第58話 想う時間

「仕事が始まれば、私のことを考える時間も減るよ…」

 彼女はそういうが…別に減らないと思う。

 僕は、起きて…眠るまで…の間、どれくらい彼女のことを考えているだろう…。

 いいことも…悪いことも…。

 トマトが嫌いなのに…昨日もトマト煮を頼もうとするようなところも、僕の心を和ませる。

 なぜ…ああも果敢にトマトに挑むのだろう…。

 人によっては、彼女を、わがままな娘と一蹴してしまうのだろうが、彼女なりに気遣いはしている。

 それは、多少、彼女に歩み寄らないと解らないことでもある。


「私、最初、接客態度悪かった?」

 そんなことを気にしていた。

 悪いわけではない…普通、初対面なら壁が出来て当たり前なのだ…。

 仕事柄なのだろう、彼女は他人との壁は低いと思う。

 僕は相当に他人との壁が高いので、彼女みたいに自分から寄ってきてくれる人でないと、付き合えない、男女問わず。

 客として通ってた時は、僕と逢うのは楽しみだったようだ。

 時間ギリギリまで話して、迎えが遅い時は、彼女を車に乗せて送迎を待ち、その間ずっと、

 しゃべっていた。

 それも、僕の楽しみだった。

 良く笑い…怒り…表情が豊かな彼女を羨ましく思った。

 僕は、きっと表情に乏しい。

 悲しそうに笑うそうだ、たまに言われる。


 つかみどころがない…そんなところが好きだと、幾度か言われた。

 大体、女性から好意を寄せられるときは、そんなようなことを言われる。

 でも…何を考えているのか解らない。

 そう言って、僕の前から去っていく…。

 僕自身は、何も変わってないのに…。


 だから、彼女のように自分から、僕の内側に潜り込もうとする女性は珍しい。

 きっと変わり者なのだろう…お互いに。


 彼女の前でも、悲しそうに笑ってるのだろうか…僕は…。

 僕は笑っている彼女が好きだ。

 逢えば抱きたいとも思うし、その身体に触れてみたくもなる…でも、僕が一番好きなのは彼女が笑っているときだ…。

 それは、今も…客として逢っていたときから変わっていない。

 だけど…彼女の表情を曇らせたくないと思いつつも、僕はネガティブな心象を表面にだしてしまう。

 きっと、それが一番、彼女の表情を曇らせると解っているのに…。


 助手席で、カラコロと音を立てて飴玉を舐める彼女の横顔…。

 それは、幼い子供のように見える。

 僕の視線に気づいて、僕を見る彼女の表情は、あどけない少女のよう。

 長かった髪をバッサリと肩まで切って、印象は大人びた…。

 でも…彼女は彼女のまま…。

 そっと髪に触れてみる…髪を払って見える横顔は…。

 彼女の横顔が好きだ…。


 その唇に…僕は逆らえない…。

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