共生

穂張 はる

コウタの場合

共生 コウタの場合


小林は実に手のかかる男であった。いつ来ても部屋には空いたビール缶が我がもの顔で転がっているし、日光は閉め出され薄暗い。おまけになにか判別のつかないようなニオイがあぐらをかいて居座っている。まるで廃墟だ。生活感がありすぎてない。

今日もそうだ。僕は手土産に100均のゴミ袋を買い、もらった鍵で中に入る。案の定、小林はゴミの中心地ですやすやと寝息をたてている。よくもまあこんなにも安らかに眠れるもんだ。と見当違いの感心をしてしまうほどの汚さである。中に入ると、真っ先に荒々しくカーテンと窓を開ける。新鮮な空気。春先の少し暖かいが、冷たい芯の残る風に思わず顔をほころばせる。この時ほど綺麗な空気の良さに気づかされることはない。大きく一息。安堵。

なにとなく部屋を省みる。運動をしてない割には大きな図体をした小林が胎児のように丸まっている。その周りに散乱したビール缶が、燃える夕日を反射してチラチラと輝いていた。

……星の揺籠。

柄じゃないポエミーな思いつきに、どことなく居心地の悪いさを感じる。はぁ。とため息をひとつ。

断ち切るように僕は手土産を何枚もとり、わざと音を立てながら広げた。差し込む夕日から逃げるように寝返りを打つ小林を横目にひとりでに掃除を始める。もはや習慣になっていた。

僕と小林は特段仲が良いわけではなかった。ただ同じサークルにいただけである。言葉をかわすことがあっても、挨拶程度であった。そのうち両者ともにサークルをやめていた。ノリがすごぶるあわなかったのだ。しかし、そのあとも小林とは学科が同じこともあり、授業がよく被った。同じサークルにいたという安心感があったのだろう。不思議と気がつけば一緒にいた。ただそれだけの関係だ。


「あれ、康太?」

「おう。」


目を覚ました小林をべつに気にもとめず、缶を拾う。


「今何時?」

「夕方。」

「あー。もうそんな時間かぁ。」


眠気まなこをこすりながら悪びれもせず間延びした返事を返す小林に僕はなんだかムカムカした。持っていた缶を床に置き、小林の方へ向き直る。


「お前さぁ……。」

ため息と一緒に苛立ちが声に滲む。


「いい加減に学校こいよ。」

「……うん。」

「もう何回目だよ。」

「うーーーん。」

「単位落とすぞ。」

「うん。」

「留年すっぞ。」

「うん。」

「もうプリント取ってこないぞ。」

「えーー。」

「……なぁ。」


寝癖が跳ね放題の髪をそのままにスマホをいじる小林は、全く聞き耳を持ていない。無性に腹立つ。


「聞けよ。」

「うん。」

「なぁ。」

「聞いてるよ。」

「聞いてねぇよ。」

「え、なに、どうしたの。」


ようやく視線を上げた小林は困惑した顔でこちらの様子を伺う。ワガママな子をあやすような表情が気に触る。自分に非がないとでも思っているのか。何故僕がこんなにも怒っているのか一から説明しようかと思ったが、辞めた。なんだか怒鳴ったところで無意味な気がしたのだ。

それでも腹の虫は一向に収まる様子はなく、手元にあった空き缶を小林にめがけて力一杯投げつけた。それはカコンと案外軽い音を立てて小林に命中した。その軽さがどことなく悲しい。


「冷たっ。」


と、小林が小さな悲鳴をあげる。まだ残っていた中身が皺くちゃのTシャツにシミを作る。薄まっていた酒臭さが鼻についた。

なんだか急に虚しくなった。せっかく世話してやってるのに、片付けしていたのが馬鹿みたいだ。昔、良くしてやっていた野良猫にひっかかれた時の興ざめに似ていた。

僕は手早く帰り支度をはじめると、小林は首をかしげなら


「もう帰るの?」


僕はその腑抜けた顔に冷ややかな目線をあげるだけで答えはしない。


「せっかく来たのに。」


さも残念そうに肩を落とす。


「寂しかったの?」


と見当違いのことを言う。


「………ねぇ、ごめんって。」


すがるような小林の女っぽい声色がぼくを引きとめようと手招きする。良くわかってないくせにとりあえず謝る女のような悪いくせを小林は持っていた。自分可愛さに意志を曲げて謝るのだ。そうやって他人の悪評価から身を守る。それが男のやることか。と、僕はその女々しい態度が気にくわない。が、それと同時に庇護欲がそそられていた。

小林には友達がいるのだろうか。いや、いない。見たことがない。彼には僕しかいないのだ。その自負が僕を掃除させていた。仕方ない奴。僕がいないとダメな奴。小林はそういう奴なのだ。


「なぁ。」


明らかに弱ったような様子の小林は引きとめようと口をまごつかせる。その狼狽える姿が小君よく、僕はすっかりさっきまでの苛立ちを忘れてしまった。


「明日は、こいよ。」


打って変わった僕の態度に小林は拍子抜けしたような間抜け面をして


「………うん。」


と、自信のなさそうに小さく返事をする。それだけで僕はいささか満足した。


「じゃあな。」


小林が何か言った気がしたが、振り返ることなく家を出た。途中、ゴミ袋を忘れたことを思い出したが、もうどうでも良かった。どうせ明日も行くのだ。その時回収すれば良い。

一体いつまでこれが続くのか。早く終わって欲しいようなこのままが良いような。全く。しょうがない奴。

悪態を吐く心境とはうらはらに僕の顔はほころんでいた。

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