第六章 六番目の宝具とホームレス

百十一話 マーナの祭り


 目を覚ますとあくびをしながら背伸びをする。

 机に置いてある懐中時計を確認すれば、現在は午前五時だった。いつもと変わらない時間に起床できたようだ。

 自室を出ると、廊下を挟んだもう一つの扉からペロがのそりと出てくる。

 まだ眠いのか目を擦っているが、儂を見た途端に笑顔になった。


「お父さんおはよう」

「その様子では、また夜遅くまで勉強をしていたのか」

「うん。少し調べたいことがあってね。自分の部屋があるのって良いね」

「こればかりはエルナに感謝だな」


 ローガス国王と戦ってすでに一週間。

 隠れ家はエルナの魔法によって拡張され、メンバーには個室が設けられていた。

 最初は儂と離れる事をさみしがっていたペロだが、今ではすっかりプライベート空間を楽しんでいるようだ。良い傾向である。


 儂らは廊下を抜けてリビングへと行く。

 そこではすでにコーヒーを飲むエルナ、フレア、リズが居た。


「珍しく早い目覚めではないか。いつもはフレアしかいないと思うのだが」

「そりゃそうよ。今日はマーナのお祭りだもの」


 エルナがニンマリとした表情で、儂とペロにコーヒーを差し出す。

 はて、祭りとは初耳だ。そもそもどのような行事なのだろうか。

 カップを手に取り口に付ける。

 早朝のコーヒーは実に美味い。


「このお祭りはローガス王国の建国を祝うものなの。それと年の暮れのお祝いも兼ねているわ」

「建国か。では王国中で祭りが開かれているのだな――ん? 年の暮れ?」

「もうすぐで一年が終わるのよ。来月から新年なの」


 思わずコーヒーを噴き出した。

 まさかすでに年末だったとは予想外。

 その原因は王国の気候だ。ここは夏も秋も冬もない一年中が春のような陽気に包まれている。その為、四季で育った儂には『そろそろ大晦日だ』などと気づけるはずもなかったのだ。

 そうと分かればやることが山ほど出てくる。

 年末の大掃除に新年を迎える準備だ。

 それと年賀はがき……は必要ないか。


「新年を迎えるにあたって必要なことはあるのか?」

「うーん、美味しい物を食べて挨拶するくらいかなぁ」

「お前に聞いた儂がバカだった。フレアは何か知っているか」

「私が新年にやるのは、教会に行って創造神様へご挨拶をすることだ。この世の万物を創造された方への敬意を示さねばな」


 なるほどなるほど。創造神とやらへ初詣しなければならないのか。

 マーナに教会がある事は知っていたが、一度も立ち寄ったことがなかったのだ。郷には入れば郷に従えと言うし、新しい年には行って見るのも悪くない。


「リズはどうだ? お前は王国の貴族だろ」

「お正月にはケーキとチキンの丸焼きを食べる。良い子はプレゼントがもらえるらしい」


 どうやらこの世界では正月とクリスマスが合体しているようだ。

 詳しく話を聞けば、真夜中に『赤マント』なる人物がやって来て、眠る子供に赤か青かと尋ねるそうだ。運良くどちらかを答えることができれば、枕元にプレゼントが置かれているのだとか。

