灰の都

 晴れているのだが、どこかもやがかかったように霞んだ空の下。


 旅の少女剣士マキアは、食事のために酒場に立ち寄った。店内は地元の客や、彼女と同じような旅人や冒険者たちで盛況だ。


 マキアが席に着くなり、店主の親父さんが注文を取りに来る。


「いらっしゃい……おっと、すいません。風が出てきたもんで、窓を閉めさせてもらいますよ」


 手を伸ばして、マキアのテーブルの横の窓を閉めてしまった。


「申し訳ねぇです。こんな日は、” 灰の都 ”からここまで死の灰が飛んでくるもんでね。女房なんか、洗濯物も満足に干せやしねぇ、っていつもこぼしてまさぁ」


 店の壁に貼られた周辺の地図を見て、マキアはようやく思い出した。


 魔道蒸気工房都市・ランデスハウプトシュタット。


 錬金術士のアトリエや、技工士ぎこうしの工房が軒を連ねる、その名も聞こえた魔力と機械と蒸気の都―――だった街。


 数年前、巨大な新型兵器の暴走事故により、一夜にして壊滅した滅びの都。


 都市の中心にぽっかりと空いた爆心地から、未だに有害な” 死の灰 ”が噴出され続けることから、今は” 灰の都 ”の通称で呼ばれていた。


「いらっしゃい!」


 新たな客の来訪を告げるドアベルの音に、カウンターに戻った親父さんは愛想よく声をかける。


 しかし、白いローブのフードを目深にかぶったその客の姿を見た途端、その表情が露骨に歪んだ。


「おい、ここに来るんじゃねぇって前にも言っただろうが!!」


 カウンターから出て、その客に歩み寄って怒鳴りつける。


「あわわ……」


 先ほどとはうって変わった剣幕に、マキアは思わずたじろぐ。


 フードの客は、背格好を見る限り、自分と同じような若い女性だ。

 店主の怒声に怯むかと思いきや、意外にも動じることなく淡々と言葉を発した。


「しかし。この施設は飲食店であり、かつ仕事を求めるフリーランスの傭兵が集まる機能も有すると理解しています。自分は、探索・護衛任務を引き受けてくれる傭兵を探しに……」


 どこの地方のなまりだろうか。綺麗な声だが、変わった抑揚の話し方である。


 親父さんのさらなる怒鳴り声が、彼女の声を遮った。


「だから、何度も言わすな! ” 灰の都 ”に好き好んで行くような命知らずが、いるワケがねぇだろうがっ!!」


 二人のやりとりは、もちろん店中の注目を集めている。


 宴会に水をさされた男達の、舌打ちや野次の声が聞こえる。


「おい見ろよ、また来たぜ」


「ケッ! 俺の弟の住む村は、機竜きりゅうに丸ごと踏み潰されたんだぜ……あいつのご主人様が作った、あのクソッタレなガラクタによぉ……!」


「出て行け! お前が歩き回ると汚染が広がるだろうが!」


 まさに非難轟々である。店の中の雰囲気がどんどん悪くなるのにいたたまれなくなったマキアが、慌てて店主の袖を引っ張った。


「ま、まぁまぁ親父さん。ねぇ、あたしでよければ、話聞かせてくれる?」


 フード姿の女性がマキアに向き直る。


 親父さんは、やってられんとばかりに肩をすくめると、不機嫌そうに厨房に戻って行った。去り際に、こんな文句を吐き捨てながら。


「フン。お客さんねぇ、お優しいこったが時間の無駄ですぜ! そいつはまともな人間じゃねぇ。滅んだ” 灰の都 ”の生き残り、くたばり損ないの人形だよっ!!」


「え?」


 マキアの目の前で、女性がフードを上げて顔を出した。


 サイドポニーに結わえた銀色の長い髪が流れ、端正な顔がのぞく。


「感謝します」


 フードを持ち上げた手首には、球体関節が見えた。


 瞳の中で、レンズが動く。動作をするたびに、わずかな駆動音が聞こえる。


「……自動人形オートマタ?」


「我が故郷の” 灰の都 ”に。自分の弟を、助けに来てほしいのです――」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 まさかあの雰囲気の中に居座るわけにもいかず、別の店で食事を済ませながら、マキアはその自動人形オートマタの話を聞いた。


