第3話「ちょっと平穏になった職場での異常事態」


 デスマーチが終焉を迎え、それでもまだまだ瞬間的には忙しくなったりするものの、ここ最近は職場内でも平穏を空気が流れている。


 本日ゆっくりと昼休みを満喫できることがとても嬉しいのだが、目の前に映る机に広げられたそれはホウレンソウ、カボチャ、キンピラゴボウと、とても手の込んだ愛情たっぷりの悲しみでいっぱいいっぱいだった。


 すまんが実は俺、野菜あんまり好きじゃないんだ。特に色の濃いやつは割とマジで。


「おお、なべさんは今日も弁当っすか!旨そうですなー」


「ん?ああ、恭子が持ってけとうるさくてな」


 こいつは安武やすたけ、下の名前は本人の希望で言うことを控えるが、デスク仕事に似合わないガッチリとした肉体でサッパリとした性格の気持ちの良い男。


「今からメシなら、茶でも入れてきますわ」


「いや、そんな気を遣わんでいいぞ。それくらい自分で入れる入れる」


 俺は安武の好意に遠慮して「よっこいしょ」と、椅子から立ち上がったとき、ずっと座っていた所為か立ち眩みでよろけてしまった。


 あわや安武にぶつかってしまうところを、幸い壁に手をついたおかげで事故は免れたのだが……


 ピロリン、ピロリンピロリン、ピロリン―――


「おい、夏海……なに写真撮ってんだ?」


 何故か夏海が若干興奮気味で色々な角度から写メを取っていた。


「えっ?いや、だって壁ドンっスよ!?渡辺さんが安武さんに壁ドンっスよ!!」


 フンスフンスと荒い鼻息で、これは撮らいでなるものかと言わんばかりだ。


「男が男にやって意味のあるもんじゃねえだろ!」


「いやぁ、この前の長期休暇で最近できた友達に影響されちゃって、新しい趣味に目覚めちゃったんスよ」


 よくわからんが、多分これはなんかイカンやつだと思う。


「……安武、お前も無言で顔を染めんなよ」


「え?いや、……えっ?」


 なにか慌てた様子の安武だが、多分これもなんかイカンやつだと思われる。


 そんな時、俺のスマホが鳴ってメッセージの通知を知らせて来た。


「こんなときに、なんのメッセージだ……?おい夏海、説教があるからそこを動くなよ」


 俺は夏海をそう牽制してから、改めて椅子に座り直してスマホを見る。


 恭子に変な影響でも与えられたら敵わんからなぁ。


「ん?なになに?…………なんでクリスマスにウチで餅つきなんてやろうとしてんだよ……」


 とっちゃんからのメッセージだった。


 わざわざクリスマスに餅つきなんてしなくてもいいだろうに。


「もち突きッスか!!クリスマスに!?安武さんにもち突いちゃうんスか!!」


 こうしちゃいられないとばかりに、「是非、行きたいッス!ウチもウチも」と、更に興奮を増す夏海。


「いや、安武は関係ないだろ!?……どうもとっつぁんが恭子たちのクラスの皆で餅つきがしたいみたいなんだよ」


「じっ、自分も参加したいっすよ!!なべさん」


 俺に関係ないと言われた安武が、必死に参加表明をあらわす。


 なんだ?今、餅つきが流行ってんだろうか?


 もしくは、JKと戯れることを望んでなのだろうか。


「ま、まあ別に構わんが……前の打ち上げみたいに人混みは敵わんな。とっつぁんたちには10人くらいにしてもらうように返信しておこう」


 俺はスマホでそう返信して、改めて夏海に顔を向ける。


「でも夏海、お前は駄目だ。参加したければ最近できた友達やらと距離を置け、そして新たな趣味とやらを封印しろ。それまでウチには出禁だ」


 大事なことだから2回言うが、恭子に変な影響を与えられたら敵わんからな。


「アイッ!了解ッス!それではウチも昼を食べて来ますね」


 夏海はビシッと敬礼し出て行ったが、本当に了解しているのかは怪しいところだ。


 そして出ていく際に、何故か安武に向かって親指を立てていたところにも言葉に出来ない不安を覚える。


「それじゃあ自分、やっぱり茶を入れてきますわ」


 ああ、そうだった。



 どうも疲れた俺は、結局安武の好意に甘えることにした。


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