とある女子高生が動画サイトでハピネスと呼ばれるに至る経緯


 日記を書いていた期間で私にとって一番衝撃的だった一日は間違いなくこの日だ。


 生まれて初めて友達を本気で引っ叩いたのもそうだし、恐らく生涯最高のダンスセッションをしたのもこの日だ。


 でも、その中でも一番ビックリしたのは姫ちゃんとキョウとの関係だった。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 某月 某日 寒いけどゲキアツな一日


 今日はめっちゃ色々あって、正直今でもパニクってる。めっさおっかねえ一日だった、まる。



 学園祭のミスコンでキョウが踊っている最中に倒れたオジサマを搬送した病院でのあの子の失踪。


 オジサマの言う通り鞄を持って駅に佇んでいたキョウを見つけた私はおもっきし引っぱたいてやった。


 そして、なんかごちゃごちゃ言ってたけどオジサマが決死のエンドレスダンスをしている生放送の動画を見せたら、キョウがあわわわわと一転してオジサマの所へ戻らなきゃと、慌てふためいた。


 2ケツでチャリぶっ飛ばしたけど、私に体力の限界がきたり、更にはタイヤがパンクしたりと紆余曲折がありもしたが、直樹さんが車で迎えに来てくれて、オジサマが踊り死ぬ前になんとか姫ちゃん宅まで到着。


 車が停止する前にドアから飛び降りたキョウを必死で追っかけて、私はマンションの3階へ非常階段を駆け上がった。




「おじさんっ!!!!!!!!」


 玄関扉を開けて大声で叫ぶキョウ。


「…………やっと来た、か」


 オジサマはそのまま床へ大の字に倒れ込む。


「おじさんっ!?おじさん!!おじさんッ!!!」


 玄関先で舞い飛ぶ靴に私が気を取られていた瞬間にも、既にキョウはオジサマのもとへ飛び込んでいた。


「なんでですか!?なんでこんなことっ!!」


 キョウはオジサマの顔を自分の胸に抱き込むようにして、その頭を膝の上に抱えていた。


「恭子……ちょっと苦しい」


 膝の上に頭を乗せたままキョウは慌てて上半身をパッ起こす。


「す、すみませんっ!おじさん大丈夫ですか!?」


 オジサマは相当グロッキーな顔色をしていたが、それでも優しく微笑んで小さく頷いた。


「……ありがとうな、俺のところへ戻って来てくれて」


 その言葉が引き金でボロボロボロボロとキョウの瞳から涙が溢れだし、同じくしてそれを見ていた姫ちゃんもわんわんと号泣していた。


「おじさんっ、おじさん、おじ、さん、おじさん………ごめんな、さぃ、ごめん、さない、ほん、とうにごめんなさ―――」



 それは、まるでこの世の全てが浄化されるようなワンシーン―――



 ―――だったんだけど、、、



「いやぁ、ナベさん、それに恭子ちゃん。まだカメラ回ってるし、全国に生放送されてんだけど…………いいん?」



 デスヨネー。



 直樹さんのそのツッコミで少しの間、オジサマもキョウも('Д')みたいな顔になってフリーズしていました。



 モニターで動画を確認してみたら『涙が溢れて画面が見えない』とか『これドラマじゃないの!?』とか『びゃぁぁぁぁぁぁぁぁ』とか『JK可愛すぎ!!!』とか『ヤメテ!もうおっさんのライフはゼロよ!』などのコメントが延々と溢れ、その隙間を埋めるように『おかえり!』弾幕が画面の右から左へと止めどなく流れていた。




「恭子、この動画を見てくれている皆が俺を応援してくれていて、恭子が戻って来てくれることを一緒に祈ってくれていたんだ」


「だからさ、この生放送時間の残り10分……恭子に踊って欲しいんだ、駄目かな?」


「えっ―――」


 このオジサマの申し出には動画でも驚きのコメントがいっぱいで最終的には『お願い』とか『頼む』とか、


『(人д`*)オネガイシマス』


『m(。´・_・`。)m』


みたいな、よくわからん顔文字がわんさかしていた。



「キョウ、私も一緒に踊ったげるから」


ひとりじゃ恥ずかしくてもふたりなら平気だよね。


「とっちゃん……」



「まっ、JKふたりだけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないからなっ、俺もちょいと花を添えさせて貰おうか」