 聞けば、この街から少し離れた場所にある” 灰の都 ”から来たという。なんでも” 灰の都 ”には稼働中の自律兵器が闊歩しており、彼女には戦闘機能が無いので護衛してほしいそうだ。街の中心部のある場所に向かいたい、という。


「報酬として。高純度の魔石や、使用可能な魔道回路の部品をお譲りします。かなりの額と換金できると推測します」


 報酬の高さも去ることながら、ほっておくとまた騒ぎを起こしそうだったこともあり、マキアは結局” 灰の都 ”への同行を引き受けてしまった。



「まーた面倒ごとに首突っ込んだみてェじゃねェか、マキア」



 近くまで送ってもらった馬車をその場に待たせ、自動人形オートマタと共に” 灰の都 ”に続く道を歩いていると、マキアのマフラーがもぞもぞと動く。


 やがてそれは、黒猫のような形を象った。彼女に取り憑いた魔物・カイである。


「だって、ほっとけないでしょ……」


 小声で話す二人に気付いているのかいないのか、前を歩く自動人形オートマタは語り始めた。


「自分が製造された、魔道蒸気工房都市・ランデスハウプトシュタットは。かつて、栄華の極みにありました」


 滅亡する前の” 灰の都 ”は、高性能の魔道具や蒸気機関の一大生産拠点として知られていた。


「街には。自分と同じ自動人形オートマタが行き交い、空には自律機械が飛び交い、都市中に蒸気と魔法の光が溢れていました。まさに不夜城と表現するにふさわしい場所でした」


 感傷、のような感情はあるのだろうか。その声からは、昔を懐かしむような気配は何も読み取れなかった。


 ” 灰の都 ”に近付くにしたがって、風に白い灰が混じりはじめる。

 自動人形オートマタは足を止めた。


「先ほども説明したように。この灰は、生体には有害です。なにか防御装備はありますか?」


「うん。コート着るね」


 マキアは、背中のザックから濃紺のコートを取り出した。


「お前、それって……」


「前に砂漠でもらった星天布スターダスト・クロス。表地に仕込んでもらったんだ」


 なぜかこの布を毛嫌いしているカイが、隻腕の左手でコートを奪い取った。


「馬鹿野郎!! 売れっつったろうが、こんなもん!!」


「売れるわけないでしょー!」


 慌てて、マキアがコートを奪い返す。


 以前、別の依頼の報酬として入手した、天上の星の魔力が込められた霊布である。


 天鵞絨ベルベットに似た宇宙色のその織物は、星々の輝きをも宿し、外見は満天の星空そのものだ。その芸術的な美しさに加えて、高い抗魔能力を持つ防具として、大変な高値で取引されている。


 星空を纏ったかのような星天布のコートに身を包んだマキアを、自動人形の瞳がスキャンする。


「高レベルの魔力遮断性を確認。安心しました。では、先に進みます」


 死の灰が生き物に悪いのは確かなようで、徐々に道からは草が消え、立ち枯れた木と裸の大地に、白い灰のみが厚く積もっていく。


「―――工房都市の中心にいたのは。自分のマスターでもある、フィーネシュタール博士。稀代の錬金術師にして、天才技工士の名を欲しいままにしたお方でした」


 その業績は、華々しいものだった。


 蒸気を用いた巨大機関の完成。

 魔道触媒の発見と統一理論構築による魔法と機械の融合。

 その産物たる高度な自動人形オートマタや自律兵器の開発。


 間違いなく栄光と共に歴史に残るはずだった彼の名は、しかし、今となっては怨嗟えんさの声と共に人々の口に語られるのみであった。 


 工房都市を滅ぼす原因となった、巨大魔道兵器。 


 今ではこの地方を放浪し、各地に深刻な汚染と破壊をもたらす機動要塞・ゾルダーテンラーゲー……通称・” 機竜 《きりゅう》”の生みの親として。



「見えてきました。ランデスハウプトシュタット―――” 灰の都 ”です」



 いくつもの尖塔と、無骨な鉄の配管が剥き出しになった、巨大な都市の遺構。


 雪化粧のように白い灰を被った静謐な姿が、もやの中からひっそりと、その姿を現した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……5年くらい前だっけ、この街が滅んだのって」


