戦占たる者どもの道しるべ

いぬぶくろ

プロローグ

 ぼやけた視界に映るのは、辺り一面に広がる血の赤だ。

 体の感覚はすでになく、今まで自分が何をしていたのか忘れてしまう……。

「寝ぼけてんじゃねぇぞ、ユウト! 立ち上がれ! 魔王は目の前に居るんだぞ!」

 獣の怒声か、と聞き間違えるほどの大声で俺の名を呼ぶのは、アリル王子だ。いや、すでに国は消滅・・したので王子ではないが、それでも俺たちは愛称としてその名に付ける。

 声に意識が覚醒し、アリル王子の方を見る。

 アリル王子の姿は凄惨なものだ。左腕は肩から千切れ、腹からは、臓物ワタがこぼれている。よくもまあ、そんな姿であんな大声がだせるもんだと思う。

「(ボロボロじゃねぇか……)」

 アリル王子の姿を見て感想を述べようと思ったが、俺の口は発声や飲み食いするどころか、その存在そのものが危ういほど崩壊していた。

 王子がこんな状態の俺に声をかけたのも、他に命令する奴が居ないからだ。

 すでに魔王討伐のために連れてきた仲間は死んだか、どこかで行方不明になっている。

 ここへたどり着くことが出来たのは俺とアリル王子とフリオの三人だ。

 何と無茶なことをする、と言いたくなるかもしれないが、大陸に住む人間は魔王配下に食われるか殺されるかした後で、戦えるのが俺たちと連れてきた仲間くらいだったんだ。

 そういえば友のフリオどこだろうか、と周囲に目を配ると、魔王の首に喰いつき噛み殺さんと言わんばかりの形相をした、フリオの生首が遠くに転がっていた。

 いつの間にか死んでしまっていたようだ。

「(ぐっ……うっ……)」

 剣を支えにして立ち上がるが、片足では少々バランスが悪かった。

 ここへ来る前に、暴虐の魔女と呼ばれる魔法使いに『不死の呪い』と呼ばれるものを付けてもらったのだが、この姿を見て分かる通り嘘だったようだ。

 有名で嘘をつかない、という魔法使いだったので、藁にもすがるつもりで頼り、威勢よく魔王に向かった結果がこれだ。魔法使いは信じるもんじゃない。

 ベショ、と少々情けない音が耳朶に響いた。

 その音の正体は、とアリル王子に目をやると、魔法から放たれた影に頭をやられたところだった。相打ちを狙って放たれたと思われる剣は、伸ばされた魔王の手に刺さることで止められていた。

 悲しいかな、魔王はその傷以外に傷らしい傷は無い。

 これが魔王と人間の差か――、と、このような状況であっても感心してしまった。

 腹に力をこめて、足を少し曲げる。

「(フッ!!)」

 息の代わりに血の塊を吐き出し、一気に跳躍してアリル王子の亡骸を見る魔王の懐に飛び込む。

 一閃を切り込み、防御態勢に入る影を薙ぎ払う。さらに踏み込み、魔王と肉薄する。

 そして、視界が真っ暗になる。

 一瞬、どうなってしまったのか分からなかったが、それが頭を潰されたからだ、と理解するのはもう少し後の話だ。

 剣を振るったつもりだが、実際は動いていないだろう。頭が潰れているのだから。

 つまり、俺は死んだ。結局、魔王に傷をつけることもできずに。



 くやしいな。



 そんなことを思う俺のところへ漂ってきた香りは、とても懐かしく暖かな匂いだった。

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