第26話 なぜ…

「そんなに死にたいのだったら…逆になんで生きてるの?」

 誰かに言われたことがある…。

 誰だかは正確に覚えてない。

 あまり、人前で口にすることでもないし…たぶん、どこかで呼んだ風俗嬢だろう。


 なぜだろう…僕は、なぜ生きてるのだろう…。

 予約だけしたフィギュアを受け取るためだろうか…。

 まだ見終わってない海外ドラマを観るためだろうか…。


 違う…。

 僕は…彼女のために生きている。

 言葉を変えれば…彼女に生かされてる。

 どちらかと言えば、生かされてるのほうが正しいと思う。


 今度は、あそこの店に行こう。

 こうしてみたい…ああしてみたい…彼女は、僕と口約束をする。

 出来るだけ応えたいと思う。

 それは、未来への約束…。

 将来を語らない。

 これは…僕も、彼女も同じかもしれない…。

 彼女は来年、風俗をあがりたいと言っている。

 なにかアテがあるのかもしれないが、いつまでも出来ないと口にする。

 昼夜逆転した生活も直したいと言う。


 できるだけ力になってあげたいと思う。

 僕にお金があったなら…彼女を幸せにできるのかな…。

 毎日、そんなことを考える。


 ときどき…彼女との生活を想像してみる。

 想像の中で、僕は自分を遊ばせる…。

 間延びした話し方、鼻に掛かった声で「おはよ~」と昼過ぎに起きる彼女…。

 なぜだか、いつもそんな光景が頭に浮かぶ。


 そんな生活を送れるのならば、僕は…死にたくないと願うのだろうか…。


 現実は甘くない…。

 低所得で病みやすい心…貯金を食い潰せば、その時点で死を選んでいいと思っている日々。

 宝くじでも当たらなければ、このスパイラルから抜け出せそうにない…。


 僕にとって、彼女だけが未来を向いている現実。

 なぜ…僕は、彼女だけに未来を視るのだろう…。

 一番、未来が無さそうだと思うのだが、それでも僕は…ぼくにとっての未来は彼女だけ。


 だから、僕は壊れている。


「逢いたいよ」

「うん…解るよ…ごめんね」


 なぜ…?

 聞きたいんだ…本当は?

 想像はネガティブに働く…曖昧な関係が僕を悩ませる。


 想像の未来は…現実成り得ない。


 だから僕は…死にたくなるんだ…。

 手を伸ばすことさえできない今に、僕は絶望している。

 だから僕は…死にたくなるんだ…。

 前どころか今ですら視えない今に、僕は辟易している。


 僕の目に彼女は今日も映らない…。

 知らなければ…欲しがることもないのに…。

 僕は、その人を知ってしまったから…その日から、少しだけ僕の狭い世界が変わったから…。


 なぜ…生きているの?

 彼女に逢いたいから…手の届かない場所へ行かなければ彼女に逢えないから…。

 だから…這うように…無様でも…前へ…もう少しだけ…前へ…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る