※イケメンはメイド服がよく似合う

 ――この野郎ついに権力で欲望を満たそうとしやがるか!

 ゴミを見るような、いやゴミを見る目で見ていると、セバスはいつも通りの冷静な口調で言った。


「先ほど、メイドが一人過労で倒れまして……これに関しては準備の責任者である私の責任です」

「それで?」

「本番……本日の夜ですが、どうしてもメイドの数が足りないのです。そこで……」


 セバスはこちらを指差した。


「あなたに白羽の矢が立った、というわけです」

「なるほど全く意味がわかりません」


 この野郎何言ってやがる。仮に俺がメイドの代わりをしたところで全体の数としては変わらんじゃないか。なぜわざわざ女装せねばならんのだ。

 そのことを伝えると、セバスはいけしゃしゃあとこう返した。


「メイドの方が受けがいいんですよ。いや私個人の考えではなく、あくまでお客様の立場で考えてみてですよ。それに、あなたの執事としての仕事は私がカバーできますし」

「失礼します」


 筋が通っているような気がしないでもないが聞く気にすらならない。俺は部屋を出ようとした。


「そう言えば、セシリアお嬢様から書状を預かっておりました」

「えっ?」


 振り返ると、セバスは一枚の紙を広げこちらに見せた。そこには大きな文字で、ごく簡潔にこう書かれていた。


 ――やってね。


 つまりはやれということである。絶対に面白がってる。さては発案もお嬢様か!


「ご覚悟なさいませ」


 かくして、セシリアお嬢様の誕生パーティーは開宴した。

 俺? セバスの無駄なテクニックもあって美少女メイドに変貌したよクソッタレ。


「お飲み物をどうぞ」


 変声期前なこともあって、声を出しても男とバレることはまずない。集まった上流階級の人たちに給仕をしていると、突如会場の照明が落とされた。


「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。本日の主役、セシリアお嬢様の入場でございます」


 セバスの声と共に、ステージがピンスポットで照らされた。と思うと、リリアさんとセシリアお嬢様が登場した。

 母娘が軽くお辞儀をすると、そこかしこから拍手が起こった。


「えー、皆様。我が娘セシリアですが、この度九つになりました。これも一重に皆様のおかげです。御礼申し上げます。本日はどうか、ゆるりと楽しんでいってくださいませ」


 リリアさんが簡単な挨拶を終えると、会場が再び明るくなった。次第に会話も再開され、元の賑わいが戻る。


「また、本日は当主レオス=ヴァイカリアスが公務により欠席しております。あらかじめご了承ください」


 そう言えば、レオスさんは最近仕事が忙しいようで屋敷を空けることが多い。それにしたって娘の誕生日くらいは休めばよいと思うのだが……


「立場が立場だしそうもいかないか」

「そこのメイド、ちょっといい?」


 声をかけられ、ハッとして俺はそちらを振り向いた。振り向いて、ギョッとした。


「ブッ……!!」

「え、大丈夫?」

「も、もうしわけありません。何でもないです」


 ――嘘だろう!?

 そこにいたのは、昼間に成り行きで口説いた例の青髪の少女だった。もう二度と会うことはないと思っていたのに……

 動揺を悟られぬよう気を付けて、俺は用件を尋ねた。


「いかが致しましたか?」

「セシリア嬢にプレゼントを渡したいんだけど……」


 そこまで言って、彼女はセシリアお嬢様の方を見た。なるほどそこには数え切れないほどの大人がごった返しており、とても少女が割り込める雰囲気ではなかった。


「あの様子だから、代わりに渡しといてちょうだい。シエル=ブランケットから、誕生日おめでとうとだけ伝えといて」

「かしこまりました」


 青髪の少女もとい、シエル=ブランケット。その名を聞いて、俺は自分の行いを酷く後悔した。

 レーテル国では王の直轄地以外の土地を三つに分け、それをヴァイカリアス家を筆頭とする貴族に収めさせている。必然的に国内には三つの大きな貴族が生まれるわけだが、何を隠そうブランケット家もその一つなのである。

 少しでも変な方向に噂が流れれば……考えるだけで恐ろしい。


 ――ファック!


 小さな箱を受け取って、俺は急いでその場を離れようとした。あまり一緒にいたくはない。


「あ、待って」

「……な、なんでございましょう」

「うーん……」


 俺の顔を見つめて、シエルは何かを必至に考えている。

 メイクとウィッグのおかげで本来の姿とはかなり違うが、こうジロジロ見られては危ない。全力で顔を逸らす。


「ねえあんた……もしかして兄弟いない?」

「い、いえおりませんが……」


 否定すると、シエルはそれ以上の詮索はしなかった。メイド姿で助かった。セバスが変態で良かった。


「ごめんなさいね。それじゃあ、プレゼント頼んだからね」


 そう言ってシエルは俺の元を離れた。俺はホッと一息ついて、自分の仕事に戻った。

 二時間程度経過しパーティーも終わりが近付いて来たころ、俺はあることに気付いた。

 会場のどこを見ても、セシリアお嬢様がいないのだ。


 ――お手洗いにでも行かれたのかな。


 その時だった。

 俺の耳は、誰かがすすり泣く声を聞いた。昼間と同じ感覚。場所は、おそらく屋敷の裏。それも――


「お嬢様……?」


 忙しくしている先輩たちに心の中で謝罪して、俺は声の聞こえる場所へ向かった。

 屋敷の裏など、普通なら誰も通らない。そこで泣いているとすればよっぽどだと思った。俺に何ができるのかは分からない。それでも、気付いてしまったのだから行かないという選択肢はなかった。

