になってくる。そういえば、アルスは?

「お、お兄ちゃーん」

 情けない声が聞えて、アルスがへとへとの様子で屋上のドアを開けて入ってくるのが見えた。というかこれも気のせいか知らないが、ドアノブが見事に壊れている。

「アルス、それ、直せるか?」

「え?うん……じゃない!これはあとで直すから、お兄ちゃんはその人から離れて!」

「え?うん……」

 アルスは鬼気迫る表情で、俺と蕃野を見た。それを見て、蕃野はなぜか焦り出す。

「待て、野々上!お前は騙されているんだ!」

「騙しているのはそっちでしょ! お兄ちゃん気を付けて! その人、お兄ちゃんの――」

 アルスが何か言おうとした、その瞬間だった。

 最初に気付いたのは、蕃野だった。

「待て、何か聞える……」

 真剣な表情で、蕃野は屋上の手擦りから地上を見下ろした。

「ちっ、こんな時になんて厄介な……!これがアイツが言ってたことか……」

 そう言うと、Uターンして自分が壊したドアへと駆けだす。

「この話は後だ! 命拾いしたな、使者!!」

「私は使者じゃなくて奴隷だってば――!!」

「お前、それもどうかと思うぞ?」

 そのとき、やっと俺にも蕃野が駆けだしていったわけがわかってきた。

 赤い回転灯をつけ、サイレンを鳴らしながら、狭い町中の道を、パトカーが俺達のいるショッピングセンターへと向かってきていたのだ。

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