 どこの怪談だと言いたくなるが、よく考えてみればなかなか興味深い。寝ている間に質問に答えるなど普通は無理だ。つまりこの話はもらえないことが前提となっているのだ。

 現代の日本ならまだしも、この世界の一般的な家庭は裕福とは言えない。

 中にはプレゼントを買うこともできない親も居るはずだ。

 そんな親たちのために、あらかじめ逃げ道を用意しているのだと儂は推測する。


「一応聞くが、赤マントからもらいたいプレゼントはあるか」


 儂の質問に四人が答えた。


「私は新しいブーツね。もうボロボロなのよ」

「僕は十二色の絵の具かな。そろそろちゃんとした絵も描きたいし」

「私は……特にないな。ペロ様が居ればそれで十分だ」

「お兄ちゃんとの結婚」


 リズが何か言っていたが聞かなかったことにした。

 とりあえず年末年始の準備取りかかるためにも街へ行かなければならないな。

儂らは身支度を調え隠れ家を出発する。



 ◇



 今日のマーナはどこもかしこも人で溢れかえっていた。

 道では出店が並び、ちょっとした広場では大道芸や演奏が行われている。

 華やかな雰囲気に儂も仲間もワクワクしてしまう。


「ねぇ、今日は街に泊まりましょ。祭りのメインイベントは夜に行われるの」

「たまにはいいかもな。だが、その前に寄らなければならない場所がある」


 儂は四人を引き連れて市場へと足を運んだ。


「フハハハハハッ! そこのすっかり枯れ果てたお嬢さん! この野菜はどうだ! 今なら一割引で売ってやるぞ!」


 上半身裸の男が商売人とも思えないかけ声で野菜を売っていた。

 人々は彼を視界に入れないように店の商品を購入する。


「久しぶりだなアーノルド」

「むむ、その顔は田中真一か! やはり生きていたのだな! 顔を見せないので心配していたのだ!」

「すまない。国とのいざこざの後始末をしていたら時間がかかってしまってな。今日は野菜を卸しに来たのだが取引できそうか?」

「こちらからお願いしたいほどだ! 客から珍しい野菜はいつ入荷するのかなどと何度も聞かれるので困っていたところだった! これで一安心だ!」


 アーノルドはポージングを決めながら会話を続ける。

 相変わらず黒々としたその筋肉は素晴らしいの一言だ。

 特に広背筋は拍手をしたくなるほどだ。


「うげぇ、気持ち悪い」

「これだけはお父さんの感覚が分からない……」

「モフモフのない男になど興味は無い」

「黒い変態」


 四人からは文句が飛び出る。彼の偉大さが理解できないとは悲しい。

 儂はさっそく野菜を納入し金を受け取った。


「グッドだ! どれも色つやが良い! これなら明日のオープンの目玉商品にできそうだ!」

「オープン?」

「実は明日から俺の商店が開店するのだ! その名もアーノルドマーケット! 野菜だけではなく肉や調味料に加工食品などを販売する予定だ!」


 おそらくは神崎の入れ知恵だろう。

 このマーナにスーパーマーケットを導入しようと考えたに違いない。

 問題はセルフ式の販売がこの街に受け入れられるかどうかだ。

 かなり大きな賭けになるだろうな。


「目途は立っているのか? 儂としては野菜を卸すことしかできないが」

「その点は心配ご無用! 俺の手腕と新鮮な野菜さえあれば、王国一の店になるのも時間の問題だ! 期待していてくれ! フハハハハハハハッ!」


 彼の高笑いが市場に響き渡る。

 唯一野菜を卸している店だ、是非とも成功してもらいたい。

 儂らはアーノルドに別れを告げると、食事をする為に大通りへと移動した。


「すごい行列ね。まるで蛇みたいだわ」

「そりゃあそうだ。今やマーナを代表する人気店だからな」


 三つの店には長い行列ができていた。

 それぞれ和食、洋食、中華を専門としており、人々は建物に飲み込まれるように入って行く。祭りと言うこともあって今日は特に客の入りが多いようだ。

 これらは神崎を師とした三人の弟子が建てた店だ。

 開店してしばらくは聞き慣れない料理に抵抗を覚えていた人間が多かったものの、その味を知った者達が口コミで情報を拡散し人気に火が付いたのだ。今ではお忍びで貴族が来ると言うから凄まじいものである。