「はい。正確には2103日前の事故です」


 ” 死の灰 ”を吸い込まないようにカイのマフラーで口元を覆いながら、マキアは積もった灰で雪原のようになった街路を歩いた。


 都市の中は、静かだった。


 錆付いた建物の間を、時折吹き抜ける風の音以外、虫の声一つしない。


 街に並ぶ工房の割れた窓からは、屋内にも分厚く積もった灰が見えるばかりである。


 中を覗き込めば、工房の床には壊れたマネキンのように、何体もの自動人形オートマタの残骸が転がっている。


 錬金術師のアトリエでは、割れた培養ガラス容器の中で、人造人間ホムンクルスやキメラたちが、骨だけになって座っていた。


「…………」


 あまりに気の滅入る光景である。しかし、肝心の人間の姿は、遺体ですらその姿は見えなかった。


 マキアは損壊が少ない建物に入ってみる。どうやら民家のようだった。


 居間には、脱いだままの上着や、テーブルの上に干からびたリンゴが置かれており、たった今までそこに人がいたような生活感が伝わってくる。


「ここに住んでた人は……?」


「住民の多くは。ゾルダーテンラーゲーの竣工式典に参加しており、即死しました。生存者も、事故の直後に放出された大量の汚染物質から避難するため、街を離れたのです。当時の汚染濃度は、防護服で防げるレベルではありませんでした」


「そう……」


 その後、この都の住人達は散り散りになって、各地でひっそりと暮らしているそうだ。


「街には野盗の類も現れましたが。部分的に都市防衛機能が生きているため、撃退されました。最近は灰の有害性が広く知られるようになったため、それも来なくなりましたが」


 この都は、盗賊にすら見捨てられたのだ。


 誰も訪れることのない街。


 都全体に漂う、この言いようもない寂寥感は、そのせいだろうか。

 主人が去った無人の街で、自動人形オートマタ人造人間ホムンクルスたちだけが取り残されたのだろう。


「自分は。任務を終えて機能を停止していたところを、生き残ったマスターの弟子たちの手で再起動、および改装されたのです」


 マキアの目に、花瓶に生けられた花が目に入る。


 5年も経つというのに美しい姿を保ったままの白薔薇を不思議に思い、つい手を伸ばすが、それは巧妙に作られた造花だった。


(……綺麗、だな)


 時を止めたような灰色の部屋で。


 その造花は、ただ一人、孤高に咲いているようにも見えた。

 誰に見られることもないというのに、健気けなげにも。


 マキアが訊ねる。


「そういえば聞いてなかったけど、あなたの名前は?」


「固有識別名はありません。ローレライ型自動人形オートマタの試作3号機です」


「じゃあ、ローレライって呼んでもいい?」


「ローレライ型は。自分だけではないので、その呼称は混乱を招く可能性があると推測します」


 理屈っぽいが的を得ている。マキアはしばらく腕を組んだ。


「じゃあ……単純だけど、ローザ、はどう? あなたの髪も服も、本当にこの白薔薇みたいに真っ白で綺麗なんだもの」


 白薔薇の造花を手に、微笑むマキア。


 ローザと呼ばれた自動人形オートマタは、しばらく微動だにせずに、その顔を見つめていた。


「……大変失礼しました。固有名で呼ばれたことがないので、挙動が遅れました。そう呼称して頂いて構いません」


 相変わらず、その声からは何の感情も読めない。


 マキアが戯れにローザの胸にその造花を飾ると、彼女は不思議そうな顔で、ずっとその白薔薇を見つめていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「死人がたくさん出たってのに、悪霊レイスの一匹もいやしねェ。なんだよ、ここは」


