第79話 動く…

 人の心を動かすこと…難しくは無い。

 とくにネガティブ側へ動かすことは容易だ…。


 言葉・行動・文字…ヒトはその全てで他人を『負』へいざなう…。

 ヒトとはそうしたものなのだ。


 僕は眠らない…正確に言えば眠ることが下手だ。

 夢は『階段』が多いように思う。

 浅い眠り…ほんの数十分で、一夢見る…。

 楽しい夢は見ない…遅れる…追われる…迷う…恐れる…おおよそのネガティブな表現を映像で見せられる…僕自身に。

 そのネガティブな夢には『階段』が多く現れる。


 今夜も見るのだろう…迷い、不安に押しつぶされそうになるだけの夢を…。


「寂しい思いじゃなく、独りと感じさせて、結局わたしにできることなくて、ごめんねだね。それだけ伝えたかった。夜遅くにごめんね」

 深夜2時に届いたメール。


 途切れ、途切れの言葉から彼女の気持ちが伝わる。

 僕は、返信せずに眠ろうとした。

 頑張って…眠ろうとした。

 眠れないまま、夜が明ける。

 一晩中、吹き荒れる吹雪の音を聴いていた。


 なぜ…愛おしいと思うのだろう。


 幾度も…幾度も…彼女の写真を眺める。


 逢いたくなければ、メールも、電話も着信拒否すればいい。

 もういいはずなのに…もう疲れたはずなのに…なんで、彼女だけは手放せないのだろう…。


 できれば、僕の横で幸せにしてあげたい。

 それが出来そうにない…自分が情けなく…惨めだ。

 だから僕は、彼女に捨てられようとしている…そんな気がした。

 卑屈に歪んだ僕のプライドが、彼女を傷つける。


 何度そんなことを繰り返した…。

 その度に、僕は彼女の優しさに触れた。


 その温もりが途絶えると…また…子供のように駄々を捏ねる。

 自分が嫌になる。


 なぜ…彼女を信じられないのか…。

 なにをしてもらえば、信じられるのか…。


 愛したのならば…それでいいはずじゃないのか…。


 人の、ぬくもりは麻薬と一緒だ…。

 恐る恐ると触れていたのに…いつからか、ぬくもりが消えると怖くなる…。

 怖かったぬくもりが、慣れると消えることが怖くなる…。


「逢いたい」という想いを誤魔化すために、色々な理由を探す。

 今日は天気が悪いから…残業が長いのだから…明日も仕事なんだから…。

 だから逢えないのだと、自分の境遇のせいにする。

 理由が無くなると…金が無いのだから…。

 そう…金が無ければ逢ってくれない…と嘆くのだ…。


 自分では動かない…そういう奴は、すべて他人のせいにする…。

 会社でもいるはずだ、そういう奴を見下してきたはず…。

 結局、自分もそうだ…。


 嫌になる…何もかも…自分のことが…なによりも嫌になる…。

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