※イケメンだからできたこと
ずっと、検証したかったことがある。一体どこまでなら許されるか、ということである。
ここは人通りが多そうには見えない。素性さえ明かさなければ、何かあってもきっと大丈夫だ。俺の白い髪は珍しいそうだが、それでも白髪金眼の人間は探せばそれなりにいる。
日本ならばまだしも、ここでなら大丈夫なはずだ。
それに何より、俺には自信があった。確実に惚れさせる自信が。自惚れではない。生まれ変わったからこそ、客観的に自分の姿を見れる。俺は誰よりも魅力的だ。
「魔族とか人間とか……そこに一体何の差があるんだ?」
「えっ……」
言いながら、俺は距離を詰めた。
恐らく、この問いに彼女は答えられない。もっと言えば、ほとんどの人間がすぐには答えられない。本物の魔族を見る機会というのは、それだけ皆無なのだ。
当然俺も魔族がどんな姿をしているのかは知らない。人間と同じかもしれないし、もしかしたら化け物のような姿かもしれない。が、俺がそれを知っている必要は今はない。
「例えば君が魔族だったとしても……俺は君に魅力を感じるだろう」
「はっ……!?」
少女が後退りする。逃がしはしない。俺はさらに接近した。
恥ずかしがってはダメだ。大丈夫。俺は最強の武器を持っているも同然なのだ。堂々と振る舞ってさえいればいい。
「君はどうだ? もし俺が魔族だとしたら……どう思う?」
手下の少女たちが邪魔する気配はない。それもそうだろう。こんな光景、どう見ても異常だ。
俺がイケメンだから成立しているだけで、この顔でなければとっくに人を呼ばれている。
青髪の少女の背が壁にあたり、ついに退路が断たれた。
「答えてくれ。どう思う?」
「ど、どうって……」
吊り橋効果、というものがある。
恐怖による心臓の高鳴りを、恋によるものと勘違いしてしまう現象である。お化け屋敷がデートスポットによく使われるのはこれの影響とも言われている。
今、彼女は突然現れた見知らぬ超絶イケメンに迫られ、正常な思考ができていない。吊り橋効果が十分に期待できる。
俺は彼女の顎を持ち上げた。昔に、漫画か何かで見たものだ。俺の方が少し背が高いことが幸いだった。自分より大きい相手には使えない技だからだ。
「俺は別に構わない。そこに愛があるなら……種族の違いなんて些細なものだ。違う?」
「違わ……ない……?」
――さあ、勝負はここから。
確かめさせてくれ、この身体の可能性を。確信に変えてくれ、俺の疑念を。
「君とここで会えて良かったよ」
何が良いのかなど気にしてはいけない。それっぽいことを言えば、正常な思考ができていない彼女は勝手に自己解釈してくれる。さあ機は熟した。
――刹那、俺は彼女の唇に己の唇にを重ねた。
「…………」
「むぅっ……!?」
俺は童貞だが、キスならガーベラさんに死ぬほどされているから慣れている。ガーベラさんのやたら巧妙だったやり方を思い出す。少し強引に舌を入れ、絡める。手を頭の後ろに回し、逃げ道を完全に鎖す。
強姦紛いの行為、間違いなくアウトのアクション。
――だからこそ、これで大丈夫なら本物だ。
数秒の後、俺はゆっくりと唇を離した。
「……ごめんね」
「あ、あぁ……ふぇ?」
トロンとした表情、状況が飲み込めてないのか。彼女はしばらく瞬きを繰り返していた。
やがて、
「あ、あんた……! あ、あたしの……」
口をパクパクさせながら、彼女は必死にそんな言葉を紡いだ。
――もう一押しだ。
俺は渾身の恰好いい表情を作った。
「君があまりにもかわいいから、俺もどうかしてしまった」
「かわ……!? そ、そんなこと……」
よくもまあこんな気味の悪いセリフが吐けるものだと、自分で思う。前世で二十年間もの間、妄想を拗らせ続けた賜物である。
「お、お前たち! 帰るわよ!」
「はっ……はい!」
手下をまとめた後、少女は俺の方をチラリと見てすぐに目を逸らした。そのまま口にした言葉で俺は確信した。