「ふむ、予想はしていたが席は空いていないようだな」


 三つの店内を覗くと人がひしめいている。

 これから並ぶとなると一時間は待たなければならないかもしれない。


「ねぇねぇ、これ綺麗よね。いいなぁ欲しいなぁ」


 エルナがいつの間にか貴金属店の前に居た。

 ガラス張りの飾り棚にはピンクダイヤモンドの指輪が置かれており、儂をチラチラと見ては「いいなぁ」などと溜息を吐く。露骨なおねだりだ。

 値段を見てみれば意外にも安い。

 すると誰かが儂のローブを引っ張る。


「私も。ライバルだけズルい」

「まだ買うとは言っていないのだがな」


 まぁ今年は二人ともよく頑張ってくれた。

 来年の期待も込めて購入してやっても良いだろう。

 店に入り儂はピンクダイヤモンドの指輪とサファイヤの指輪を注文しようとすると、リズが店内に置かれている一つの宝石に目を付けた。


「これがいい」

「スターサファイヤだと? 桁が一桁違うぞ」

「これがいい」

「…………」


 半眼の目がじっと儂を見つめる。どうやっても譲らないつもりらしい。

 仕方がないので購入することに決めた。

 一桁違うとは言ってもミスリルよりも遥かに安い値段だ。

 それに王国との戦いでは彼女のスキルに非常に助けられた。

 有能な人物には相応の物を渡してやるのが儂の流儀である。


「フレアさんはどれが良い?」

「ペロ様!? それは私にと言うことでしょうか!?」

「いつもお世話になってるし僕から何か贈るよ。金貨十枚までなら大丈夫」


 ハァハァと興奮するフレア。

 べったりとガラスケースに張り付き宝石を品定めし始めた。

 これが公爵家近衛騎士だった人物かと妙な悲しさを覚える。

 彼女は一時間ほどルビーとアメジストで悩み、最終的に透明度の高いライトアメジストと呼ばれる宝石を選んだ。

 価値としてはルビーの方が高いのだが、なぜそれを選んだのか儂には分からない。フレアは指輪を右手の薬指にはめると、満足そうな笑みを見せて倒れた。


「フレアさん!? 大丈夫!?」

「ああ、ペロ様……私はもう思い残すことはありません……」


 そう言って気絶する。

 よほど嬉しかったのだろう。幸せそうで何よりだ。

 エルナとリズを見ると、二人ともニマニマした顔で左手の薬指にはめた指輪を見せ合っている。


「ほら見てみなさい。ピンクダイヤモンドよ。私と似て美しいでしょ」

「愚か。スターサファイヤの価値が上」

「値段は負けているけど、石の意味では私の勝ちよ」

「意味? 知らない」

「石言葉は『完全無欠の愛』」

「……やられた」


 リズはよほどショックだったのか固まっていた。

 どうでも良い事で競い合うのは止めてもらいたい気分だ。



 ◇



「合わせて銀貨十枚ってところだ」

「うむ、感謝する」


 ロッドマンから銀貨を受け取る。

 貴金属店を出た後は、いつものようにロッドマン武器店へと来ていた。

 そして、いつものように廃棄場で集めた物品を売り払ったわけだが、受け取った金額ですぐに異変に気が付いた。

 買い取り金額が明らかに下がっているのだ。


「田中君ならもう察していると思うが、最近は鉄の価格が落ちているんだ」

「儂が大量に拾ってくるので鉄が余っているのだろう?」

「そう言うことだ。おかげで安価な武器を提供できるようになったんだがな」


 あらかじめ予想していたことだ。驚くことではない。

 それに儂はこの時を待っていた。

 と言うのも武器が安くなれば冒険者が増えるからだ。


 当然だが金属は相場によってそれなりの値段がつく。武器ともなれば加工代などを含めて倍の値段となるのだ。鉄が不足しているのならさらに値段は高騰する。

 そうなると貧しい者達は手を出すことができない。

 やる気はあっても冒険者になる事ができないのだ。実に悲しい話ではないか。


 しかし、市場に鉄が溢れ武器が安価になればどうだろうか。

 貧しい者達でも、冒険者となり大金を稼ぐことができるようになるはずだ。

 加えて最近は、ダンジョン内での死亡率も下がってきているとの報告を受けている。

 冒険者としてデビューするには、絶好の条件が揃っていると儂は考えるのだ。

 状況が整ったことで思わずニヤリとする。


「それで何か話があったんだろ?」

「おお、そうだった。実はこれのことなのだが」


 儂は腰からブルキングの剣を外しカウンターへ置く。

 ロッドマンは鞘から抜くと眉をしかめた。


「ヒビが入っているな。強度はかなりのもんだと思ったんだが」

「うむ。儂の魔法で直すこともできたんだが、一度見てもらおうと思ってそのままにしていた」

「なるほどな。それで何と戦ったんだ」

「五大宝具である水神の槍だ」


 儂がそう言うとロッドマンは眼を見開いて立ち上がった。


「宝具とやり合ったのか!? バカだろおめぇ!」

「かもしれないな。侮っていたのは事実だ」

「たくっ、それで俺にどうして欲しいんだ」

「うむ、それなのだが……」


 リングからある塊を取り出すと彼の前に置いた。

 それはホログラム柄の金属であり、周囲に眩い程の光を反射させる。

 ロッドマンは目を丸くして数秒ほど固まった。


「こ、こいつは……アダマンタイトか?」