 なんとまさかの直樹さんの戦線参加。


「って、直樹さんちゃんと踊れんの?」


「とっちゃんよかは、イケると思うぜ?」


「いやいやいや、それなら言っちゃうけど、実はこのサイトじゃ私かなり有名な踊り手だよ?最高戦闘力56万回再生だし」


 マスクとっての顔出しは初めてなので、カメラの方に向かってペコリと頭を下げる私。


 そして『まさか!ひょっとして”ペタッ”!!』と流れるコメント。


 見て解る人には解っちゃうんだ。


「ってか、違うしっ!!へたっ娘だしっ!!」


 投稿し始めの時は私もまだ下手っぴだったからそういうネーミングで自己紹介していたんだけど、上達するにつれて何故か勝手にペタッ娘という名前で呼ばれるようになった。


 胸のことは禁句じゃんよっ!!



「マジかー、とっちゃんがペタッ娘だったとはねえ。でも俺の勝ちだな。ハピバルの振付したの俺だから。最高戦闘力は確か去年ミリオン再生いったんだっけ?……ってことで俺も初の顔出しヨロシク、えろきちデス」


 

 えーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!



 まじでーーーーーーー!!!!



 直樹さんがあの振付師の『えろきち』だったなんて、そんな偶然が……


 

 後でちゃんと話を聞いてみたら、直樹さんが最初に知り合ったのは化け猫Pとしての姫ちゃんだったらしいからそれほど偶然ではなかったみたいなんだけど、すごい確率の奇跡だよね、コレって。


 だって、自分が言うのもなんだけど、ハピバル最高再生回数のJK踊り手と、振付師と、作曲Pがこの場に揃い踏みなんだもん。


 最後には姫ちゃんもピシッと手を上げて『私はキーボードで生演奏しますっ!最高戦闘力はハッピーバルーンの332万回再生です!』とか言っちゃって。


 コメントもてんやわんやでお祭り騒ぎだった。



「キョウ……踊ろっ」


 

 私と直樹さんに挟まれて立っているキョウはオジサマの顔を少しだけ見た後、改めてカメラの方に向かい深く深く一礼をした。



「みなさん、どうかよろしくお願い致します」





 多少のブランクはあったものの私のダンスのデキは最高だった。


 えろきちの踊りも信じられないくらいに冴えていた。


 化け猫Pの生演奏も半端無いくらい神掛かっていた。



 しかし、奇跡の一曲が終えた時には3人合わせておよそ500万再生の戦闘力は無残にも吹っ飛び、完全無名のJKに全て持っていかれていた。


 

 あの子、がちですげぇ。


 

 たった一回の生放送で行われた踊ってみた動画はみるみるうちに拡散され、一体誰が呼び始めたのかはわからないが、そのキョウの愛称のタグがしばらくトレンド入りしてしまう始末。


 見たもの全てに幸福をもたらす女神。


 

 これが、とある女子高生が動画サイトで『ハピネス』と呼ばれるに至る経緯。

 


 ちなみに、生放送終了後にキョウに向かってスライディング土下座を始めた姫ちゃんには更に驚かされる羽目になっちゃったけれど。


 本当に色々あって大混乱な一日だった。


 もう少しだけ付け加えておくとすれば、キョウは姫ちゃんが自分の叔母だってことを既にそれとなくオジサマから伝わっていたみたい。


 そして、オジサマから聞いた時も姫ちゃんが自分にとって赤の他人じゃないって、どこか薄々感じていたらしい。



 そりゃそうだよね、だって自分のお母さんの姉妹だもん。



 吉沢先生のことを『姫紀お姉ちゃん』って呼んで、泣きながらふたりが抱き合う姿は一生忘れらんないだろう。

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