第73話 異空間(8)竜の血脈

「うひい……絶景だな……」

 魔王は、細工師・ヒウチの作った望遠鏡を覗きながら呟いた。


 洞窟前に防衛線を敷いてから二日。

 たっぷり食事を取った魔神が、10㌔ほど遠方から、周囲の木々をなぎ倒しながら接近してくる。全長約20m、タコとクモが絡み合ったような、グロくてよくわからない見た目だ。

 魔神より『邪神』の方が相応しい、と晶は思った。


「どうですかな、よく見えますかな、陛下」

 ヒウチが自慢のヒゲをなでながら、心なしか得意げに訊ねた。


「ああ、とてもよく見えるよ、名人。……というか、あんな禍々しいもの呼び出してくれちゃってまあ……。トカゲ人たちもきっとビックリだぞコレ」


「全員の疎開は終わっております、陛下」と、サリブ。

「住民のスムーズな疎開への貢献、感謝しているぞ」

「有り難き御言葉」

「ところでお姉さんは?」

「塹壕の確認に行ってます。うまくトラップが作動すればいいのですが」

「ハーさんを信じろ」

「そうですね」


 晶は再び望遠鏡を構えると、邪神の監視を続けた。

 昨日、竜神化したルパナの運んだ巨石を、洞窟の入り口前に土魔法でのりづけした魔王は、もう他にすることがなく、黒騎士より監視係を仰せつかったというわけだ。

 巨石は邪神が入れない程度の隙間を空けて設置され、晶たちだけ出入り出来るようになっている。邪神の殲滅に失敗した場合、避難の時間を稼ぐためである。


「堀に落したら火をつけるのはいいけど、ぶっちゃけ燃料が足りないんだよな。ルパナや双子たちのドラゴンブレスで間に合えばいいがなあ」

「俺も及ばずながら攻撃に参加する。案ずるな、アキラ」

「うん……そうだね、ハーさん」

「宝物庫より持ち出したこの杖があれば、ヤツの手足を切り刻むことは容易なはず。動きを止めれば焼き尽くすことも容易であろう」

「すまねえな、俺が役立たずでよう。ここにいるのがビルカなら、もう勝負はついてるだろ?」

「だが、あの方ならそもそも金策のために迷宮に潜ったりはしないさ。あり得ない可能性など考えても仕方ない。お前はお前だ、アキラ」

「やさしいなあ、ハーさんは」

「バ、そ、そういうのでは」


 黒騎士は赤面して、どこかへ去っていった。


「ツンデレかよ、ったく……」


 晶は無能な自分が悔しかった。

 LV1↓魔王な自分と、LV10000↑魔王のビルカ。

 比較するのも馬鹿馬鹿しいくらい差があるのは分かっている。


 きっとビルカなら、迷宮の地下で遭遇した時点で、邪神を瞬殺している。

 それなのに自分は、邪神の子供ですら満足に倒せない。


 ――もっと、もっと圧倒的成長をしたい!!


 それが魔王・晶の願いだった。



                  ☆



「まっすぐ洞窟に向かっている……。また卵を産むつもりなんだな」

「気色悪いけど、目的が分かってるぶん倒しやすいよな、姉様」

「ああ、そうだな。でも、急にこっちに襲いかかってきたりしないだろうか」

「この距離なら……多分大丈夫だよ。ヤバかったら追い越して、洞窟に向かえばいいって閣下が言ってたじゃないか」

「そうだった」


 その後、黒騎士の指示で、邪神に気付かれないように後方から追尾している双子騎士。万一攻撃が失敗し、方向転換してしまった場合の保険だ。


 二人は、邪神が踏み潰して作ったジャングルの道を、追いつかないようゆっくり歩いていく。


 遠くで火山が噴火した音が聞こえる。

 ウリブは音のした方をちらと見た。


「こっからじゃ、なんも見えないな……」

「木の丈が高いからね。噴火を見たいの?」

「いや、なんとなく……」

「それにしても、まさか自分たちが異世界に来ちゃうなんてビックリだよね」

「しかも、もうじき滅ぶとか。もう頭がついていけないよ」

「トカゲ人、かわいそうだね、姉様」

「うん……。故郷が火山に飲まれて消えるなんてな」

「でも、我等の先祖が原初の星から移住してきたときも、似たようなものだったんじゃないのかな」

「似たようなって?」

「姉様は頭悪いから伝説とか覚えられないのか」

「嫌み言ってないで教えろよ」

「一万年前、原初の星では神々の戦争が起こり、大地は裂け、天からは雷が降り注いだという。我等のご先祖は国と民を救うため、大地ごと違う星へ移住した」

「ああ……そうだった。その時、昔の魔王と共に国を動かしたのが、古竜神様だ」

「思い出した? ダメじゃないか。大事なことだよ姉様」

「そうだな。うん、そうだ。我等が竜の血脈である証、忘れてはいけないことだ」

「……最近どうかしてるよ、姉様。ビッチから病気でも移されたんじゃないの?」

「んなことないよ!」

「――ほんとに?」


 サリブは真顔で姉の顔を覗き込んだ。


「ホントだよ。安心しろ。私は私だ」

「なら……いいけど」

「前を見ろ。転ぶぞ」


 ウリブは、植物のつるに足を取られ、よろめいたサリブの手を取った。

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