第1話「収まるパニック、始まる混乱」


「渡辺さん、渡辺さんってば!!」


「えっ?………へあっ!!……え?え、ええと、、、なんで佐々木さん?」


 気が付いたら、小奇麗な姉ちゃん……もとい、九州支社のマスコットレディ兼総務課のエース佐々木さんが隣にいた。


「そんなに驚かなくても……逆に驚きたいのはこっちですよ……空港の到着口から出て来たと思ったら、荷物も取らずに上の空でまた飛行場に戻って行っちゃいそうになったりと私も捕まえるのに苦労しましたよ。ようやく正気に戻りました?」


「えっと……此処はどこ?」


「何ですか?記憶喪失ですか?機内でヤバい薬でも飲まされたんですか?ちなみに此処は空港の駐車場です。私は部長命令で休日返上して渡辺さんお出迎えですよ」


 ええ!?お出迎えて……重役じゃあるまいし。


「いや、いやいや、わざわざそんなッ!っていうか、平場のイチ社員にそんな待遇おかしいじゃないですか!交通費だって飛行機と電車賃がギリギリ出るくらいで、タクシー使ったら足が出るくらいなのに」


 だってほら、本社から同じ転勤で一緒に飛行機乗ってた別の課の課長がそこのタクシー乗り場で大荷物持って待機してるじゃん!あの山下さん、俺の倍近いほど給料もらってる偉い手さんだよ?


「まあ、特別待遇されちゃうほど期待されてるってことですよ。私も暇でしたし、休日出勤手当も丸々でるみたいなんでラッキーでした。なにより今日はしっかり労ってやってくれって部長から直接言われてますし、しかもあのドケチ部長が通常接待に使う経費の上限リミッターまで外してくれたんですよ!さすが、異例の時期に出世した救世主は違いますね」


 これはアレか……余程酷い現場に放り込まれるのか、それとも立て直しに失敗したら抹殺するぞっていう脅しなのか。……って、最後なんつった?


「出世?」


「最初に出向かえた時からそう言っているじゃないですか。もうっ、やっぱりちゃんと聞いてくれてなかったんですね?かなりおかしかったですし」


「えっと、誰が?」


「だから、渡辺さんですって」


 4月の年度初めでもあるまいに、なに戯けたことを抜かしてんだこの姉ちゃんは。


「辞令が降りたらちゃんと渡辺係長って呼びますね」


 係長の昇進って昇級じゃなくて特進だよ。


「はっはっは、俺が係長ですか?佐々木さん。現場上がりの奴なら相当な実績を叩き出した一握りの人だけが定年前にちょこっとだけお情けで上げてくれる一般管理職じゃないですか。光栄だな~、同期の奴が聞いたらさぞかしビックリしますね」


 いや、むしろ30代で係長とかギャグにすらならんな。今の俺は主任階級を奇跡的に2段階目に上げて貰ったばかりだから、係長昇進になれば2階級特進だ。夢でも見ねえよ、そんな状況。


「はい、おめでとうございます」


「……」


「これが私の乗って来た社用車です。固まってないで早く乗って下さいよ」


「マジで?」


「マジです!最近総務課で買い替えたばかりなんですよー。新車です新車♪」


「いや、その、……俺が係長ってことの方なんだけど」


「ああ、そっちもマジです。部長から直接聞いたとき、私もマジで?って思いましたよ。渡辺さんって一般職じゃなかったんだって勘違いしたほどですもん。常務から聞いた部長もビックリして渡辺さんの社員名簿を再確認したって言ってました」


 俺は通常試験を受けて入社したまごうこと無き一般社員だ。役員までの出世が約束されているエリート社員ではない。


「それよりも、早く乗ってくださいよ!経費を使える上限は無くても、本日限りなんですから時間には上限があるんですよっ!!」



 スマン恭子。


 正直俺には何が何だかわからない。


 とっちゃんから送られて来た、恭子の俺へのメッセージのこともようやくパニック状態から抜け出せてちゃんと考えられるようになったというのに。


 それよりも先に色々と考えなくちゃいけないことが出来てしまったらしい。


 

 取り敢えず、まずは『豪遊♪豪遊♪』と口ずさみながらアクセル全開にしている総務の姉ちゃんが一体俺をどこに連れて行く気なのか、というところから考えることにしよう。

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