第5話 わりと危険な妹

 月が隠れた空。帰り道。足どり鈍く、俺は衝動的に自分が言ってしまったことについての対処に悩んでいた。

「森で寝てたら女の子が降って来た。帰るところがないから妹として住ませてほしい、いや訳わかんねえよ」

 自分で自分の考えにツッコミを入れる虚しい作業。ふと隣を歩くアルスに目を遣る。正確には地面から5センチほど浮きながら歩くアルスに。魔術、ということを口にしたアルスだが、記憶を返還する以外のこともできるらしく、こうして浮くこともできるらしい。というか。

「なあ、さっきお前は光ってなかったか?」

 いつ頃からだろう、アルスの発光が止んでいる。アルスは「へ?」と目を丸くした。

「私、光ってた?」

「ぴかーって感じじゃないけど、ホタルの光くらいには」

「ううーん? なんでだろう」

 えへへ、と笑うアルス。まあいっか、と俺は思い、次の質問を口にした。

「それにしても、なんで英睦月は俺に記憶を還そうとしたんだ? まあ結局還らなかったけど」

 俺は嘘をついた。実は記憶はに戻っている。アルスをあの人の元に還すことができないから、記憶が戻っていないフリをしているのだ。

「記憶を還す目的ね。お兄ちゃんは、睦月様の計画の一部なの。だから記憶を還せば、お兄ちゃんは必ず睦月様の元に来てくれるって言ってた」

 反吐が出る。俺の記憶が還った途端、自分が何をしたか思い出すこともわかっていただろうに。

 俺は心の奥底で煮えたぎるものに蓋をしながら、待てよ、と思い至った。

「アルスは記憶を還せるんだよな」

「うん」

「だったら、記憶を奪うとか、改竄とかできるのか?」

 アルスの足が止まる。俺もそこで止まる。少しの間があった。

 俺とアルスは、明滅する街燈の光の中に居た。

「それは、ご家族の記憶の改竄に使うということ?」

 交代でやってくる光と暗闇が、アルスの表情をわかりにくいものにする。

 一瞬見えたアルスは笑っていた。俺のその「記憶」とやらに間違いがなければ、睦月のように。


「うん、できるよ」


 月がまた姿を現す。

 アルスはさきほどの笑みではなく、無邪気な笑みに戻っていた。

「これでも私、エリート魔術師なんだから! 犯罪者の記憶をまっさらにして、更生させたことだってあるんだよ!」

「それは更生っていうのかは疑問だが」

 とりあえず、アルスに任せておけば大丈夫だろう。

 当面の問題は、睦月の計画を阻止するにはどうしたらいいか、そして。


 野々上アルスが、俺の記憶の抹消に関わっていたかどうかを見極めることだ。

 

 

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