フィナーレ「これが俺の女子高生と家族になるに至る長い経緯」


 あれから半月後のこと。恭子がどうしても結婚式は自分がちゃんとした社会人になってから挙げたいとのことで、本日は身近な人たちだけでのちょっとしたパーティーを行っていた。


「渡辺さん、私これでやっと自由になれたと思ったのにもっと忙しくなっちゃったんですけど」


「まあ、姫ちゃん……仕様が無いわな」


 姫ちゃんの試みであった、自分が保有する吉沢の各社全株を吸収合併してくれる各々の有力企業に無償譲渡するという目論みは彼女が想像しない形で決着がついた。


 あの会見直後に暴落した吉沢各社の株を色んな企業が大量取得したのだが、その結果、暴落したはずの吉沢株が急反発してしまったのだ。


 そうなると無償譲渡による贈与税が余りにも莫大になってしまうということで、それを回避するために結局、吉沢が買収されたそれぞれの企業との株式交換ということになったそうだ。


 つまり裸一貫になるつもりだった姫ちゃんは、今は無き吉沢のトップから、世界にも通用する日本の大企業23社全ての筆頭株主になってしまったらしい。


「なんかワイドショーで専門家が言ってたけど、ついでにウチの会長も言ってたけど、姫ちゃんの一声で200万人のサラリーマンが動かせる女帝が誕生したとか何とか」


 今まで一部の経済界からプリンセスと呼ばれていた姫ちゃんは今やクイーンと呼ばれているみたいだ。


「ん?それは私の一声で渡辺さんの心も動かせるのかしら?」


「いやっ、それは流石に……、俺もサラリーマンだから姫ちゃんを通じて上司から命令されればその仕事を全うするけど、なんせ俺の心は恭子にゾッコンだからさ」


 姫ちゃんの頬がぷくぅと膨れる。


「ならそんな権力何の役にも立たないわっ!」



「お話しのところ悪いんだけど、ちょっとそこのテーブルに置かせてね。ツマミ食いしちゃ駄目だかんね、オジサン」


 ヒトミちゃんが俺と姫ちゃんの間を割って、その先にあるテーブルの上に盛り付けられた料理を置いた。料理は今までいつも恭子担当だったんだけど、今回は主役ということでヒトミちゃんが一役買ってくれている。姫ちゃん曰く彼女の腕も相当らしい。


 ああ、そうそう、言い忘れていたな。現在姫ちゃんがヒトミちゃんとその他大勢の姉弟を引き取って家族として同居している。それで姫ちゃんは結構な大家族になったんだけど、既に売却手続きを進めている吉沢の屋敷に住むわけにもいかず相当悩んだらしい。


 それで白羽の矢がたったのが植松に売り払われた師匠たちの家。実はこの家を関連会社を通じて姫ちゃんが買い取っていたそうで、つい数日前に恭子へ返すと姫ちゃんが言い出した時だ。


『お父さんとお母さんの思い出の場所も大事ですけど、今の私の家はこのマンションなんです。それにもし、あの家に姫紀お姉ちゃんや吉沢さんや弟さん妹さんが住んでくれるなら、これほど素敵なことはないと思いますっ!』


 今では女帝として多忙を極めている姫ちゃんだが、今でも尚タコガクの教師としてヒトミちゃんと共に毎日、車で2時間以上は掛かる通勤通学をしているんだとさ……自家用ヘリで。


「そういや姫ちゃんは家のチビッ子たちに食わせるために、ここんとこ恭子に料理を習っているそうだが、ヒトミちゃんでは駄目なのか?あの子の腕も結構なもんなんだろ?」


「それだとどっちが保護者なのかわからなくなっちゃうじゃないの。ただでさえ学校でもそうやってからかわれているのに」


 なるほど、母親の意地ってやつか。



「あら、そろそろ準備ができたようね」


 姫ちゃんはリビングの扉から恭子の着付けを手伝っていたとっちゃんが出て来たのを見てそう言う。


 やべ、ドキドキが止まんねえや。


 恭子が何の着付けをしているのかというと、これまたちょっと説明を要する事情があって、以前恭子の誕生日に姫ちゃんがプレゼントした水着の有名カリスマデザイナーが、今回恭子が俺と結婚することの顛末を聞いてからインスピレーションが爆発したそうで、3日間徹夜で恭子の為だけのウエディングドレスを完成させたらしい。ちなみに俺もそれに合わせて一応スーツを着ている。


「それでは主役の登場デース、キョウ入っちゃいなYO」



 ぐはっ!


 やられた……デザイナーにやられたっ!


