夢への階段
咲部眞歩
序章あるいは、白紙
ある条件下において、人はどのように考察し、どのように行動するかを想像し、それを文字にして世界を構築する。それがぼくの役割であり、唯一の自由だ。
街灯が少しずつ灯り始め、朝の訪れを告げる。もう少しすれば、一階の粥屋が開けるシャッタの音が聞こえてくるだろう。時間は午前六時。この町の住人たちの朝は早い。新聞やミルクの配達がされる頃には大抵の人間は起床しており、朝の訪れを待ち望んでいる。あと 三十分もすれば、朝の会話を楽しむために近所の人々が粥屋の前に集まってくる。
徹夜明けだが睡魔のピークは過ぎているので眠くはない。ただ独特の身体のだるさがあるだけだった。筆がとまらないとき、というのは本当にあるもので、先ほどまでがまさにそういう状態だった。
おれはこの町で脚本家を目指している。歓楽街にある劇場でいつか自分の脚本が演じられることが夢だ。遠い昔に誰かが書いた話ではなく、唯一の娯楽である歓楽街にふさわしい、誰もが楽しめる公演を行いたい。この町では、誰もが一つだけ夢を持つことが許されている。あとはそれを追いかけるか、諦めるかだけの違いだった。
シャッタが開く音がした。ニコチンとカフェインの過剰摂取で僅かな吐き気を催し、普段より少し早い朝食をとるためにおれは下に降りた。粥屋が珍しそうな顔でおれを見る。
「ずいぶん早いな。徹夜か? 探偵」
おれは軽く手を振っていなしながら、吹きさらしの椅子に腰掛ける。
「探偵じゃない、脚本家だ」
店長が笑いながら奥に引っ込み、それを見届けて小さくため息をつくと、無意識に煙草に火をつけていた。吐き気はまだ治まっていない。
夢はゆめだ。一つの夢。一つの職業。それがこの町に決められたルールだ。生活していくためにおれは、探偵をしている。この町ではよく人がいなくなる。小さな町で同業者はいない。警察が取り合ってくれない場合、大抵はおれのところに話がくる。そういう人々からお金をもらい、おれは生活している。
よくある話だ。
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