「あんた……名前は?」
――惚れてる。
どう見ても、恋する少女のそれだ。あんな強引なやり方で、俺は一人の名前も知らない少女を惚れさせた。
――この身体は最強だ。
にやけそうになるのをこらえて、俺は神妙な面立ちで言う。
「今日のことは忘れてくれ。何か悪い夢を見たと思って」
「無理に決まってるでしょ……!? い、行くわよ!」
申しわけないが、二度と会うことはないだろう。
ため息を一つ吐いて、俺は虐められていた赤髪の少女に目を向けた。その瞬間、明らかに警戒されたのが分かった。ちょっとショック。
いや、考えてみれば当然だ。一連の流れを見ていれば警戒しない方がおかしい。
「なんで……助けてくれたの」
「そんな警戒しないでくれ。ただ……困ってるようだったから、思わずね」
頬を掻いて、俺は右手に握った首飾りを差し出した。先ほど、密かに回収しておいたのだ。
「大事な物なんだろ? ちょっとは反撃しないと、付け上がらせちゃうだけだぜ」
「……そんな簡単な問題じゃないもん」
「え?」
少女は俺の手から首飾りを取ると、
「ありがと」
それだけ言って、疾風のごとく去っていった。壁を伝い瞬く間に見えなくなる、それは俄には信じ難い運動能力だった。
俺が飛び出す直前に感じた悪寒は正しかった。もし彼女があのまま反撃に転じていれば――
「魔人……か」
呟いて、俺は重大なことに気付いた。
「やっべぇケーキ取りに行かないと……!!」
思わぬことで時間を食ってしまった。急いで駆け出して、俺は指定されたケーキ屋へ向かった。
ケーキ屋は王都の中心からはやや外れた場所に存在していた。やけにこじんまりしていて、貴族が利用するには庶民的すぎる感じがする。
「おじゃまします。ヴァイカリアス家の者ですが……」
「ん! 来たか! 待ってたよ!」
明るくそう返してくれたのは、店主と思わしき褐色の肌を持つ女性だった。というより、それ以外に従業員がいないように見えた。
「セシリアお嬢さんにはいつも贔屓にさせてもらってるからね。腕によりを掛けて作らせてもらったよ」
そう言いながら、彼女は奥へ入ると何やら大きな入れ物を台車に載せて運んできた。
全長2mはあるだろうか。
「え、まさかこれですか!?」
「ああ。名付けてジャイアントスーパーテクニカルライトニングバージリアンケーキ。自信作だよ」
ウェディングケーキじゃないんだぞ。こんなものどうやって持って帰れと言うのだ。
「生憎、うちは配達はしてなくてね。結構重いけど……ま! 頑張って持って帰ってくんな! 」
「どう頑張っても崩れる気が……」
「ああ、それなら心配いらない。一時的に魔法をかけてあるからな」
「魔法……」
「料理人に限らず、二流と一流の差ってのはそこさ。興味があるなら坊主も勉強してみるといい」
魔法がある、ということは何となく分かっていた。日常の中にも幾つか使われているからだ。例えば、屋内での明かり。元の世界での蛍光灯なんかは、光を生む魔法でその代用がされている。
詳しいことまでは不明だが、この世界では生活の基盤に使われる程度には魔法が一般化している。
そして店主の言葉から察するに、この世界での一流とは魔法を仕事に応用できる人間のことを言うらしい。
「ほんじゃまあ、確かに渡したからな。お嬢さんの誕生パーティー、成功を祈ってるぜ」
「ありがとうございます」
俺は笑って、至って普通にお礼を言った。すると店主は微笑んで、カウンターから一つの袋を取り出した。
「坊主、お前かわいいからこれやるよ」
渡されたのはホワイトチョコでコーティングされたクッキーの様なものだった。ほのかに甘い香りがする。
つくづくイケメンとは得をするものだ。お礼を告げ、ありがたく頂戴した。
「ああそれと、マルクスによろしく伝えといてくれ。ちょっとは痩せないとほんとに死ぬぞ、ってな」
「アハハ……伝えておきますね。それじゃあ」
