1.5-7 Ⅲレター・コード

「君に見てもらいたいものがあるんだ」


 そう言いながら、自分の席に座った蓮見は慣れた手つきでマウスを操作する。心なしかその表情は生き生きとしていた。


「これは……」


 画面には、緋色の戦士――ゼトライヱα―Ⅱ型が映っていた。平坦で邪魔なものが置かれていない土地に佇んでいるのを、俯瞰視点のカメラが捉えている。ブザー音と共に、不規則な間隔で二方向から高速で動く物体が戦士に向かって撃ち出される。物体のサイズは大小様々で、大きいものは中型バイクほどあったが、画面の中の戦士は朝飯前とでも言うように危なげなく対処していった。視界で捉えている物体は避ける。後方から迫る物体は体術で薙ぎ払う。


『コードO.H!』


 大量に押し寄せる小サイズの物体群に、戦士は手をかざす。すると、物体は全て空中で停止した後、そのまま地面に落ちた。これはおそらく、落下する少女を助けた時に使用した技だろう。どのような理屈でそうなっているか、塁には到底想像もつかなかった。


『コードC.B!』


 平面的な物体の軌道が立体的なものに移行する。頭上から迫る物体に向かって、直剣を構えた戦士が赤い粒子を帯びた刃先を振り上げる。物体は熟れた果実のように真っ二つに分かれ、戦士の両端を通過して落下した。信じられない事に、全く跳ねずにドスンと落ちた物体は金属製だった。


『コードA.R!』


 戦士がそう叫ぶと、全身を燃え上がらせるように赤い粒子を身に纏わせた。呼吸をする度に肩が上がり、身軽というイメージは消えて猛々しさをいっそう強めたようだ。そう感じた塁の感覚は間違っていなかった。

 直前では物体が放たれると同時に動いていたのに対し、粒子を纏った戦士は避けることすらしない。その行動が敢えての選択だと塁が気づいたのは、事の一部始終を見届けた後だった。戦士は豪然と、射出される金属塊を全てその身で受け止めたのだ。躱すこともいなすこともせず、ただ足元に何個も転がる鉄球を煩わしそうに蹴り飛ばしている。かろうじて人間らしさを保っているのが、却って存在の凄みを持たせていた。


「見ての通り、来臨形態で敵と対峙するときは、状況に応じたスキルコードを使うことが不可欠でしょう。もちろん、白兵戦の訓練も必要になりますけど」


 驚嘆している塁を眺めて満足そうにしながら、蓮見はそのようなコメントを挟んだ。塁は既にスキルコードというものを使用していたので、理解にはさほど困らなかった。物体の動きを止めたり棒状のものを剣に変えたり、理屈の方はさっぱりだったが。

 映像はさらに続く。塁が少し目を離した隙に、緋色の戦士はその右腕に燦然と輝く粒子を纏わせていた。


『コードM.D! どりゃあああぁぁぁ!』


 大きめの鉄球が撃ち出されたのが先か、戦士が叫んだのが先か。何かが激しくぶつかり合う衝突音だけが塁の耳に届く。映像が揺れに揺れて、その異常な威力を物語らせる。舞い上がった埃が霧散して地面に残っていたものを、もはや鉛色の何かとしか塁には認識できなかった。円い鉄球の中心が窪んでひしゃげて、形を成す前の粘土のような造形物となり、戦士の前に転がり落ちているだけだった。


「な、なんつー威力……!?」


 自分が来臨形態になったことも忘れて、志藤塁は画面の向こうの緋色の戦士に気圧された。塁は医務室で眠っていたブロンド髪の青年の顔を思い出す。彼がゼトライヱになって戦う姿というのを、いまひとつ頭に思い描くことができなかった。ましてや、これほどの力をその身に宿しているなどと。


