第52話 区別つかない幼子のように

 新年も3日目を迎えた。

 今日も彼女に逢えない。

 僕の送迎の必要はないということだ。


 他の誰かがいるのかな…そんなことを考えてしまう。

 ただ送るだけ…時折、考える、何か得があるのだろうか?

 僕が思う、逢いたいって…送迎したいってことなのか…と。


 僕が、彼女に逢うことが出来るのは、送迎するか店で呼ぶか、この2択しかない。

 お金の無い僕が、彼女に逢うためには、送迎しかないので、僕は彼女を送り迎えする。


 娘が心配で、学校に送迎する父親のような気持ちなのだろうか。

 娘に甘えられて満更でもない父親、きっとそんな感覚。

 だが、僕は父親ではない。

 彼女を女性として見ているのだから。

 抱いている『愛』の意味が違うのだから…。


 僕が、このやるせない心を『恋』だと感じるのなら、彼女は、僕のこの『恋』をなんだと感じるのだろう…。

『愛』だと感じてもらえれば、満足なのだろうか…きっと違う。

 僕の想いは、きっと、わがままだ。

 彼女は疑似恋愛…疑似性交を仕事にしているのだ。

 いうなれば、僕は現実と映画の区別が付かなくなった幼子のようなもの。

 非現実を疑うことなく日常に取り込む、そして自分にも非日常が訪れるのを待つのである。


 非日常を期待する…これは精神的に幼いからだ。

 大人は非日常を期待しない、むしろ避けようとするだろう。

 今日と言う日が、明日も続く…それを望めるものは幸せだということだ。


 自分が幸せでないと感じるから…幸せという非日常を望むのかもしれない。

 僕の幸せは、彼女だけ…。

 だから、僕は送迎をする。

 それは僕にとっての非日常。

 2時間足らずの幸せ。


 他人は僕を馬鹿だと言い…呆れて…離れていく…。

 なぜ…普通に『恋』をしないのか…なぜ…当たり前の『愛』を注げないのか…。


 僕には幸せを感じることができないのかもしれない。


 上を見続けるから…横も…下も見ないから。


 子供の頃、井戸に落とされたことがある。

 父親に…。

 そのときに、怖くて足元も見れない…首が、おかしくなるくらい上ばかり見ていた…。

 声も出せない…誰かが僕に気づくまで、ただ上を見続けた…。


 僕は、今も井戸の底に居るのかもしれない…。

 子供のまま…冷たい水に身体を浸して、石の壁に囲まれて、ただ…ただ上を見続ける。

 静かにしないと…落とされる…井戸で泣き喚けば蓋をされかねない…そんな恐怖に身を委ね…震えるだけの子供のまま…。


 いつか…彼女は僕に気づくだろうか…井戸の淵から、その美しい顔を覗かせてくれるだろうか…僕は待つことしかできない…誰かが気づくまで…彼女が気づくまで…。


 子供のままで…いつまでも…いつまでも…震える子供のままで…。

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