召喚成功……?
まず、自らのことを紹介せねばならないと思う。
名前は
言っておくけど、決して厨二病じゃない。その証拠に、魔法が存在しないこの世界であっても、俺はその行使に成功している。まぁ、存在しない、というのは言葉のあやだ。
父親は、海外に長期出張中。母親もそれについて行っている。
去年くらいかだろうか。別段出世に熱心ではなかったはずなのに、あれよあれよという間にトントン拍子で出世してからというもの海外出張が多くなり、最終的には海外支社へと出向となった。
俺も一緒に行こうかと思ったんだけど、転校――しかも、海外へ留学というのは辛かろう、ということで両親の意向によって日本に留まることとなった。
そのため、この一人で住むには大きすぎる家でのんびりとした日々を過ごしている。
★
「…………」
夜明け前の薄暗い部屋の中で、明かりも点けずにただひたすら息を潜めて犬を撫でる。
魔法陣から出現した女の子は、隣の客室で寝かしている。
あの後、俺はパニックになりながらも回復魔法で治療を施し、洗浄の魔法で体を綺麗にしてから、家に連れ帰った。
本来なら救急車を呼ぶ状況だけど、救急隊員に女の子のことを聞かれてどう答えろというのか。「魔法の実験をしていたら、魔法陣から飛び出してきました」なんて言った日には、めでたく俺もそれ相応の施設へぶち込まれるだろう。
だから、これは必要な処置なのだ、と自らに言い聞かせている。
「カトル。あの子ってどこから来たんだろーねー」
犬種までは分からないが、長い毛を持つ愛犬カトルを抱きかかえながら独り言を話す。カトルは俺の話を理解しているような顔をして俺を見た後、自由な腕を器用に動かしてクッションを引き寄せた。
夜も遅い――すでに朝だけど――ので寝ろ、ということらしい。
今日は土曜日で学校も休みなので、今居るリビングで寝こけても問題はない。しかし、いつ連れ帰った女の子が目を覚ますかも分からないから、寝るに寝られないでいた。
それをカトルに話すと、カトルは「仕方がないな」と言わんばかりにため息をついてソファに横たわった。横たわったといっても上半身は起こしているので、俺の代わりに不寝番を務めてくれるようだ。
「いや、カトルのことは信じているけど、寝たら簡単に起きられる自信が無いんだよね……」
最近は、あの大規模魔法陣を夜な夜な描いていたので、寝不足の毎日を送っていた。今日は久しぶりにゆっくりできる、と体を休みモードにしていたところにこの不寝番なので、心も体もほとほと疲れ果てている。
こんな状態で寝てしまっては簡単に起きることが出来ないだろう。そうすると、女の子が目を覚ました時に、今の状況を説明してあげられる人が居なくなる。
まぁ、言葉が通じればの話だけど。
「――ッ!?」
そんなことを考えていると、隣の部屋から床を叩く音が聞こえた。女の子が目を覚ましたのか、それとも寝返りをうった時に、たまたま床を叩いたのか分からないけど、一応様子を見に行くことにした。
客室は和室なので、和紙が張られた襖を静かに開けて中を覗くと、そこには上半身だけを起こした女の子が頭を抱えて荒い息を吐いるところだった。
「――大丈夫?」
「ツッ!?」
突然声をかけられたことに驚き、射抜くような瞳で俺を睨んできたけど、すぐに敵意が無いことを察してくれたようで、警戒心のようなものが幾分か和らいだ。
腰を低くして、なるべく視線の高さが合うようにしながら、女の子の手前1メートル地点に座った。
「ここは、どこですか?」
俺が座ったことを確認してから、女の子は聞いてきた。日本ではない
回復魔法で怪我を治したはずだけど、女の子は痛みが残っているのか、体を庇うように自らを抱きしめている。
「ここは俺の……いや、父親の家だけど、俺の家だよ。君は、魔法陣から出てきたんだ」
「覚えてない?」と聞いてみたけど、女の子は首を振るだけだった。
「俺の名前は、
「ドゥシャ王国聖上位騎士第一部隊所属のニース・カウンティノーです」
女の子――ニースの自己紹介を聞いた瞬間、雷に打たれたような気がした。気のせいではない。余りにも格好良すぎる自己紹介内容なんだ。
国名は分からないけど、聖上位騎士とか死ぬほど憧れるんですけど!
「えと……ニース、さん? は、どうして大怪我をしていたんですか?」
先も言った通り、ニースの怪我はすでに治療済みだ。魔法陣から現れた時に着ていた鎧はいつの間にか無くなっていたけど、傷は消えることは無かった。
消えた鎧も気になるが、まずは怪我のことを聞くのが先決だろう。
「あれは……あれは、身内の恥をさらしてしまうようで余り言いたくないのですが――」
「あぁ、いや。嫌だったら無理に言わなくても良いよ」
「いえ、私は死の一撃を受けました。こうして生き残っているということは、それは貴方が回復魔法で治療してくださったから。恩人には包み隠さず話さなければいけません」
いやいやいや、それを話すことで何かよからぬ事件に――俺を攻撃してくるような輩が来るんだったら、そんな話を聞きたくない。
「――ですが、話すことで貴方に害が及ぶ可能性があるため、私が血だらけだった理由は、申しわけありませんが聞かないほうが良いと思います」
「あ、うん、そうだね。俺もあまり聞きたくないや」
俺の心を察知してくれたように、ニースは話すのを止めてくれた。
うん、良かった。まだ死にたくないしね。
「しかし、何も話さないわけには……。それに、ここは私が居た世界とは違いますよね……?」
「分かるもんなの?」
「えぇ。
会話をしている俺を――俺の肩越しに何かを見たニースは目を大きく見開き、言葉を失っていた。
その様子に俺は自分の背後を見ると、そこにはカトルが静かに立っていた。
「ニースさんは、犬が苦手? 大人しいから大丈夫だよ。それに、苦手なら外に――」
「私の後ろに隠れてください!」
ニースは怒鳴るように大声を出すと、俺の腕を掴んで引っ張り、ニースがカトルから俺を隠すように立ちはだかった。
「
叫ぶと共に、ニースが魔法陣から現れた時に着用していた鎧が彼女の影から現れ、一瞬の内に装着された。
「えぇ!? どうしたの!? そんなに犬が嫌いだった!?」
ただならぬ雰囲気に、俺は焦りながらそんなことを聞いた。犬嫌いでも、冗談でも何かがおかしい。
「何言っているんですか! これは、魔女ですよ!」
「魔女? 何言ってんの?」
カトルはどこからどう見ても可愛い犬だ。大人しく、人が話している内容を理解しているかのように、よく言うことを聞く可愛い可愛いわんわんだ。
「これは、世界を三度焼き尽くした『厄災の魔女』が化けている姿です!」
血を流し過ぎたのか、それともよろしくない薬をやり過ぎたのか、と勘繰ってしまうほど、ニースは愛犬カトルに向かって吠えた。
こいつはヤバい、とどうにかカトルを連れて逃げ出さねば、と考えたところでカトルに変化があることに気付いた。
カトルが笑っているのだ。それも、笑っているように見える、程度では済まされないほどに。
「カトル……?」
「あーあ。ソウヤってば、よりにもよって聖上位騎士なんて面倒くさい奴ら召喚しちゃうんだなんて」
名を呼ぶと、カトルの口からは可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
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