「α―Ⅱ型屈指の威力を誇るスキルコードです。この場合は必殺技と言った方がいいかな」

「俺にも、こんな必殺技が打てるってことですか?」塁はハッとしてそう訊ねた。

「もちろん、タダでというわけにはいかないよ。君の中にあるP.Zを消費すれば、ね」

「ピー・ズィー?」

「ピュア・ゼトライヱ。ゼトライヱの純然たる力のことです。簡単に言えば、ゲームのMPのようなものさ」

「ああ、なるほど」

「もうひとつゲームで例えるなら、志藤君はレベル1の時点でMPが900もあったんだ。すごいと思わない?」


 900という微妙な数字がどこから出てきたのか不思議だったが、その数字は確かに普通ではない。


「エグいッスね、俺」

「相当エグいよ、君は。今度はこれを見て」


 映像が切り替わり、画面に映る戦士は常盤色を基調とした姿をしていた。見たことのある町並みの崩壊した様子に、戦士と相対する黒いヨルゴス。その常盤色の戦士が自分自身であることに気づき、塁は思わず「あっ」と声を上げた。

 左手にバットのような武器を携えた戦士は、唸り声を上げながら空いた右手を震わせる。すると、手の平から常盤色の光を帯びた球体が現れ、徐々にその大きさを増していく。


『俺の打球は――』膨れ上がった球体を真上に放り投げつつ、戦士は左打ちの構えを取る。そして、

『ラインドライブだあああああぁぁぁぁぁ!』


 ドローンから撮影された映像は、眩い光と同時に停止時間を迎えた。

 それでもなおモニターを見つめ続ける塁。表情豊かな彼が真顔のまま何を思っているかは、洞察力に優れた蓮見でも判別できなかった。


「ゼトライヱα―Ⅲ型、つまり君の来臨形態の映像です。多大なるP.Zを消費して光の球を生成し、ヤタガラスを撃退しますが、この後君自身も気絶します。実はこれ、大変貴重なデータなんですよ」

「そ、そうんなんスか?」


 眼鏡の男が急に興奮気味に話すものだから、塁は適当な相槌を打った。


「ええ。適合者が限界までP.Zを使用した場合どうなるのか、我々も把握できていなかったものですから」

「もしかして俺、死ぬかもしれなかった!?」

「でも死ななかった。とても重要な事です」


 蓮見が語気を強めて塁にそう告げる。死の恐怖が頭になかったからこそヨルゴスを倒せたのかもしれない。達成し難い事を成し遂げるには、得てしてそのような無謀さも必要である。単純な思考の持ち主である塁は、運が良かったなと思うだけであった。


「しかしながら、必殺技を放った後に毎回毎回気絶しては、身体の負担も考えると良いものではありません」


 デスクの方に向き直した蓮見は、キーボードを素早く打ち込んで次の画面に切り替えた。


「そこで次の戦闘から、Zレガシーの方で威力を調整したエネルギー弾を志藤君専用のスキルコードとして使用できるようにしておきます。君のP.Zの総量を考慮すると、エネルギー弾の生成は理論上最大で四発。四発を目途に僕たちも頑張ります」

「お願いします」


 男の発言からして、言うは易し行うは難しなのだろう。未だ何の実感も持てない塁だったが、とりあえず礼を述べて頭を下げることにした。挨拶に関しては、両親から厳しく躾けられていた。


「そうだ、大事な事を言い忘れてました。コード名はL.D.Sです。スキルコードを発令する際は、コードL.D.Sと口に出してください」

「コードL.D.S……」


 繰り返し唱える塁に、蓮見は頷く。


「ライン・ドライブ・ショット。君が光の球を打つ時に発した言葉を、引用させてもらいました。コード制を用いた史上初のⅢレター・コードです」


 蓮見が改まってそう言うものだから、塁としては何だか照れくさかった。何気なく言い放った台詞が、ヨルゴスを打ち倒すための技の名称に採用されるなんてと。前日まで一般人だった塁は知る由もなかったのだ。アルファベットが二文字から三文字になる。たった一文字増えるだけの、その意味の持つとてつもない重大さを。

 ドゴッと、塁の視界の外で壁を殴りつける鈍い音がした。司令室が水を打ったように静まり返る。それは沸き立つ怒りを、そのまま音で表現していると言っても過言ではなかった。音のした方を振り返ると、そこには不穏な空気を漂わせる一人の青年が立っていた。


「Ⅲレター・コード、だと……?」

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