第69話 好き
「できるだけ、そんな気分にさせないようにするから」
彼女からのメールは、その夜、そんな内容ばかりだった。
うん…解っているんだ。
でなければ、毎日、起きてから仕事中、そして寝るまで飽きることなくメールをしてこない。
僕から送ることは、ほとんどないのだから…。
僕は彼女に遠慮している。
仕事の邪魔にならぬように…そして、その我慢は、僕の心にヘドロのように溜まっていく。
吐きだせば黒く、暗い腐敗臭…。
それは、彼女の表情を曇らせることだろう。
そう思うと、彼女の前では言えないこともある。
心の中で何度、「今日は一緒にいてほしい」と呟いただろう。
言えば、互いに辛くなるだけ、だから言葉を飲み込む…そして満たされぬ思いだけが募るのだ。
金を払えば居てくれるだろう。
実際に、一緒に夜を過ごしたいと言ったときは、「いくら?」と返された。
その後、金を払うような関係では逢いたくないと言ったら、彼女も、なんか違うかなと思ったと返してきた、それがいいと思うとも。
実際には、それがこじれて今に至るのかもしれないのだが…。
彼女曰く、店に出ないと不安なんだそうだ。
僕が、どうのこうのというわけではなく、お金が貰えない日ということが嫌なのだろう。
ある日、突然収入が絶たれる不安があるのだそうだ。
きっと彼女も風俗を始めた頃には、考えなかった不安。
若いから稼いで、使って、彼氏と遊ぶ、そんな生活だったのだろうと彼女の話から想像できる。
しかし、20代後半の今、自らの需要を再認識するに、若い嬢に焦りも嫉妬もあるのかもしれない。
僕と同じで、人間関係を造るのが下手だから、なおさら…。
疲れた、疲れたと繰り返す彼女に、出勤時間を短くしたらと言ったら、「ありがたみが無くなる」から嫌だと言った。
彼女が言う「ありがたみ」とは、ラストまで出勤してくれる嬢という価値。
僕が聞いている限り、彼女は相当の性質の悪い客もNGにしない。
他の嬢がNGにする客でも嫌だと言わない。
長年、それだけやってきたのだ、ある程度の感覚麻痺もあるのだろうが、根本は「ありがたみ」である。
店の中での立ち位置を…いや居場所を確保したいのだと思う。
「だから、まだ居ていいでしょ」
そんな思いで我慢していることも多くなってきたのだろう。
きっと僕と出会った頃は、そんな時期だったのではないかと思う。
若いころは、店にも客にも、わがままだった…。
彼女は自分の過去をそう語る。
それが許されない年齢になったことを感じているのだ。
だから彼女は生理でも、具合が悪くても、出勤する。
多分、意地とプライド。
それが解ってるから…僕は、言葉を飲み込むんだ。
だから…軽薄な嘘でもいい…「好き」と言っておくれ。
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