あの時の僕と今の僕とこれから
ザイロ
1
冷たい風が冬特有の身体を冷気で刺されるような痛みとからっ風で砂埃が舞い視界に薄く黄色いレイヤーが貼られたような景色の中、最近やっと慣れた転職の仕事の休みにぼくは、陸橋の側壁に寄りかかりながら、そこから観える風景を持ってきたポッドに入れたコーヒーをちびちび飲みながら眺めていた。
ぼくが二年前に大病をしたので、体力を戻すリハビリに散歩を始めた。その散歩を開始した数週間後にこの場所をみつけたのだ。
生まれてからずっとこの街で暮らしていたのに、こんな場所があることなど全然気付かなかった。たぶん、日々の生活に追われて視野狭窄に陥っていたのだと思う。
ここから観える景色は、遠くの山々を背景にして高層ビルや高層マンションが立ち並び、どこか神話的な塔の群れと感じさせた。電車の路線をまたいで、そこから少し離れた所から住宅の群れが観える。そして、橋の近くになると畑や樹木が空間に広がりを与える。
ここから観える北側の景色は、どこかの大学の専用グランドがあり、潰れそうな工場の錆びた姿が見え、そこから先は林になっている。ぼくの佇む陸橋に二車線大きな道路があり、車がけっこうなスピードで通りすぎる。
ぼくのすまいは、今は高層ビルが近くにある住宅街にある。
幼い頃には、電車の整備をするJRの工場と大きな原っぱだったが、東京の施設の老朽化により行政施設を移転するための高層ビル群が建設されることになった。その後、大きなショッピングモールが立てられ、駅も新設された。このことが地域の発展に振興し、人々が沢山訪れるようになった。このことがこの町に住む需要を呼び、振興住宅や高層マンションが建てられるようになった。
その頃のぼくは高層ビルや高層マンションが出来たばかりの振興地がとても近未来的なものに思えて、当時TV版「新世紀エヴァンゲリオン」の第三新東京市にみたてて、「FLY ME TO THE MOON」を口ずさみながら、自転車で碇シンジになった空想をして駆け回っていた。
今では、「新世紀エヴァンゲリオン」が再構築されて妻の千絵と息子の孝之と一緒に映画館に行ったり、グッズを買ったりしている。ちなみに孝之は綾波レイが好きらしいし、千絵はアスカが好きらしい。あの頃のぼくも今のぼくも葛城ミサトが好きだった。当時、友達にそう言ったところ、「おまえは、熟女マニアだ。」とからかわれてとても恥ずかしさと共に怒りを覚えて、口喧嘩から殴り合いまでになって、結局、他の友人たちに止められた。その後は、時間が解決し、その友達との仲は元の鞘に戻った。
ここから観える景色はまさに子供の時に想像した高いところから俯瞰した第三新東京市のようなのだ。もちろん使徒対策でビルが地下に沈んだり、迎撃装備もないただのビル群だ。大人になった僕はたまたま見つけた橋で見た景色と子供の時の空想と時間を越えてリンクした。それからというものの暇な時はこの橋を訪れ、景色をぼんやり見て過ごすことがひとときの魂の休息になった。
ぼくは葛城ミサトと近い年齢になり、結婚して親にもなった。それなりの責任を負う大人になったが、彼女のような成熟した大人になったという自信はない。それにぼくの家系の男はみんな短命で、祖父も父も四十代で亡くなっている。もしかしたら自分も長くことを構えて生きていけないかもしれない。妻と過ごすいさかいや親密な時間の愛しい繰り返しや孝之の成長していく姿を見ることが出来なくなる時が自分が思っているよりも早く訪れるかもしれない。焦りや不安が日々、針のようにぼくの心をじくじく刺す。
辺りは日が沈みかかり、夕日のオレンジ色と夜の闇が混じっていく。ふと頭の中に音楽が流れた。
それは、病でどん底の時に聴いていた歌だった。その頃もこのような時間によく聴いていた。
――Suddenly,darkness has comes,But don't worry.you're just as it is.I leave suddenly as darkness was visited.――
iPhoneのバイブでポケットが震え、ぼくを現実に引き戻した。
LINEのアプリを開き、孝之が塾が終わったので向かえに来てほしいとのこと。
メッセージを確認したぼくは、解ったとメッセージを打った。ついでに、お母さんも今日は早く帰ってくることを伝えると喜んでいる綾波レイのスタンプが返ってくる。
千絵がLINEのメッセージに気付いたようで、アスカのニヤリとしたスタンプの後に、孝之の塾のテストの結果が楽しみ~とメッセージを送った。まだ、塾にいる孝之は、千絵のメッセージを見て、うんざり顔をしているのだろうとぼくは思い、ほくそ笑む。孝之は問題はないといつものポーズの碇ゲンドウのスタンプを送りかえしていた。
こんな日常がいつまでも続いて欲しいし、きっと続くはずだと信じたい。だが、自分の男系の血族の寿命が短いことは、ぼくの頭にしこりのように残っている、そして、自分の子供の孝之までも短命かもしれないという申し訳なさが暗い底から湧いてくる。
手に持っていたiPhoneが着信で震える。千絵からの電話だった。
「もしもし、武彦。」
「これから孝之を迎えに行くから、千絵はそのまま帰路について。」
「解ってる。それよりも武彦、今、陸橋にいるんでしょ?」
「そうだけど。」
「日が沈みかけているから、きっと武彦も気分が暗くなってるんいじゃないの?また自分の血統についての疑心暗鬼と不安に取り込まれているじゃないの?」
「よ、よく解ったね。」
「何年、あなたと一緒にいると思っているの。声を聴くまでは完全に確信まで至らなかったけど、声を聴いて、やっぱりネガティブ武彦だと解ったわ。」
「ネガティブ武彦って……。」
「そんな大袈裟に捉えないで、あなたも孝之も大丈夫。特に孝之は私の曽祖父の六じいという長老みたいな人が今も元気で生きているんだから。」
「そうだよな。気をしっかり持たないと。ありがとう。千絵。」
「暗いことグダグダ考えているより、三人で楽しい思い出や日々を過ごすことをかんがえましょ。現在のことただそれだけ。電車に乗るから、またね。」
ぼくは、iPhoneをポケットにしまう。
自分の死が直ぐ来るかもしれないし、ずっと先かもしれない。でも、三人で現在を更新していくことがとても愛おしく大切だ。千絵の言葉はどんな偉人の名言より力がある。
さぁ、とりあえず、まずは孝之を向かえに行くために、車を止めた駐車場に向かう。
現在を更新の第一歩を踏み出す。
あの時の僕と今の僕とこれから ザイロ @kokoca
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