第91話 The Fool 愚者

「しばらく逢わないでおこう。 いつになるか解らないし、もう逢わないのかもしれないけど」


 僕は、今まで何度も…何度も、送ろうとしては消したメールを送った…。


 結局、「逢いたい」の意味合いが違っているのだ。

 彼女の逢いたいは嫌な仕事に行く前に少しでも僕と過ごしたい。

 僕の逢いたいは普通にデートしたい。


 でも…行きつく先は風俗の事務所。

 互いに行きたくない…行ってほしくない場所なのに着く先はソコなのだ。

 僕の中で、「逢いたい」と「送って」の区別が着かなくなってしまった。

 愛されているという気がしない…。

 だから抱いても…どこか気持ちが入っていかない。

 もっとも、SEXしたのも2~3回でしかないし、最初は金を払っていたのだ…当然と言えば当然だ。

 いっそ送迎なら店から金でも貰えれば、今のような「逢いたい」でもいいのだろう…。

 僕が風俗店のスタッフならば、彼女を愛しながらも割り切れるのかもしれない。

 僕は1度、間に合わないという理由で、彼女を客の待つホテルまで送ったこともある。

 気持ちがあれば…好意があるからこそ…送迎がツラくなってしまった。

 でもそれは、彼女と逢わないということでもある。

 送迎以外では、まず逢うことはないのだから。

 僕からは逢いたいと言えない…言えるはずもない。

 彼女を風俗嬢として扱いたくないけども、彼女に逢うには風俗嬢として扱わざる得ない。

 心の中の葛藤が日毎に…逢う度に大きくなっていく。

 恰好をつけるわけではないが、愛しているがゆえに、逢わないという選択を選んだ。


「ごめんね。ちからになれなくて」

 そんな返信が届いた。

 彼女が何を謝っているのか解らなかった…。

 謝られる理由も解らない。


「ぐすん。…」

 彼女から、その夜とどいた最後のメールだった。


 珍しく、僕は彼女の夢を見た…。

 あまり見たことはなかったのに…その夜は2度とも彼女の夢だった。


 最初の夢は、よく覚えていない。

 覚えているのは、黒い下着姿の彼女が何かを見て微笑んでいる夢…。

 目覚めて、次に見た夢は、2人で自転車に乗って10本程のペットボトルを捨てたくてゴミ箱を探す夢。

 暗い夜の路地をアチコチ回るのだが、捨てれないのだ。


 目覚めて、仕事へ行った…。

 考えるのは彼女のことばかり。

 思い出はロクなものじゃない…。


 それでも…僕の口元は緩んでいた。

 うん…きっと付き合った女性の中で最悪の『恋』…。

 金も掛かる…逢うことすらできない…そう、逢わない方がいい。

 心の底からそう思う。


 なのになぜ…哀しいのだろう…思い出すと安らぐのだろう…。


 帰りの車の中でキーホルダーが揺れる、彼女が猫だと言い張った犬みたいなキーホルダー。

 ゆらゆら…ゆらゆら…キーホルダーが歪むのは…涙のせいだろうか…そんなはずないのに…。

 自由になったはずなのに…。

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