 民家を出て、マキアたちは再びローザの先導で街を歩いていた。


 久々に口を開いたカイがいくら鼻をうごかしても、戦場や疫病の跡には付き物の、アンデッドの類の気配は一向に感じられない。


「事故の影響で。この地の魔力マナは、ほぼ枯渇しています。霊体が存在を維持するのには極めて過酷な環境です」


「その時のこと、詳しく聞かせてくれる?」


「……5年ほど前。博士は、ついに最高傑作ともいえる発明品を完成させました。周囲の微弱な魔力マナを集め、凝縮させて無限に魔力を生成する反応炉―――永久機関・「竜の心臓」ドラッヘ・オーフェン


 それは、まさに画期的、いや歴史的ともいえる機械だった。


『後世、歴史家は時代を、この機械の誕生前と誕生後で分けるだろう。パラダイムシフトを具現化した存在が、ここにある』


 既に老年だったフィーネシュタール博士は、そう言い切ったという。


「大出力の「竜の心臓」ドラッヘ・オーフェンを搭載し、博士の目指した理想郷ユートピアの核となるべき存在だったのが、ゾルダーテンラーゲーでした」


 ローザは、都市の中央に向かって歩みを進める。


 都市の外縁部では、建物はほとんどそのままの形で残されていたが、都市の中央に近付くにつれて崩壊が激しくなっていく。


 瓦礫の山を掻き分け、時に道を迂回しながら進んでいた時。不意に、瓦礫の中から鉄の塊のような、昆虫に似た化け物が飛び出してきた。


「Biiiiiiiiiiiiiiiiiii!」


「ローザ、危ない!」


 耳障りな音を立てて、巨大なカメムシのような虫が襲ってくる。マキアは咄嗟に背中の大剣を抜き、切り払った。


「か、硬い……っ!?」


 頑丈な装甲に一度は刃が弾かれるが、すぐに甲殻類のモンスターとの戦いを思い出し、柔らかい関節部を狙って突きを繰り出す。


 爪による攻撃をかわしながら、頭部と胸部の間に何度か剣を突き立てると、機械の昆虫の目からは光が消えて動かなくなった。


「助かりました。自分のレーダーが機能していないので、接近に気付けずに失礼しました」


「なんだァ、こいつは?」


「ゾルダーテンラーゲーに搭載された、小型の自律兵器です。街の警備用の機体と違ってこちらの命令を受け付けず、反射的に襲ってきます。休眠状態で埋まっている機体が、相当数あるようです」


 オイルを流しながら、鉄塊の骸と化したそれを一瞥してから、ローザはさらに先を指差した。


「まもなく。事故現場です。足場が悪い上、汚染濃度が未だに高いので、少し離れた場所から見下ろしましょう」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これが――――」


