第17話「渡辺純一」
若い刑事が出て行ってから取調室で一人待たされていた俺は篠宮という年配の刑事から釈放を言い渡され、すぐにその部屋から出て行く。
釈放。その時の俺はただ姫ちゃんあたりが上手く警察上部か政治家、法曹関係者などに話をつけてくれたのだと思っていた。吉沢の旧体制派が植松を使って被害届を出したのは間違いないだろうから、ちゃんと調べたら誤解が解けた……その程度だと思っていた。
いや、それよりもだ。早く、早く帰らないと恭子が心配している。俺が逮捕されたときの恭子の取り乱しようからしても、恭子の性格からしても尋常じゃない精神状態にあるのは間違いない。
そう思い、急ぎ廊下へ出た。
そうしたら、廊下の角から、すぐに受付で恭子が今まで俺を取り調べていた若い刑事と問答しているのを発見する。そしてその恭子の顔つきは今まで見たことも無いほどの険しいものだった。
何故……恭子が。此処に。俺が刑事たちにマンションから連れ去られる時に女性の警官が施設に移送すると言っていた筈なのに。
俺が戸惑っていると、取調室から出してくれた篠宮という刑事が後ろから俺を追い抜き様にこう言った。
「何を困惑しているんだ。あの女子高生と結婚までしておいて。……そういや、取り調べでもそのことを何も言ってなかったらしいな。あの子の独断なのか……まあいい、どっちにしろ我々はもうどうにもならん」
恭子と俺が結婚!?そんな、まさか!?
まさに青天の霹靂だった。
そんな……俺というもう一人の当事者が居ない状態で結婚なんて出来るはずがない!
そもそも婚姻届けが……あっ。
俺は一つだけ思い当たる節があった。アレは確か九州出張の前だった。
姫ちゃんが恭子が一人暮らしをするにあたり、保護者の確認書として俺のサインと捺印を求めた紙だ。記入欄以外を変に折りたたんでいたから妙に思っていたんだった。
『いやー、私のお父さん役場に勤めているから、婚姻届けの記入例のサンプルとか見たことあるけど、さっきチラッとみたその用紙とそっくりだったよ』
そう、それでとっちゃんが俺に教えてくれたんだ。
そうだ、俺は婚姻届けに自分の名前だけを書いた。
それがあれば……後は恭子が自分の名前を書いて、植松の同意書さえ偽造なり何なりすれば……役場はそれを受け取らざる得ないだろう。
……恭子は俺を救い出す為だけに、俺と結婚したと言うのだろうか。
俺は様々な感情が胸の中でせめぎ合いを続ける中で、遠くから恭子の姿を眺めていた。
そして、最初のうちは恭子が低いトーンで若い刑事と話していたから何も聞こえなかったが……ふいに恭子の顔つきが一気に変わり、俺の所までハッキリと叫び声が聞こえた。
『私を守るですって……馬鹿にしないで……私は守られるだけの存在になんてなりたくないっ!私がおじさんを守るんですっ!!私がおじさんを守りたいんですっ!!私の気持ちが嘘でも偽物でも偽造であっても、もうそんなの何でもいいっ!私は貴方なんて、絶対に貴方なんて好きにならないっ』
『例えこの現世におじさんがいなくても、私は他の誰かを好きになったりなんてしないっ!』
『私は―――私はっ、、、百万回生まれ変わったとしても、絶対にあの人しか好きにならないっっ!!!!!!!!!!!!!!』
………………
なっ、なんてこった……。
恭子が昔から俺に好意を持ってくれている。それくらいはとっちゃんから送られて来た音声データで知っていた。
し、しかし。これは……百万回生まれ変わっても、恭子が俺だけを愛してくれる。
なんてこった。
良い年こいて、拭っても、拭っても、溢れる出る涙が止まらない。
俺は真希先輩から求婚された時に自分の気持ちに気づいている。十年先、二十年先も隣にいるのが恭子であって欲しいと。
恭子はそんな俺の気持ちとは比べ物にならないほどの俺に対する感情を抱いてくれていたんだ。それほどまでの愛を俺に与えてくれていたんだ。
そう思うと、涙が止まるはずがなかった。
俺の足は自然にゆっくりと恭子の元へ進んで行く。
そして、恭子が少しでも視線をずらせば俺の方に気がつくという距離まで近づいたときに、観衆の群れからとっちゃんの母親が現れた。
色々と若い刑事とやり取りしていたが、最後にとっちゃんの母親と篠宮という刑事は姫ちゃんが吉沢の犯した罪を記者会見で発表すると言っていた。まもなく中継が始まると。
色々と思うことはあるが、俺が何よりも優先すべきは恭子だ。恭子だ。
俺は恭子の視界へと足を踏み入れた。
「…………恭子」
恭子の目が、三度大きく見開かれる。
「お、おじさん。おじさんっ!―――おじさんっ!!!」
既に至近距離にいたにも関わらず、恭子が全力で俺の元へ駆け寄って抱き着いた。
そして女の子とは思えない程の力で俺を抱きしめた。
「おじさんっ!!大丈夫でしたか?乱暴されませんでした?怖くなかったですか?恐ろしい目にあってなかったですか?心細くなかったですか?痛い思いをしませんでしたか?…………もう泣かなくていいんですよ。もう泣かなくてもいいんですよ」
……いや、取り調べがおっかなくて泣いているわけではないんだが。
「大丈夫ですっ。もう大丈夫ですっ。私がいます。私がここにいますから。おじさんを守りますからっ」
あっ、あかん。更に涙が溢れてきやがった。
「ありがとう……恭子。助けにきてくれて。本当にありがとう」
もはや沸く観衆の声など耳に入って来なかった。
「恭子……俺たち本当に結婚したん、、、だよな」
恭子は俺の体から少しだけ上半身と顔を離して、俺の目を見据えながらゆっくりと深く頷いた。
「はい」
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