「仲間が偶然見つけてな。これで剣を造れないか」

「…………」


 彼はアダマンタイトを見ながら沈黙する。

 すると後ろに居たエルナが儂を引っ張った。


「ちょっと真一! あれは私が見つけたのよ! 使って良いって許可してないわ!」

「どうせ売るつもりだったのだろう。だったら儂がお前から購入する。それで文句はあるまい」

「お、お金はいらないわよ。お願い事を聞いてくれるならあげても良いけど……」


 エルナは顔を赤くしてモジモジする。

 いつもなら服を要求するのだが、お願い事とは非常に珍しい。


「デートをしてほしいの」

「それくらいならお安いご用だ。いくらでもしてやろう」

「本当!? いいの!?」

「ただ、すぐには無理だ。時間ができたらな」


 彼女は嬉しそうに小さくガッツポーズをする。

 デートと言っても何処かへ行って食事をする程度だろう。

 社長時代にも社員や秘書からよく誘われていたが大体そんなものだった。

 ただ、二度と誘われることはなかったのは未だに疑問だ。


「ライバルだけ卑怯」

「ふふーん。悔しいのならアダマンタイトを見つけてきなさいよ」

「その勝負買った。絶対見つける」


 エルナとリズの間で火花が散る。また二人の間で争いが起きたようだ。

 いつものことなので無視することにした。

 するとロッドマンがわざとらしく咳をする。


「決めた。剣の作成を引き受けるぞ」

「それはありがたい。必要な物があるのなら言ってくれ。儂が手に入れてこよう」

「いや、必要なのは雷の魔宝珠とアダマンタイトだけだ。それよりも言っておかなければならないことがある」

「なんだ?」

「これは新たな宝具の作成と言って良い。つまり現在では失われたとされる始祖ドワーフの技術が必要だ」

「ただ造るだけではダメなのか」

「可能だが性能をフルに引き出すことができない。宝具の紛い物にしかならないんだ」


 造るなら宝具として完成させたい。

 儂もそうだがロッドマンが一番そう思っているようだった。


「始祖ドワーフの技術はどこにも残されていないのか?」

「…………一つだけ思い当たる場所がある。おそらくそこにあると思うが、俺じゃあ入れないんだ」

「それはどこだ? 教えてくれ」

「ダルタン岩石国王城の地下だ。噂じゃそこにドワーフの英知が眠っているという」


 あー、ダルタン国の王城の真下か。

 ロッドマンが難しいと言っている意味が理解できた。

 あの国の王様は一癖ある人物だ。一筋縄ではいかない気がする。

 ここは一つ再びダルに橋渡しを頼んでみるか。


「分かった。ダルタン国の地下の事は儂がなんとかする。今日はひとまず持ち帰らせてもらうが、遠くない内に剣の作成に取りかかってもらうかもしれない」

「宝具を造るのが俺の夢だったんだ。期待しているぞ」


 ロッドマンの目はいつも以上に輝いていた。

 引き受けたのは鍛冶師としての彼の挑戦なのかもしれないな。

 第六の宝具を想像しながら、儂らはロッドマンの店を後にした。



 ◇



 宿の屋根に上がり空を見上げていた。

 すでに日が沈み星が見えている。

 間もなく祭りのメインイベントが始まるとのことなのだが、詳しい事はまだ聞いていない。右隣に座るエルナはワクワクした様子で今か今かと待っていた。


「それで今から何が始まるのだ?」

「花火よ。これを見るために王国中から人が集まるくらいなんだから」


 この世界にも打ち上げ花火があったとは知らなかった。

 よく見ると他の建物の屋根に多くの人が集っている。

 向いている方角は街の西であり、ちょうどモヘド大迷宮が存在する辺りだ。


「時間だ始まるぞ」


 フレアの声と共に、空に一筋の小さな光が上がる。

 そして、白色の花が咲いた。


「綺麗……」


 次々に打ち上がる花火にエルナの視線は釘付けだ。

 リズは初めて見たのか、眼を見開いてじっと見つめる。

 ペロは口を開けたまま空に咲く花に夢中だ。

 フレアは……ペロの尻尾でモフモフしている。


「指輪……ありがとう……」


 隣を見るとエルナが恥ずかしそうにそう言った。

 指輪がはめられた左手は儂の足に乗せられている。


「お兄ちゃんに感謝」


 リズもそう言って儂の足に手を乗せる。

 たいしたことはしていないが、礼を言われるのは気持ちが良い。

 二人が儂の方へ体重を預ける。

 何となくいつまでも花火を見ていたい気分だった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

少し遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。

本年もホームレス転生と徳川レモンをどうかよろしくお願いいたします。

新年の挨拶にもう一点ご報告があります。

すでに知っている方も居るとは思いますが、ホームレス転生がカドカワBOOKS様より書籍化することになりました。発売日は2018年2月10日です。詳細は今月中に近況ノートやツイッターなどで出す予定ですので、気になった方はそちらを見ていただければと思います。



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