美少年が巨大ケーキを運ぶ珍しい光景からか、帰りの道ではずいぶんと視線を浴びたが特に問題は起こらず屋敷までたどり着いた。
時間は十三時の十分前。ちょうどいい時間だろう。ペガサスを厩舎に戻して、俺はセバスを探した。
「お疲れ様です」
「うわっ!?」
訂正。探す必要はなかった。
「そろそろ戻る頃合いかと思いまして……では、厨房へ運んでおいてください。指示は追ってしますので」
「かしこまりました」
言われるままに厨房へ向かう。
厨房では料理長のマルクスさんをはじめ数十人のコックたちが忙しく働いている。
「いいかオメエら! ヴァイカリアス家の名がかかってるんだからな! 半端な仕事は許さねえぞ!」
「シェフ! それもう四十三回目です!」
「ばーろー!! それだけ心込めろってこった!!」
入っていいものかと入口で見ていると、マルクスさんがこちらに気付いた。
「お!? アル坊じゃねえか! そのでっけえのはケーキか!? あの野郎バカみたいなもん作りやがって! 結婚式じゃねえんだぞ!」
あの店主と親しいのか、口調とは裏腹にマルクスさんの顔はにこやかなものだった。
マルクスさんは巨体を揺らしてこちらにやって来た。
「とりあえず冷蔵室に運ばねえとな。暇なら来るか?」
「じゃあお言葉に甘えて……」
指示が来るまでは暇である。俺はマルクスさんの後に続いた。
冷蔵室は厨房と近い位置にあった。重そうな扉を開けると、学校の体育館並の広さはある空間がそこにはあった。
「ひろ……」
「元は戦争が激しかった時代に作られた貯蔵庫らしいぜ。ちょうどいいから魔法で室温を下げて有効活用ってわけだ」
サラッと言っているが、この規模の空間を丸ごと冷蔵庫に変えるというのはかなり大掛かりな魔法を使わなければならない。やはり大貴族。シェフからして格が違う。
適当な場所に置くように言われたので、中に入りそっとケーキを置いた。
中はかなり温度が低く、数秒いるだけで身体が震えてきた。急いで脱出する。俺が震えているのが面白いのか、マルクスさんは笑って言った。
「ハッハッ! 夏はけっこう重宝するんだぜ。厨房は特に暑いからな。それはそうと……あいつから何か言われたりしてねえか」
その言葉で、俺は伝言を預かっていたことを思い出した。
「簡単に言うと……痩せろという言葉を」
「あの野郎……仕方ねえだろうがよ。俺の作る料理が美味すぎるんだから」
確かに、従業員が普段口にする料理――いわゆるまかない飯――の質からして、マルクスさんの腕は疑うまでもない。
――この人実はかなりつまみ食いしてるんじゃ。
その疑問は口に出さず、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「あの女の方とはどういう……」
「王宮にいた時の仕事仲間さ。ま、菓子作りに関しては誰よりも信頼できる。だから味見もしねえし、何かあったら俺が責任を取る」
その言葉には、一流の凄みとも言うべき何かが感じられた。俺のような外見だけの魅力ではない、内側のもの。
――これが一流か……
やはり何かのリーダーとはそれ相応の風格を持っているものだ。恐らく、セバスも。
「新しい仕事を与えに来ましたよ」
「……もう驚かないぞ」
「マルクス、料理の準備は間に合いそうですか?」
「誰に言ってる。任せな」
セバスは頷いて、俺の方を見た。
「とりあえず、私の部屋へ」
「え? ここで言ってくれれば……」
「ここではまずいのです」
何かただならぬものを感じたので、俺はおとなしくセバスの部屋まで同伴した。
簡素な机と椅子、それにベッドと本棚だけの殺風景な部屋で、俺は衝撃的な言葉を聞いた。
「メイドになってください」
「は?」
「メイドになってください」
「はぁ?」
前言撤回。この変態に一流の風格があるとは思えん。
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