第74話 異空間(9)自信と魔王

「やっとご到着か……。待たされたぜ畜生め」

 トラップだらけの丘の上で、魔王・晶は吐き捨てた。


 不気味な体を揺らし、邪神が麓近くまでやってきた。

 さすがに目視出来る距離なので、双眼鏡はヒウチに返した。


「お前は入り口の脇に隠れていろ。いざとなればお前だけ逃げるんだ」


 そう言う黒騎士卿の、宝具の杖を持つ手に力がこもる。


「さすがに今回ばかりは言うことを聞くしかねえな。……すまない、役立たずで」

「何を言うか。お前はお前の仕事をした。恥じることなど何もない」

「よくもまあ、そんな歯の浮くようなことスラスラ言えるな」

「……アキラよ」

「な、なに?」

「原初の星がどんなところか、俺には想像も出来ない。きっとここよりも平和で幸せな世界なのだろう」

「俺のいた国は、わりとそうかな。他はそうでもねえけど……」

「初めて会ったとき、お前は魔王のはずなのに、どこか平和ボケしたような顔なのが気になっていた。それはロイン嬢との付き合いのせいなのだと思い込んでいた。……なにせ俺自身が腑抜けに成り下がったのだからな。だが、それは勘違いだと分かった」

「そうですね、としか言いようがねえわ……」

「だが、紛れもなくお前はビルカ様の直系の子孫、直接指名された正当なる後継者なのだ。ビルカ様が代りも立てずに遊びに行かれていたら、国は大騒ぎになっていただろう」

「……まあ、それはそれでそうなんだろうな」

「お前は、いるだけで十分なのだ。いや、い続けることそのものが仕事なのだ」

「そうかなあ……。モギナスとか見てるとあんまそうとも思えないんだけど……」

「モギナスは、お前でなくても出来る仕事をしているだけ。しかし、お前にしか出来ないことは厳然として存在する。――だから、お前に万一のことがあってはならないのだ。わかるだろう?」


 これ以上、何かを言ったところで、ハーティノスにムダな説得を続けさせることになりそうだし、かといって自分の自信のなさが解消されるわけでもなく。

 晶は、ただうなずくしか出来なかった。


 ハーティノスは、邪神後方を追尾している双子騎士に合図を送ると、二人は左右に散開し、ナナメ後方へと移動した。

 さらにハーティノスは丘の上のメンバー――親衛隊、ヒウチ、セバスチャン――へ、戦闘配置につくよう合図を送った。


 村人に人気なトロント・神と勘違いされたモギナス・迷宮案内人ラシーカの三名とからくり人形たちは、疎開するトカゲ人を伴って地上へと向かっている最中だろう。


「アキラ……うまくいくかな」


 岩戸の影に半身を隠した晶に、ラパナがしがみついて訊いた。中身の方は通訳などで疲れて寝ているようで、現在の表層意識は別人格の方だった。


「パパがいないと不安か?」

「……否定はしない」


 晶はラパナの肩をぎゅっと抱いた。


「大丈夫さ、ハーさんたちがきっと仕留めてくれる。邪神っつったって受肉してるんだ。破壊できねえはずはねえよ」

「だとよいのだが……。私は、あいつを倒す自信はないぞ」

「ぽいな。古竜神つっても、王宮でぬくぬく育った娘だからなあ。仕方ねえよ」

「……なんかムカつく」

「俺なんかもっとムカついてるよ」

「何に?」

「――自分に」


 晶はラパナに悟られぬよう、顔を背けて、苦虫を噛んだ。



                  ☆


「点火ァァァァ――――――ッ!!!!」


 黒騎士卿の怒号の直後、丘を半ばまで這い上がってきた邪神の腹の下で爆発が起こる。一つ目の落とし穴である。

 振動、爆風、その後舞い上がった土が頭上から降り注ぐ。

 邪神は耳障りな悲鳴とともに、頭の方だけ穴に落ちた。邪神は穴の端にありったけの触手や脚をひっかけて、体を持ち上げようと蠢いている。


「参りますぞ!!」

「心得た!!」


 セバスチャンの合図にヒウチが応えた。

 幽霊執事は脇に抱えた木の杭を次々と投げて触手に打ち込み、地面に縫い止めていった。ヒウチは予備の木の杭を抱え、必死にセバスチャンの後ろを走っていく。


 親衛隊員たちは、一人一本の杭を打ち込むと、全員が抜刀し、セバスチャンの合図を待った。


「よろしゅうございます!」

 杭を打ち終わったセバスチャンが叫んだ。


「点火!!」

 隊長のリバが号令を発すると、親衛隊員全員の剣が炎を帯びた。魔力によるエンチャントなのだろうか。油を染み込ませた松明のように激しく燃えている。


「かかれ!!」

 さらに号令を発すると、親衛隊員たちは一斉に邪神に飛びかかった。

 彼等の目標は、脚の切断。

 斬りやすいと思しき、クモ状脚の付け根に剣を撃ち込んでいる。が、悶え苦しむ邪神は素直に脚を斬らせてはくれない。火の燃え移った脚をわらわらと動かして必死に抵抗している。


「くそッ、なかなか斬れないぞ……」


 邪神の脚に刃を深く食い込ませた隊長・リバが苦戦していた。

 もう一度全力で剣を打ち付けようとも思ったが、一旦剣を抜いてしまえば断ち落とす機会を逸してしまう。そう考えると思い切ったことも出来ない。


「このままでは、杭が外されてしまう……どうすれば」


 黒騎士卿の判断を仰がんと振り返ろうとしたその時、背後から幽霊執事の声がした。


「お手伝い申し上げます!」

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