 だって普通ウエディングドレスってったら純白でヒラヒラでスカートの丈が地べたを這いずるようなものを想像するじゃん!?


 そんな想像を他所に皆の前に現れた恭子の姿は、当たっていたのはヒラヒラな部分だけで、その他は全身漆黒でミニスカートとノースリーブと言えばいいのか、上も下もめっちゃ短い丈だった。


「ほほう、なるほど、こりゃ天才と言われるだけはありますなー、ナベさん……ぐえっ」


 取り敢えず鼻の下を伸ばしている直樹を目潰ししておいた。


「おじさん、どうですか?似合ってますでしょうか」


「あ、ああ……なんか、めっちゃ似合っている。まるで架空ファンタジーの世界に迷い込んでしまったみたいだ」


 漆黒のドレスを身に纏う恭子ととっちゃんはそれをきいて『やった』『やったね』とピョンピョン飛び跳ねる。


「んじゃ、カメラもセットできていることだし、そろそろ準備は良い、キョウ?」


 恭子の目の前にはビデオカメラが設置してある。そう、今回のパーティーのオープニングは挨拶でもなくて乾杯でもなくて、生放送なんだ。


「本当に大丈夫なのか?昔から恭子はネット配信は恥ずかしいって言ってたじゃないか、その上そんな恰好で」


「はい、大丈夫です。おじさん」


 満面の笑みを浮かべて応える恭子。


「私は私とおじさんのために心配してくれて警察に集まってくれたネットの皆さんにお礼を言いたいんです。皆さんのおかげで今の私は生まれてから一番幸せですって伝えたいんですっ!」


「ん、じゃいくよキョウ!―――3、2、イチッ」


 急なとっちゃんのカウントダウンに一瞬戸惑う恭子も、ゼロの瞬間には凛とした姿でカメラの先に向けてお辞儀していた。


「皆さんっ、本当にありがとうございました。私は余り喋るのが上手ではありませんので、言葉ではちゃんと伝わるかわからないですから―――だから、一生懸命踊りますっ!見てください、ハッピーバルーン」


 漆黒の女の子が踊った。


 皆が絶句だった。


 俺はスマホで生配信を見ていないからわからないが、きっと視聴者のコメントも止まっていたことだろう。


 音楽の再生が止まって恭子が最後のポーズをとった後、リビングには俺も含めパーティーに来てくれた皆の大歓声が巻き起こった。


「う、うわっ、生配信のコメも凄いことになってるよ。マジで画面が見えないよ」


 とっちゃんもスマホを確認しながら興奮している。


 そして多少の落ち着きを取り戻したとき、直樹が言った。


「とっちゃん、ひとつくらい視聴者さんのコメントを紹介してやったら?」


「あっ、良いね!それ、えっと……どれにするかなぁ、とりあえず今、目に付いたこれで―――」


「―――、ええと、『ハピネスとおっさん、本当にご結婚おめでとう、ってか、おっさんって何かヘタレっぽいから今後ちゃんとイチャイチャできるのかが心配』だってさ、オジサマ」


「余計なお世話だよっ!」


 リビングがドッと沸いた。


「んじゃ……だってさ、キョウ」


 俺がコメントにちゃんと返事をしなかったせいか、とっちゃんは恭子にその答えを求めている。


 そして、その恭子はというと……人差し指を顎に当てて『んー』と考えながらゆっくりとカメラに近くに歩いて行って、まるでヒソヒソ話をするようにマイクに口を近づけていた。


「えと、皆さん、おじさんには内緒ですよ、私は今晩―――――――――――」


 え?何を言ったんだ?えっ?後の方が全然聞こえねえっ!


 俺は慌ててスマホを取り出して配信を確認するが、生放送なので勿論何もわからない。


 見えるのはその後のコメントだけ。


『ギャー、本当におっさんが逮捕されちまうっ!』

『皆、絶対にダンスの後のこのシーンは転載するなよっ!』

『あぅあぅあぅあぅあぅ』

『( ゚д゚)ポカーン』

『やべえ、むしろそっちを生配信してほしい』


 おいおいおいおいおい、何を言ったんだ恭子は。


 最初からスマホを見ていたリビングの皆が俺をジト目で見ている。


「オジサン変態」

「これを女の子に言わせるなんて、渡辺さんは確かに変態っスね」

「流石にないわ、ナベさん、ないわー」


 なんだよっ!


 一体何のことだよっ!


 チクショーっ!!むしろ俺も聞きてえーーーッ!!!




 まっ、


 まあ、あれだ。


 色々蛇足もあって滅茶苦茶長くなってしまったが、



 これが俺の―――女子高生と家族になるに至る長い経緯。


(完)

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