 眼下に見える街の数区画ほどもある大穴の奥底からは、禍々まがまがしい紫色の光が鈍く光っていた。


 穴の中から、間欠泉のように、時折白煙のように” 死の灰 ”が吹き上がる。


爆心地グラウンド・ゼロ


 大穴からの上昇風に前髪を揺らせるマキアに、ローザが背後から語りかける。


「ゾルダーテンラーゲーの「竜の心臓」ドラッヘ・オーフェンが、初起動と共に反転。暴走した場所です」


 ” 死の灰 ”とは、魔力マナを吸い尽くされた土や生き物の遺体の成れの果てだという。5年経つというのに、この禍々しい炎は未だ消えていないのだ。


 穴の周囲の建物はほとんどが吹き飛び、かろうじて残ったものも表層が溶けて巨大な飴のようになっている。そのうちの一つが目的地だとローザは言った。


「そこに、ローザの弟さんがいるの?」


「……いえ。ここは汚染濃度が高いです。急いで離れましょう」


 ローザはマキアの質問に、詳しくは答えなかった。



 ローザの案内する建物は、外見こそ見事に高温で溶けていたが、中身の損傷は意外にも軽微だった。


 なにやら重要な建物だったらしく、いくつもの重厚な隔壁を、ローザが操作して開いていく。先ほどのような機械の昆虫も、何度も襲ってきた。


「……はー、疲れた……」


 10体ほども叩き斬っただろうか。奥に進むうちに遭遇する機体が変わっていったが、それらは機竜の子分ではなく、元々備わっていた警備用兵器だという。


 それだけ大切なものを守っているのだろう。


「お疲れ様でした。目的地に到着することができました」


 建物の最深部、研究施設と思しき部屋である。ローザは重厚な金庫のような装置を開いた。中から出てきたのは、鈴に似た形状の小さなパーツだ。


 何の部品かは分からないが、とても重要なものらしくローザも丁寧に扱っている。


 ―――その時。


「おい」


 カイの低い声が響いた。


「まさか、そのちっこい部品が、テメェの弟だってんじゃねェだろうな? 勿体つけてねェでさっさと白状しな、木偶人形」


 隻腕の左手が伸び、ローザの首を掴んで、爪を食い込ませて締め上げる。

 ローザは全く人形のように無表情で、されるがままに宙に足を浮かせた。


「カイ!」


「こいつは何かを隠してやがる。言えよ」


 慌てるマキアの声と、睨み付けるカイの隻眼の眼光にもひるまずに、ローザは一つ頷いた。


「分かりました―――」


 カイが手を放すと、ローザはあろうことか着ている衣服に手をかけた。


 上半身が裸となり、柔らかい樹脂でできた乳房が露わになる。胴体部分も球体関節で結合されていた。肌の色だけが人間と少しも変わらない。


「ちょ、ちょっと!」


 自動人形オートマタとはいえ、あられもない姿に、思わずマキアが目を隠す。


 ローザの胸部が開くと、機関部が露出した。


 沢山の歯車や真空管が絡み合う機関部の中には、窪みがあった。先ほど手に入れた鈴のようなパーツが、そこにぴたりとはまり込む。


「――これは。取り外されていた、自分の主動力源の起動キーなのです。これまでは補助動力で動いていたため、機能の大半が使用できませんでした」


 止まっていた機関部の歯車が、動き出す。


 機関部からは力強い駆動音と、淡い紫色の光が溢れ出した。


「……どっかで見たことある光だなァ、おい?」


 そう。


 それは奇しくも、先ほど爆心地グラウンド・ゼロで見たものと全く同じ光だったのだ。


「自分達、ローレライ型は。「竜の心臓」ドラッヘ・オーフェンのプロトタイプを搭載した試作機です。1号機大姉様の反応炉は、最後まで起動しませんでした。2号機小姉様の反応炉は暴走したので、破壊されました。度重なる調整で初の安定駆動に成功したのが、3号機自分で――――――――」


不意に、ローザの記憶装置に不具合が生じた。




” ついに、成功だ―――。よくやったぞ、私の天使よ――――!! ”




「ローザ……?」


 アーカイブされていた古い音声情報がなぜか再生され、挙動が止まる。それは一瞬のことで、すぐに状態は正常に戻った。


「――失礼しました」


 それまで暗かったローザの瞳にも、紫色の光が宿った。


 先ほどまでとは違い、身体からは魔力が溢れている。人工的な、いびつな光の魔力ではあったが。


「マキア様、カイ様。ここまで到達できたあなたたちに、お願いがあります」


 ローザは着衣を直すと跪いて床に拳を付き、最敬礼と共にマキアたちに言った。



「自分の弟―――機竜・ゾルダーテンラーゲーを破壊するのを、手伝ってほしいのです。フィーネシュタールの呪われた鬼子おにごを、どうか、その狂気と苦しみから救って下さい」



 その声は―――あるいは、ランデスハウプトシュタットの灰となって風に消えていった、数千人の無念、怨嗟、慟哭の声だったのかもしれなかった。



(次話「機竜攻略」に続く)

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