 裏には、本当にお嬢様がいた。俯いており、俺に気付いた様子はない。深呼吸して、俺は口を開いた。


「風邪をひきますよ」

「……ッ!? なんでここが……」

「抜け出すのが見えまして……」


 泣き声が聞こえた、とは言わなかった。得体の知れない力だからこそ、極力他人には教えないようにしておく。

 涙が痛々しかったので、俺はとりあえずハンカチを渡した。お嬢様は無言で受け取ると、そのまま何も言わず涙を拭った。


「何かあったんですか」

「その声……もしかしてアル……?」

「そうですけど」


 その瞬間、お嬢様は泣きながらではあるが笑顔を見せた。


「フフッ。似合い過ぎでしょ」

「……喜んでいただけてるようで何よりですよ」

「セバスもいい仕事してくれるわ」


 まさかこの女装が己を窮地から救いお嬢様の笑顔を作るとは……複雑な気持ちである。

 何だか気恥ずかしくなったので、俺はシエルからの頼まれごとを済ませることにした。


「ブランケット家のシエル様から、こちらを預かりました」

「シエル? ふーん……」

「お誕生日おめでとう、と。お知り合いですか?」

「まあ、年が近いから。出来の悪い妹みたいなもの」


 お嬢様は箱を開けた。中には、独特の装飾が施された手鏡が入っていた。


「また無難な物を……」

「という割には、嬉しそうですね」

「……ねえ、アル」


 何でしょうか、と口を開こうとした時だった。俺はお嬢様の行動に言葉を失った。


「あ、あの……?」

「なに?」

「いやその、これはちょっと……」

「少しの間だから。いいでしょ」


 とは言っても――さすがに抱きつかれるのはまずい気もするが。いや俺に日本人の心があるからそう感じるだけだろうか。きっとそうに違いない。だからドキドキしてはだめだ。精神年齢的にも。


「アルはさ」

「はいっ!?」


 情けない声が出てしまった。シエルもこんな気持ちだったのだろうか。だとしたら悪いことをした。

 お嬢様は構わず続けた。


「今日の誕生パーティー、どう思った?」

「皆様、お嬢様の誕生日をお祝いしてるように見えましたが……」

「違うよ」

「え?」

「面白いんだよ。みんな、あたしの前で同じことを言うの。自分の名前と、本日はおめでとうございます、それと……」


 お嬢様の俺を抱きしめる力が、少し強くなった。


「お父上によろしくお伝えください」


 ――なるほど。

 そりゃあ泣きたくもなるわけだ。


「今日集まった人のほとんどはね、あたしの誕生日なんてどうでもいいの。大事なのは、ヴァイカリアス家当主への評価を上げること。だから言葉もプレゼントも、心がこもってない」


 小さな肩が、かすかに震え始めた。

 大貴族ヴァイカリアス家のわがまま娘。でも実際は、孤独でか弱い十歳の少女なのだ。

 本当は、もっと親に甘えたいのだろう。しかし下手に大人びている分、それが叶わないことを知ってしまっている。それだけではなく、同年代の遊び相手もいない。

 ――寂しいよな。だから俺に……


「別に、大きな家がなくてもいいの。大きなケーキじゃなくてもいいの。ただ、パパとママがいて、ケーキを三人で分け合って、笑顔で美味しいねって言えれば……それでいいのに」


 何も言えなかった。孤独の痛みは分かる。が、それは前世でのこと。今の俺が何を言っても、届かない。

 だから何も言わず、俺はお嬢様の頭を優しく撫でた。静かに、お嬢様の気持ちが落ち着くまで待った。


「……年下のくせに」

「落ち着きましたか?」

「……執事のくせに偉そうに」

「申し訳ございません」


 しばらくして、お嬢様は俺から離れた。俺は何か元気付けるものでもないかと考えて、そういえばと思い出した。

 ポケットを探ると、それは見つかった。


「お嬢様。これをどうぞ」


 ケーキを取りに行った時、店主からもらったクッキーである。お嬢様はそれを受け取ると、半分に割って片方を俺に差し出した。


「よろしいのですか?」

「そういう気分なの」


 俺はそれをありがたく頂戴した。お嬢様が食べるのを待って、口に運ぶ。

 お嬢様はしばらく口を動かして、ぽつりと呟いた。


「……おいしい」

「マルクスさんのお墨付きですから」


 誰かとクッキーを分けて一緒に食べる――俺もお嬢様も初めてのことだった。

 だからだろうか。そのクッキーはやたら甘かったし、俺の心境にはある変化が現れた。


 ――守りたい。


「……お嬢様」

「……なに?」

「お誕生日おめでとうございます」

「……ありがと」





 その一週間後の出来事である。

 俺はお嬢様を連れて廊下を走り抜けていた。ポケットには、昨夜手に入れた厩舎の鍵。

 そして目の前には、変態執事長セバス。


「どこへ行く気ですか」

「そこをどけろ……」

「セバス、見なかったことにして」


 セバスは毅然とした表情で言った。


「執事長として、見逃すわけにはまいりません」

「またメイド服来てやっても構わない!!」

「……なりません」

「セバス!!」


 セバスはなお毅然とした表情で言った。


「猫耳を付けてくれますか」

「交渉成立だ!!」


 変態執事長という障害を飛び越え、俺たちは厩舎へ入った。

 ペガサスに跨り、腹を蹴る。


「お嬢様! しっかり掴まっててくださいよ!」

「本当に大丈夫?」

「心配ご無用!」


 ペガサスの身体が宙に浮いた。


「いざ……王都へ!!」

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