第21話「一緒にごめんなさい」


「「色々とご心配をおかけして、本当にごめんなさい!!」」


 俺と恭子は2人して、我が家の食卓の対面に並ぶとっちゃんと姫ちゃんに頭を下げた。


 出だしに恭子が目配せしてから『せーのっ』と言ったので、タイミングはバッチリだ。


「なによっ、そんなの今更よ。こっちまで照れるじゃないっ」


 姫ちゃんがツンデレっぽくそっぽ向いた。


「でも……本当に良かったよ、キョウ」


「はいっ。とっちゃん」


 恭子ととっちゃんが少し涙ぐむ。


「ま、こういうのは一度はきちんとしておかないとスッキリしないからな」


 今回の件についてはとっちゃんと姫ちゃんがいてくれなかったら、解決しなかったに違いない。いや、解決うんぬんよりも俺や恭子の心の支えになっていてくれていたんだと実感できたことが何よりも嬉しい。


「そういうのはもういいですからッ、恭ちゃん!お腹空いたッ!!」


「はい、すぐに準備しますね。姫紀お姉ちゃん」


 恭子はそう言うと、キッチンへ向かった。



「それはそうと、姫ちゃんよ。関久の株の買い付け資金結構な額だったんだろ。大丈夫か?」


 俺には想像できない程の金額が動いたのは間違いないだろう。


「公開買付けの前に渡辺さんから止められちゃったので、それほど資金は使っていないわ。既に得た株式も関久から買い戻しの打診があったけれど、あそこの会社の業績は好調なのでこのまま持っていようかしら」


 売ったとしても差し引きの手数料ですら、俺が弁済できる額面ではないので何も言えなかった。


「それよりも、……一時的とはいえ恭ちゃんをここで一人暮らしさせると聞いたのだけれども、本当に大丈夫なのですか」


 やはり姫ちゃんもそこが心配だったんだな。


「俺としては単身赴任中は姫ちゃんと一緒に暮らして欲しかったんだけど、ここへ残ると言ってくれた以上、なるべく恭子の意に沿いたいと思ってな」


「ま、センセ。ここのマンションはセキュリティも結構しっかりしてるし、私もちょいちょい泊りにくるから大丈夫だよ」


 とっちゃんが胸を張って言ってくれるが、JKが1人から2人になったところで危険度はそれほど変わらない。


 そして、ちょいちょいどころかほぼほぼ毎日溜まり場にするに違いねえ。


「セキュリティがしっかりしているって?甘いわ、甘すぎる。……ここをこうして、あれをつけて……ブツブツ」


 何やら一人でセキュリティ対策を考えているようだが、これ以上勝手に俺のマンションを改造するなよ。



「ああ、それと、忘れるとこだったわ」


 姫ちゃんが急に変に折りたたまれた何かの用紙を取り出してテーブルにおいた。


「ん?なんだこれ」


「えと……これは、ですね。なんというか、学園に一人暮らしで通わせるには保護者の同意書が要りましてですね、ま、どうせ形だけですので渡辺さんの名前を書いて貰えば結構です」


 妙に姫ちゃんの歯切れが悪い。


「いや、それは書くけどさ。名前記入欄以外を折り込んでないで広げろよ。ちゃんと文面を読むから」


 俺がその用紙を広げようとすると、姫ちゃんがドンとテーブルを叩いた。


「見なくていいですからッ!貴方は名前だけをここに書いたらいいのッ!これ以上めんどくさいことを言うんだったら関久株の公開買付けやっちゃいますよ!」


 それは困る。関久の社長にぶん殴られるや、俺。


 というか、そんなに怒らなくてもいいじゃん。


「わかった、わかった。ここに名前を書けばいいんだな」


 俺は首を傾げつつもボールペンで自分の名前を記入する。


「あと、印鑑も」


「はいはい、っと……これでいいんだろ」


 俺はリビングのタンスの小物入れから印鑑を取り出して捺印をした。


「OKです」


 そう言うと姫ちゃんはサッとその同意書を回収して自分の手持ちカバンに入れ込む。


「全然OKじゃないと思うよ……オジサマ」


 ん?


「何がOKじゃないんだ?とっちゃんよ」


「だって、アレ……多分婚姻届けだもん」


 え?


「おい、ちょっ、姫ちゃんそのカバン寄こせっ」


 俺が彼女のカバンを奪い取ろうとするも『シャーッ』と、威嚇して阻害される。


「違います、違います、これは婚姻届けじゃありません」


 首をフルフルと振って否定する姫ちゃん。


「いやー、私のお父さん役場に勤めているから、婚姻届けの記入例のサンプルとか見たことあるけど、さっきチラッとみたその用紙とそっくりだったよ」


 そう言われてみると俺は婚姻届けの用紙など見たことない。


「違うんだったら、ちゃんと見せてみろよ、姫ちゃん」


 それでも頑としてカバンを手放さない。


「だって……だって……貴方、一人で九州なんて行っちゃったらどうせ、彼女とか奥さんとか作っちゃうでしょ?」


 あ、すんなり白状やがった。


「っつーか、たかだか数ヶ月の出張で、出先で女作るほど甲斐性はねえからっ」


「それはわかる」


 わかるなよ!とっちゃん。


「いいえ、自由の翼を持った貴方は水の得た魚のようにそこら辺の女性を手あたり次第、手を出すに決まってます。なのでこれはちゃんと綺麗な身のまま帰ってきた時に返してあげます」


「それもわかる」


 わかんねえから、とっちゃん。


「……どうでもいいけど、冗談とか洒落とかでそれを出すなよ、それこそ洒落にならねえから」


 まあ、そんな相手もいないから出したところでなんにもならんけどな。


「センセ―は冗談とかじゃないと思うけどなぁ……オジサマは相変わらずニブチンだね」



 とっちゃんが何やら言っているが、俺みたいなコブ付きのおっさんと結婚してくれるような奇特な人はおらんだろう。


 そして、なんやかんやしているうちに恭子が料理を作って持ってきたのでみんなで一緒に食べた。




 こんなやりとりが出来るのも後少しだと考えると、ちょっと切なくなってしまった。


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